第六話 考古学者の解読
ホープ様と人類の挑戦が続いている。そろそろ20回は越えただろうか。
だんだん卵の孵化の時間が近づいてくる。
ホープ様はこの時期になると自室にこもるようになる。
神の啓示を与えているわけではない。
特別に何か人類に対してやることがあるわけではない。
文明の発展はどんどんに加速する。
だから星を観察する仕事のホープ様にとってはこの時期が一番忙しい。
ただ、星を観察することよりも、必死にお祈りする時間が長くなるみたい。
「今度こそうまくいきますように」と。
私は、卵に対するこの時代の中心人物に焦点をあて、執務室のモニターで確認していた。
◇ ◇ ◇
私はマイケル。考古学を生業にしている。
最近、古い古文書が発見されその解析を依頼された。
どうやら1000年以上前につくられた文書らしく、好奇心を強くそそられる。
古文書は洞窟奥深くから見つかったのだが、その洞窟からしてそもそも興味深い。
その洞窟は、航空写真をつなぎ合わせて初めて見つかった。
地球全体を上空から見て初めて、1000年前の人工物の位置が何らかの意味を感じさせた。
そして、それらを組み合わせて初めて、ある一点を指し示し、何かありそうだと匂わせた。
「たまたま見ていて思ったんだ。なんか記号みたいだなって。それに他の場所にもあったんだ。
地球全体を俯瞰したら、一つの場所を指示しているようだったのさ。それでその場所を探したんだ」
この洞窟の存在を示した一般人が興奮気味にインタビューを受けている様子は、全世界に報道された。
そして、この洞窟が見つかり、この古文書が見つかった。
もちろん、航空写真自体、新しい技術だ。1000年前に存在するはずがない。
そもそも1000年前に地球規模の文明など存在していない。はずだった。
しかし……、もし、1000年前の人工物の位置が、地球の一点を示すために意図的に作られたとしたら?
何気ない1000年以上前の遺跡の数々が、急にオーパーツとして不思議さを醸し出していた。
遺跡自体の技術がオーパーツというわけではない。遺跡の位置がオーパーツに思えるのだ。
科学者たちは、全ての遺跡がなぜそこに作られたのかという疑問を持たざるを得なくなった。
誰の意図?どうやって地球全体で意思伝達をした?どうやって地上からこの地球を見下ろした?
ただ洞窟自体は、航空写真からも文明からも逃れるように、人里遠い山奥に存在していたとのことだ。
つまり、洞窟の位置は、まるでこの古文書を隠そうとしているかのような場所にあった。
この洞窟を用意した人は、この古文書を隠したかったのか?それとも見つけて欲しかったのか?
それすらもよくわからない。
我々の時代に――つまり航空写真を自由に閲覧できるようになった時代の人々に見つけて欲しかった?
何のために?そもそもそんなことは、神でもない限り無理だ。不可能だ。
不思議な事は山積みだった。目の前の資料はとても貴重であることは間違いない。
傷つけないように白い手袋をつけ、ゆっくり読み始めることにした。
――
地中深く、静寂に包まれた広大な空洞。
ところどころ、マグマが赤く光り、闇をそっと照らしている。
空洞の中央付近に、ぽつんと置かれた卵。直径はおよそ50センチ。
卵からは根のようなものが伸び、地面にしっかりと絡みついている。
やがて、卵の表面に細かなひびが入り、殻が静かに割れはじめる。
中から現れたのは、小さなドラゴン。
その幼い姿にはどこか愛らしさがあり、目はまだ閉じられている。
体を伸ばしたり、ねじったり、ぎこちなく動かしている。
やがて動きが落ち着き、そっと目を開く。紅い瞳が、微かに光る。
目に映るものには興味がない様子で、かわいらしく欠伸をひとつ。
姿勢を正し背筋を伸ばすと、体全体が淡く光を放ち始める。
そして――次の瞬間、地球は消滅した。
――
とても珍しい書き出しに思えた。
古代では文字を書ける知識人は、通例、起こった出来事もしくは、
国の平定のために世界の始まりについて記すものだ。
だが、この古文書では、世界の終わりについて記してある。
しかも、妙に描写が細かい。まるで実際に見ていたかのようだ。
書き出しの後、古文書ではこの世界の歴史について記されていた。
奇妙なことに、この歴史には未来についても記されている。
最近確立された技術についても、人名や年代こそ異なるものの、同等の技術について記されていた。
さらに読み進めていく。
この地球は、何度も消滅し、復元しているらしい。
消滅の直接の原因は書き出しにも記載されている50cm程の卵にある。
何度も破壊を試みるも、ことごとく失敗し、成功した記録はなかった。
試みられた方法が、失敗の履歴となって詳細に記されていた。
もしこの古文書が正しいのであれば、数年のうちに地球は消滅することになる。
古文書の最後には、夢の中に現れる神様について記されていた。
