第八話 生物学者の挑戦
そろそろ卵が孵化する時間だ。
失敗した回数を数えるのはもうやめた。
それぐらいたくさん失敗していた。
正直、今回の文明には期待できない。
「多分、今度も失敗に終わるに違いない」
日々すがるように期待のまなざしを向けはじめたホープ様を横目に、私はそう感じていた。
私は意を決し、飲み物を用意して、ホープ様の部屋へ向かう。
こんこんこん。「はい、どうぞ」ホープ様の声がする。
ホープ様の声は、以前のなまけた声とは異なっている。
真剣な声、何かに集中している声だ。
ただ、どことなく疲れを感じさせる。
「ホープ様、コーヒーをお持ちしました。どうぞ」
「あら、ありがとう。ミカエルのコーヒー、とてもおいしいのよね」
ホープ様は、私からコーヒーを受け取り、一口飲んだ。
私はしばらく、その様子をただ見ているだけだった。
真剣なまなざしのホープ様に、言葉をつぐんでいた。
私の立ち尽くす様子を見て、ホープ様は笑みを浮かべて聞いてきた。
「コーヒーありがとう。まだ、何か用があるのかしら?」
私は、ホープ様の問いかけをきっかけに、心を定め、聞いてみることにした。
「……、今回はもう、時間を戻してはいかがですか?あきらめてみてはいかがですか?」
あきらめれば、ホープ様の悩む姿を見なくて済む。ホープ様の苦しむ姿は見なくて済む。
真剣なホープ様をあきらめさせるようなことは、本当は言いたくない。こんなこと言いたくない。
でも、これ以上、ホープ様の苦しむ姿を見ていられなかった。
「あら、どうして?」ホープ様は平然と笑みを浮かべたまま聞いてくる。
「2度の大戦で、星が疲弊しています。それに技術力も以前の文明と比べたら確実に劣ります。
戦争ばかりで、人を殺める技術ばかりに特化しています。有効な手段があるとは思えません」
「そうね。そうかもしれないわね」ホープ様は笑みを浮かべたまま顔を伏せささやいた。
そのささやきに、私はさらに言葉をたたみかけた。
「そもそも、メルトドラゴンは人類にとって強敵すぎます。
天界でもあきらめられている生命体を、人類が何とかできるとは思えません。
星を購入してもいいですし、以前の寄生虫の方法でもいいのですよ。他の方法を探しませんか?」
「自分たちが消えてなくなるのよ。一度は挑戦してもらいたいじゃない」
「ですが……」
「確かに、あきらめるのも有効な手段ではある。
でもね。新しい発明や発見の多くは予想外のところにあるものよ。
今回だって、その予想外が起きる可能性はあるわ」
ホープ様はそう言うものの、私にはそうは思えなかった。
ただ、毅然とした言葉に、私は黙って執務室へ戻った。
私は、再びいつも通り地球を眺めている。
「そもそも、洞窟、古文書の発見が、間に合わないかもしれないじゃない」
私はそう思っていたが、ぎりぎりそれだけは回避されたみたいだった。
ホープ様の狙い通り、洞窟が見つかり、古文書が解読された。
2度の大戦を経験した後、急成長し、航空写真を人類で共有できるほど豊かになっていた。
ただ、そこまで成長を遂げたとしても、期待できるかと言うとそうでもない。
それほど、今までに見た地球とはだいぶ技術が遅れていた。
そんな私の思いをよそに、人類は再び、古文書を信じ卵に挑戦をし始めた。
私は、自席のモニターから冷ややかな目線で眺めている。
今度の中心となる人物は、生物学者のようだ。
◇ ◇ ◇
私はミゲル。生物学者だ。
