第五話 神の挑戦
それは、何度目かの挑戦だった。
だけど、今回の星では、ホープ様は特に何もしていないように見えた。
人に啓示を与えているような様子もなく、ただ時折、神のアルバイト情報誌を眺めては、片手間でできるバイトを探してお金を稼いでいる。
アロマやブレスレット等が経費になることはなく(そもそも神様に経費なんて概念は存在しない)、
お金を使いすぎたことに対して、少し自分を見失っていたと後悔している様子だった。
今日は、私と一緒に星の様子をモニターでずっと観察している。
――
地中深く、静寂に包まれた広大な空洞。
ところどころ、マグマが赤く光り、闇をそっと照らしている。
空洞の中央付近に、ぽつんと置かれた卵。直径はおよそ50センチ。
卵からは根のようなものが伸び、地面にしっかりと絡みついている。
――
「今回は、特に人に啓示を与えることもなかったですよね。何もしなかったんですか?」
私の問いに、ホープ様は少し笑って答えた。
「まぁ、見てて。対策はすでに2000年前に終わっているんだから」
――
やがて、卵の表面に細かなひびが入り、殻が静かに割れはじめる。
中から現れたのは、小さなドラゴン。
その幼い姿にはどこか愛らしさがあり、目はまだ閉じられている。
体を伸ばしたり、ねじったり、ぎこちなく動かしている。
やがて動きが落ち着き、そっと目を開く。紅い瞳が、微かに光る。
目に映るものには興味がない様子で、かわいらしく欠伸をひとつ。
――
「ここまでは同じ……。あっ」
――
子ドラゴンは姿勢を正し背筋を伸ばそうとするも、だるそうにまた丸まって寝始める。
――
ホープ様は静かに語り始めた。
「この前、星が壊れた時、もう一度、落ち着いて考えてみたの。
まだまだ知らないことがたくさんあったことに気が付いた。
メルトドラゴンの生態。例えば、一つの成体がどれくらい卵産むか、
雌雄はあるのか、あった場合どこで出会っているか、天敵はいるのか……。
地球文明の生物学がとっても役に立ったわ。
メルトドラゴンについて自分で調べてみたの。
一つの成体を神の力を使って追ってみた。
かなり多くの卵を産むみたい。
最初のうちは一つの星に一つ卵を産んでいたけど、最後は移動に疲れたのか一つの星にまとめて産んでいた。
産まれた卵もどうなるか見ていたんだけれど、ほとんどの星では何事もなかった。
卵が孵化しなかったり、孵化しても今回のようにすぐに動きを止めたり。
特に一つの星にまとめて産んだ卵を見ていて、ようやくある事に気が付いたの。
もう少し続きを見てみて」
私は、ホープ様に促されるまま、眠っているように見えるメルトドラゴンの幼体をじっと見つめた。
――
しばらくすると、背中の皮が左右に割れ、中から一匹の虫がでてくる。
大きさは15cmほどで、姿はハチに似ている。
羽を伸ばし、羽が乾くのを待つと、どこかへと飛んで行った。
――
「メルトドラゴンにも天敵がいたのね。
たくさん卵産んで、凶悪な能力を持つのに、思ったより被害が少ないのはこの天敵のおかげね。
寄生生物に寄生する寄生虫がいたのよ。
私は、神の能力があったからわりと簡単に調べられたけど、
神の能力の無い人たちが、いろんな生物の生態を調べていると思うと……やっぱり人の力はすごいわ」
「人への敬意」――神の力に慣れ親しんでいた私には、全く無かった視点だった。
目の前のモニターはとても優れている。どんな場所でも、どんなに昔でも思い通りに映すことができる。
このモニターは、私たちにとって、神の力を持つ神々にとって、ごく普通のありふれた日常だった。
もちろん、神の力を持たない人類には扱えない。
しかし、最近、そんな人類も似たような力を手に入れている。
人類は、カメラと電波の力を利用することによって、遠くの映像をモニターで確認するようになっていた。
