第四話 文明発展の良し悪し
私はミカエル。神様であられるホープ様のお使いの天使。
たまには、私が主役でもいいの。私は天使なのだから。
私は、ホープ様が仕事に就いたときから、ホープ様にお仕えしている。
ホープ様は初めは仕事ができなかった。最初は仕方がないと思って丁寧に教えていた。
しかし、仕事を覚えると今度は少しずつだらけるようになっていった。
嫌味を込めて「ホープ様」と呼ぶようになったのだけれど、ホープ様は私の嫌味に気づかなかった。
逆効果だった。もっと直接言わないと駄目なようだ。
だけど、最近のホープ様には、成長を感じる。もちろん、地球の消滅を経験してからだ。
そして、「ホープ様」という呼び名も、少しずつ様になってきた。
そんなホープ様は最近、自室の外光を調整して暗くし、閉じこもってぶつぶつと何かを唱えている。
どうやら、十分に文明が育ったと判断し、人への啓示を始めたらしい。
以前は、折り紙や段ボール、紐といったもので準備していたけれど、
今回は相手が高度な文明ということで、ずいぶん奮発したみたい。
反重力で浮く物質を加工した金メッキのリングを頭上に、
右手には金のブレスレット、左手には神のアルバイト情報誌、
白を基調にして、ところどころに宝石がちりばめられたドレス、
背後にはろうそくの火、アロマも兼ねているらしくいい香りがする。
神様といっても、まだみならい。給料も安いのに……。
間違いなく方向性を見失っている……。
ご飯を食べにでてきたホープ様。
どうやらイライラしているご様子。
今日も啓示がうまくいかなかったらしい。
「今日も失敗ですか」
「順調に文明は発展しているの。逆に順調すぎて怖いぐらい。
今までよりはるかに高度で、すべてが高水準。
この文明なら、もしかしたら卵を壊してくれるかもって期待しているの。
でも、啓示を与えようとしても、全く聞いてもらえないし、覚えてもらえないのよ。
せっかく奮発して準備したのに…」
「では、今回も消滅の運命ですか」
「まだ、時間はあるわ、もう少し頑張ってみる。
違うアロマにしてみようかしら……もっと目立つ方法を探さなきゃ」
と、次はさらに記憶に残る方法を模索するようだ。
「それはそうとなぜアルバイト情報誌を手に?」
「あっ、これ?厚い本を手に持っていたほうが神様っぽいかなって。
ちょうどいいサイズの本がこれしかなかったのよ。
どうせ人には神の文字は読めないし、これでいいかって」
ホープ様はまだ気づいていない。
そもそも、匂いは人に伝わっていないし、啓示が届かない原因はまったく別にある。
私は、もうしばらく様子を見ることにしている。
この文明では、発展した科学が夢の中の事象を「非現実」と否定している。
それに、人々はそもそも夢を見ていない。効率と成果を追い求め、眠る時間すら惜しんで行動している。
もはや「神のお告げ」を信じる人はほとんどいないし、それを信じて動くための、時間の余裕も心の隙間もない。
この文明の人たちには少しだけ申し訳ないけれど、
自分を魅せようと夢中になっているホープ様を見ているのは、ちょっと楽しい。
きっと、ホープ様も少し落ち着いたら気づくと思う。
残念だけど今回の文明はすでにもう……、手遅れだということに……。
◇ ◇ ◇
「そんなにお金つかって大丈夫ですか?」
「啓示の後、様子を確認していますか?」
「人には伝わっていないようですよ。
それにアロマ焚いても人には届いていませんよ」
ミカエルの言葉に、私はハッとする。
あまりにも順調に文明が進化していたから調子に乗っていたかもしれない。
最近の文明の様子を思い返す。
文明に合わせて、私もオシャレして、匂いにも気を使ったつもりだった。
まさか、まったく伝わっていなかったなんて……。
ミカエルのやつ、最近ずっとニヤニヤしてた。
さては、前から気づいていたな。
早く言ってよ……。あ~、腹立ってきた。
確かにこの文明の人たちは睡眠時間が少ない。
夢の中で語り掛けて、そろそろ反応が返ってきそうって頃に、多くの場合、騒音に邪魔される。
今になって、あのうるさい目覚まし時計にもイライラしてきた……。
落ち着け、私。そう、私は神、全知全能なんだから。
ミカエルのいうことは正しい。
たとえ啓示を伝えられたとしても、夢としてすぐに忘れ去られてしまう。
覚えていたとしても、日々の生活が忙しすぎて、夢を振り返る時間なんてない。
やっぱり、ミカエルは正しい。
もっと前に助言されていても、結局何も変えられなかった。
そう思うと、ミカエルの笑顔には、どことなく暗さもあったような気がする。
啓示を与えるには、文明が成熟しすぎている。
それか、もっと工夫して伝える必要がある。
落ち着いてこの文明を見返してみると――とても優れていることがわかる。
気候が安定し、以前とは比べ物にならないほど、文明が発展している。
以前は風車や水車を動力としていたが、今回は石炭、石油を動力としている。
大量のエネルギー源を確保できたことで、文明の発展がさらに加速している。
衣、食、住、それに、移動や観察、物体の操作など、神の力を持つ神様にとってはどれも簡単。
その神様だから当たり前に使えている技術を、地球上で人が実現するには、どれをとっても膨大な学びと努力が必要となる。
文明が編み出した学問の数々――物理学、化学、社会学、農学などが、膨大な学びと努力の結晶となって人々に共有されている。
気楽に生きている神々とは比べ物にならないほど、文明の進化は早い。
それだけ早く、多くの問題、多くの困難を乗り越えてきたということだ。
私は、気に入ったアロマを焚きながら思考を巡らせる。
私には神の力がある。なのにきっと何かが足りていない。
無理だからあきらめる?そんなことではだめ。
人々はどうしてきた?神の力なんて持たないのに、驚くほど多くのことを成し遂げている。
もし私が人だったら、どう考える?――解決方法のヒントは、そこにある気がする。
……そんなことよりも、お金使いすぎた。
オシャレアイテムって、どうしてこんなに高いのかしら。
かといって、自分で作ると、なんだか幼稚に見えるし……。
経費で落とせないかしら……。
私はそっと、神のアルバイト情報誌に手を添えた。