ふと新聞を読んでいると、気になる話題が目に入る。
『卵見つかる 地球が消滅と予言の古文書信憑性高まる』
地球が消滅すると書かれた古文書があることは、以前の新聞から知っていた。
その古文書によると、卵から孵化したドラゴンが地球を消滅させてしまうらしい。
いつもの世紀末の予言だとは思っていたものの、少しだけ気にしていた。
そして、その卵が見つかったらしい。
「なんだ、見つかってよかったじゃないか、そんなもの、さっさと壊してしまえばいい」
自分では気付いていなかったが、思ったより気になっていたようだ。
卵が見つかって、ほっと安心すると、いつも通り大学に向かった。
大学に着くと、急遽、朝から打ち合わせが行われることになった。
どうやら、新聞に載っていた古文書の件らしい。
どうも「卵なんて壊してしまえばいい」という自分の考えは、かなり浅はかだったようだ。
打ち合わせで得た情報はこうだ。
・世界は何度も消滅している。
・卵が原因と判明しており、過去の人類が何度も破壊を試みたが、成功していない。
・過去の人類は我々よりも進んだ文明を持っていたが、それでも兵器では破壊できなかった。
「我々の文明は、過去の人類より劣っているが、いかがしたものか」打ち合わせで国のトップが話しだした。
「我々は劣っている」――その表現に「予算が少ないせいだろ」と、少々いら立ちを覚える。
最近は、環境保護や後進国への投資のため、従来の研究予算が縮小しているのだ。
もちろん、そんなこと口にできるはずもなく、私は、配布された古文書の解読資料に目を通すことにした。
過去に作られたはずの古文書にもかかわらず、未来についての記述がある。
確かに、我々は少々遅れているようだ。
記載されている兵器に目を通すも、聞いたことすらない技術ばかりだ。
未来のまだ見ぬ技術にうなりながら、過去の人類の挑戦を繰り返し読んでいると――ふと気になる記述が目に留まる。
過去の挑戦のうち、一度だけ、ドラゴンの瞳が白くなっている。
毒を使用した時だ。そして、目を開いた後、息を吹きかけている。
前後の記載を注意深く読み返すと、その息が周囲を中和しているようにも見える。
兵器でも、毒でも過去の人類に後れを取っている我々は、ここに注目するしかないように思えた。
遅れた技術で挑むよりは、まだ試されていない方法で挑んだ方がいいと思ったんだ。
私は、コーヒーを飲み、ゆっくり落ち着いて、深く考えてみた。
ドラゴンの地球の消滅、そして毒の中和。――なぜ消滅させる?――なぜ中和する?
私は生物学者だ。もしこのドラゴンが生物として生きているのであれば、行動には理由があるはずだ。
消滅させるだけなら、中和する必要はないはずだ。
そこに何らかのヒントが隠されているかもしれない。
消滅…、中和…。もしかして、地球環境に対応しているのでは?
根で地球の状態を把握している?
何か都合が悪いから地球を消滅している?
根とは、通常、養分や水を吸収するためのもの。
十分に吸収できないと判断したから、壊すことにした?
中和する必要があると判断したから、中和するために息を吹きかけた?
では――もし、他の星でうまれていたら?
他の星は地球とは違う性質をもつだろう。
星の状態に応じて対応を変える?
より硬い星であれば消滅の方法を変える必要があるだろう。
毒性の強い星であれば中和する必要があるだろう。
では――爆発も中和も必要のない、恵まれた星に生まれていたら?