夢に現れるたびに、この内容を文書としてまとめ、未来に向けて隠すことを託されたという。
その神様はとても美しく、どこか上品で、うっすらと涙をうかべているらしい。
読み終えてふと気づく。古文書にしては、不思議なほど読みやすい。
わかりにくい箇所には、適切な説明が添えられている。
まるで何度も読まれ修正、加筆が繰り返されてきたかのようだ。
地球上で初めて読まれたはずの古文書なのに、まるで読み慕われたおとぎ話のような錯覚に陥る。
現代に生きる私が読んでいるにもかかわらず、だ。
「神様は本当にいるのかもしれない。
もしかしたら、私たちも、いづれこの古文書に記されることになるのかもしれない……」
私は、解読した内容を正確に文書にまとめ、論文として提出することとした。
地球消滅の未来が描かれている。疑われるに違いない。
自分自身でさえ、あまりに荒唐無稽で、信じがたいと感じている。
◇
論文が完成し提出した。世間からの批評はひどかった。
罵詈雑言ばかりだったといっても過言ではなかった。
「1000年以上前の人たちに未来がわかるわけがない」「改竄だ」「嘘つきだ」――そんな言葉を浴び続けた。
それでも、ある時、ある富豪の目に留まり、実際にドラゴンの卵を探すことになった。
この世界の中心は金だ。金さえあれば世間の批判なんて関係なかった。行動に移された。
古文書に記された場所は長年放置されていて、木々で覆われており、洞窟の入り口は見つからなかった。
最新技術による調査で、地下に空洞があることが判明する。
洞窟への入り口の捜索は中断され、空洞まで直接掘り進めることになった。
空洞につながるとほぼ同時に、それらしき卵も見つかった。
古文書に記された卵が存在するとの報告を受けた権力者たちは、卵に恐れを抱き、こぞって破壊を命じた。
卵を信じていなかった人たちが一斉に卵を恐れだしたのだ。とても滑稽だった。
自分自身はそれほど恐怖を感じていない。不思議だ。
私が科学者だからだろうか。それともまだ疑っているからだろうか。
軍隊に兵器を持たせ、現地へと向かわせた。
私は軍隊に同行させてもらうことにした。
歴史家として最後まで見届けるために。
――
地中深く、静寂に包まれた広大な空洞。
ところどころ、マグマが赤く光り、闇をそっと照らしている。
空洞の中央付近に、ぽつんと置かれた卵。直径はおよそ50センチ。
卵からは根のようなものが伸び、地面にしっかりと絡みついている。
――
古文書に記されていた通りの光景だった。
洞窟への損傷を恐れ、まずは弱い兵器から試された。
まったく傷がつかないことが確認されると徐々に強い兵器が投入されていった。
最後に最新兵器による攻撃が試された。卵にひびが入り、一瞬歓声が上がる――が、時間切れだったようだ。
――
やがて、卵の表面に細かなひびが入り、殻が静かに割れはじめる。
中から現れたのは、小さなドラゴン。
――
「まずい。やつを止めろ!」指揮官の叫びに、兵士たちは、一斉に拳銃を構え撃ちはじめる。
ものすごい轟音がするも、まったく効果はない。
――
その幼い姿にはどこか愛らしさがあり、目はまだ閉じられている。
体を伸ばしたり、ねじったり、ぎこちなく動かしている。
やがて動きが落ち着き、そっと目を開く。紅い瞳が、微かに光る。
――
古文書に記されていた事が、次々と現実になっていく。
――
目に映るものには興味がない様子で、かわいらしく欠伸をひとつ。
――
古文書は正しかった。おそらく神も実在するのだ。
私は、文明の敗北と人類の運命、そして自らの使命に思いを巡らせた。
私は銃を撃つのをやめ、両手をつなぎ、祈り始める。
「神様、この惨状を――現存するあらゆる兵器を用いても、傷一つ付けられなかったことを、後世にお伝えください」
――
姿勢を正し背筋を伸ばすと、体全体が淡く光を放ち始める。
――
最期の瞬間、光の中にうっすらと女神のような立ち姿が見えた。
両手を胸の前で祈るように握り、顔を伏せている。頬には、涙のようなものが見えた。
「わかりました。ありがとう。そしてごめんなさい」
その瞬間、マイケルは悟った。
この世界は確かに繰り返している。我々は、我々の役目は――終わったのだ。
卵の破壊は我々の文明でも失敗した。以前の文明では、さらに難しいだろう。
だから、古文書を我々に見つけさせようとした。以前の文明からは隠すように隠した。
最新技術・最新兵器を持つ我々に、挑戦させたかった。
そのために、航空写真が一般公開されるこの時代に見つかるように、神が仕掛けていた。
我々はきっと、古文書に書かれ、いつか誰かの役に立つのだろう。
それは遠い遠い未来のことかもしれない。
女神の涙が見れただけでも、私は幸せなのかもしれない。
――
そして――次の瞬間、地球は消滅した。
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