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丘の麓でお騒がせ三人組と別れ、天音は深くため息を吐いた。
酷く、疲れた日だった。労力にしては対価が少なかった、そんな日だ。
「まあ、何事も無くてよかった」
そうひとりごちながら、三人の背中を見送る。拍子抜けするくらいが丁度いい。それだけ平和なのだから。
一人ひとりの小さな幸せを守ることが出来たなら、それで。
夕暮れ、大きくなった自分の影を、踏みながら歩く。
小さい頃、こんな夕暮れをお巡りさんとよく一緒に歩いていたことを思い出した。一人で日暮れまで遊んでいたので、交番のお巡りさんが家までよく送ってくれていた。
自分もそんなお巡りさんになりたくて、警察官になった。
交番で、町を見守るような、そんな警察官になりたかった。
日が落ちて、影が大きくなる。
良い警察官になるために、努力した。努力は実を結び、優秀な警察官になれた。その実は、大きくなりすぎた。
私は交番に勤務することなく、刑事課に配属された。
それに不満を持ったことは無い。
本当に。
本当に、無いのだ。
影は大きくなり、私の鼻先を掠めた。
鼻先を?
「本当に?」
蠢く黒い塊は、粘土細工のように形を変え、女性の姿へと変貌した。
黒黒とした大きな瞳には、お巡りさんの私、が映っていた。
「過去に後悔を置いてきたのね?」
影から生まれた女は、そう言って天音香子の顎を持ち上げる。
「可哀想に、お嬢さん。 その後悔、私なら無くしてあげられるわ」
動物のような瞳が嬉しそうに歪む。
「見て、ほら、私の中。 見えるでしょう? 今とは別の貴女。 こうなりたかったでしょう?」
女の瞳の中の天音香子が、笑いかける。瞬きの度に、場面が変わる。自転車で巡回する。お年寄りとと会話をする。ひとりぼっちの子どもを家まで送り届ける……。
その瞳に、手を伸ばした。