私は、卵を培養液に浸すことを提案することにした。
ドラゴンが通常の生物と同様の養分を必要としている保証はない。だが、試す価値はあるかもしれない。
というより、他の選択肢を試す余裕はなかった。
残された時間は、ほとんどない。与えられている機会は、一度きりということになるだろう。
◇
対策を検討する打ち合わせは、とても難航していた。
あちこちで怒号が飛び交い、議論はすでに議論ではなくなっていた。
「古文書に記載されている技術よりもより高度な兵器はいつできる!?」
「ただでさえ知らない技術ばかりなんだぞ。古文書より高度な兵器なんて簡単にできるわけがない」
「そんな簡単にできるわけがないだと!?やるしかないんだ!化学兵器でもいい!やれ!」
「できるわけがない!間に合うわけがない!もっと現実的に考えろ!」………
自分の提案に自信を持てなかった私は、皆が怒り疲れた頃を見計らって、静かに切り出した。
「逆に……培養液に浸してみてはどうか?」
「それは、いつからできる?」
「用意はある。すぐにでも開始できる」
「なら、さっさと始めろ。こっちは忙しいんだ。そんなことにわざわざ議会を通すな!」
疲れ切った空気の中、会話はまともに成立していなかった。
相手がこちらの話を理解しているとは到底思えなかったが、
打ち合わせの議事録には、培養液の提案が正式に許可されたことが記された。
複数人の助手とともに、急いで培養液をかき集め、卵のある洞窟に向かった。
議事録のおかげで、予算も人手も集まり、一般人が立ち入れない洞窟にも、問題なく入ることができた。
――
地中深く、静寂に包まれた広大な空洞。
ところどころ、マグマが赤く光り、闇をそっと照らしている。
空洞の中央付近に、ぽつんと置かれた卵。直径はおよそ50センチ。
卵からは根のようなものが伸び、地面にしっかりと絡みついている。
――
古文書に記された通りだった。
助手たちと手分けして、装置を組み立てる。
卵の周囲にガラスを組み立て、培養液を注ぎ込む。
漏れを防ぐため、ガラスと地面の境目を溶接する。
培養液は地面に染み込み、徐々に減っていくため、都度補充した。
何も変化がないという観察が続く。観察記録といえば培養液の補充量ぐらい。
あまりにも変化がないため、観察場所に電灯を設置したり、椅子を作ったりしていた。
培養液や電池、食料の追加をお願いした助手に、地上の様子を聞いてみる。
打ち合わせは、すでに行われなくなっているらしい。
あるものは地球の反対側へ逃げ、あるものは飛行機にのり、そしてあるものはシェルターに避難した。
これらの情報は、混乱を避けるため、一般には伏せられているようだ。
卵を壊す部隊が現れない代わりに、助手たちは最期まで私の研究に付き添ってくれるようだ。
本当は少し心細かった。助手たちが残ってくれてとても心強いし、何より退屈しないで済みそうだ。
古文書について語り合うことにしよう…。
私は、助手たちに聞いてみた。
「解読された古文書読んでみましたか?」
「はい、もちろん。とても不思議な物語でした…。地球消滅という恐ろしさの一方、とても好奇心が掻き立てられました…」
「わかる…。過去の失敗がたくさん描かれていて、興味深かったというか…。なんかこの場所に誘い込まれた気がします…。それに…」
「それに…?どうぞ続けて」
「もし、神様がいるとしたら、多分とても真面目なんだろうなって…」
「それ、自分も思いました。普通の古文書に比べて読みやすかったんですよね…。私たちにあわせて書いてあるような…」
「ずっと言い伝えられてきた物語みたいな気がしました…」
私は、助手たちの感想を聞き、にっこり笑って言った。
「神様はずっと気ままな存在だと思っていましたが、私たちのことをよく知らべ、私たちに合わせて古文書に記載する…。
とても苦労している存在なのかもしれませんね…」
助手たちは黙ってうなずいた。
その後、もし神がいたらどんな人なのか予想しあった。
神様がいたらどんな人なのか、どんな性格なのか、そして、男ばっかりの深夜の洞窟で、どんな美人なのかを予想しあった。
ひと月ほど経過しただろうか。卵に、少しずつ変化が現れた。
「この研究も、そろそろ終わりそうですね」
助手たちは、神妙な顔で会話していた。
――
やがて、卵の表面に細かなひびが入り、殻が静かに割れはじめる。
中から現れたのは、小さなドラゴン。
その幼い姿にはどこか愛らしさがあり、目はまだ閉じられている。
体を伸ばしたり、ねじったり、ぎこちなく動かしている。
――
記された通りに現実が進んでいく。
「こんな小さなドラゴンが、地球を消滅させるなんて……」
――
やがて動きが落ち着き、そっと目を開く。紅い瞳が、微かに光る。
きょろきょろと辺りを見回すと培養液を飲んでいるようだ。
飲み終えるとかわいらしくげっぷをする。
――
「んっ?古文書の記載と違うようだ。もしかしてうまくいったのか!?」