私が何気なく見ていた人々の行動は、確実に進化していて、神とほぼ同等の力まで持っているようにも思えてきた。
神の力が当然のこと、当たり前の事と思っていたから、私は気が付かなかったのかもしれない。
確かに文明の進化はとても早い。
「それに気がつくホープ様はすごいです」
私は、そっと独り言をつぶやいていた。
その後、ホープ様は、寄生虫がメルトドラゴンの卵に寄生する過去の様子をモニターに映しながら、経緯を教えてくれた。
「天敵の存在に気付いた後、天界に生物の移動届を提出したの。
もちろん天敵の成体を地球のメルトドラゴンの卵のところに移動するための届出。
多額の費用は掛かったけれど、申請が通ると、生物への直接的接触が一時的に開放されるの。
それで、卵を産む直前の寄生虫を捕まえて、地球に持ってきたの」
ホープ様は、少し照れくさそうに笑った。
「移動届なんて知らなかったわ。神様のマニュアル本、役に立つこともあるのね。念のため、読んでおいてよかった」
モニターには、天敵の成体がメルトドラゴンの卵に近づき、小さい卵を産み付ける様子が映っていた。
その後、小さい卵は長い時間をかけてメルトドラゴンの卵と同化し、内部に侵入。
孵化した後は、メルトドラゴンの卵の内側で成長を続ける……。
「なるほど。では、これでこの星もひと段落ですね。お疲れ様です」
ホープ様はまだ何か悩んでいる様子だった。私は率直に聞いてみることにした。
「どうしたんですか?まだ何か問題があるんですか?」
「うーん。なんか違うの。
今回の事で、人々の文明がとても優れているってことを、私自身が身をもって示せたと思う。
でも……、私が見たかったのはこういう解決ではない気がするの……。
本当は……、人々自身の力で切り開く人類の様子が見たかったのかもしれない。
木や鉄の道具で卵を壊そうとしたり、みんなで工夫して兵器を作ったり……。
結局うまくいかなかったけれど、生きるために必死な姿が見たかったの。
神ですらさじを投げるこの災害を、自らの力で乗り越えて欲しいの。
もう一度時を戻そうかしら」
私は、ホープ様の以前の様子を思い浮かべる。
笑顔をまといながら、どこか苦しみをかかえた姿。
その姿を見ているのは少し心苦しかった。私は少しとまどいながら聞いてみた。
「本当にいいんですか?また、何回も星の消滅を見ることになりますよ」
「大丈夫、人々はきっといつか、神様である私の想像以上の方法で解決するはずよ。
いままでそうやって危機を乗り越えてきたんだから」
ホープ様はメルトドラゴンの対処方法を報告書にまとめ天界へ送った。
「地球の皆さん、もう少しだけ、私のわがままに付き合ってください……。
私も寄り添ってお手伝いしますから……」
目を閉じて祈るように胸の前で手を組んで、そうつぶやいた後、ホープ様はそっと星の時間を戻した。
この頃から、ホープ様には星に対して試練を与える悲しみと覚悟、そして神としての威厳が漂い始めた。
ついこの間まではだらしないただのみならいの神様だったのに、今は立派な神様に見えている。
天界ではこの頃、メルトドラゴンの根絶派と保護派にわかれて論争が行われているらしい。
根絶派は文字通り凶悪なメルトドラゴンを絶滅させようという派閥、
保護派は今まで通りの成り行きに任せて何もしないことにしようという派閥だ。
時折、対処方法を見つけたホープ様に意見を求める手紙が届いたり、
それぞれの派閥への勧誘として、家の前までテレポートして来る者もいる。
そんな時は、私がお使いの天使として対応する。
必要に応じ星の管理者が対処するでいいと思うし、勧誘はきっぱりお断りだ。
今、ホープ様は、星の運営で頭がいっぱいなのです。どうか邪魔しないでいただきたい。
これから、気が遠くなるほど時間のかかる人類の挑戦が始まるのだから。
ホープ様の邪魔は、私が――このミカエルが許しません。




