下水道の罠。
台所にあった階段を降りると、下水道に繋がっていた。
流石はスラムの下水道だ。通常の下水道でも鼻を塞ぎたくなるが、それを遥かに凌駕する。
たとえ死体があったとしても、隠せるほどの悪臭だ。
流れる水も非常に濁っており、時折何か得体のしれない物体まで流れてくる。
ゴミ箱代わりに下水に色々と投げ捨てているのだろう。
それにホームレスが居着いていると思ったが、ホームレスすら住みたくない場所のようだ。
人の気配もない。あるのは虫や鼠の類ばかり。
……いや、住まないように言っているのかもしれない。
あの男の家から逃げ込んだ先がここなのだ。
男の庭として利用されていたのであれば、ここを使うなと命令されている可能性もある。
様々な憶測を考えながら、地下通路を歩く。
非常に広いようで、私の足音が都度響いていた。
これは相手にも気付かれているだろうし、私もこれを逆手に取れる。
少しだけ立ち止まり、耳を澄ませた。
流れる水音、虫や鼠の音。細かな音が耳に届く。
その中で一つ、小さく反響しているパタパタという音。足音だ。
それこそもちろん、ホームレスという可能性もあるだろう。
だがこの逃げるような駆け足は、まるで追われて急いでいるようだ。
「方向はこっちで合っているはず」
私も足音に向かって、進み出す。
その瞬間、足元でカコンと小さく音がした。何かを踏んだようだ。
下を見ればタイルの一つが沈んでおり、明らかに何かの罠だ。
すると普通の床だったそのタイルから、針が出てくる。
全てのタイルが針付きというわけではなく、不規則に通常のタイルと針付きタイルが存在している。
罠に変な遊び心を入れなくてもいいというのに。
運動神経が良いものは、うまく梁を避けて跳躍していけば、無事に切り抜けられるだろう。
「まぁ、私は面倒なことは嫌いだからな」
針に意識を集中させ、一気に引き抜く。
魔法を使うまでもない。魔力のみを応用させた、サイコキネシスのようなものだ。
するとタイルから、針のみがズボズボと抜けていく。
針からは何かしらの液体が滴っていた。
先程の毒矢の件もある。恐らく仕込んであるのは毒だろう。
この場で捨てていくのもいいが、これからここに来る連中が誤って触れてしまったら困る。
テナは場を収拾したら合流を選ぶだろうから。
「ふむ。だが、このままだと邪魔だな」
持って歩くのはいいが、如何せん針の量が多すぎる。
ざっと数十、百以上はあるかもしれない。
確実に追手をまくための対策なのだから仕方ないとも言えるが。
少々強引だが、このまま押し固めて小さくしてみるとしよう。
針を一点に集めて、ぎゅうぎゅうと押し固める。あり得ないほどの力で固めれば、針ですら圧縮されていく。
最終的には1センチほどの玉にまで、圧縮ができた。
「これは取っておこう」
さて、捜索を再開しよう。
暫く歩くと、今度は鼠の大群が押し寄せてきた。
歩ける場所を全て埋め尽くすような勢いで、こんな下水のどこに居たのだというほどの量。
壁にまで及ぶほどだ。おぞましさに寒気がする。
燃やし尽くせればスッキリするだろうが、何が有るのか分からない地下通路。
ここは――
「〈冗長たる凝固〉」
〈冗長たる凝固〉を発動すると、地下通路が一気に凍りつく。
鼠を包み込み、私の周囲数メートルが氷の世界へと変化した。
この魔法の効果は長いから、テナが来て帰るまでは持つだろう。
鼠の取りこぼしもないようだし、このまま進むとしよう。
「しかし……あれも毒鼠とかだったりするのか?」
毒矢、毒針と続いてきたからな。
あれも罠か、本当に地下水路に住んでいる鼠なのかが分からない。
気を取り直して進もうと思えば、今度は地鳴りがした。
それだけではなく、地下通路全体が揺れている気がした。
暫くして前方から、巨大な丸い岩石が流れてくる。よくフィクションで見る、トラップだ。
ここまで来ると、笑えてくる。
「何でもありだな……」
もうまともに対応するのが、面倒に思えた。
あれだけの高度な魔法を人間に渡していた割には、こういった罠が人間的すぎる。
禁忌魔法に手を出すくらいならば、もっと上位の存在を考えた罠を張り巡らせるべきだ。
苛立っていても仕方がない。まずは、目の前の岩石をどうにかしなければ。
頭の中にある魔法を探って壊すことすら、煩わしい。
毒針のときと同じようにしよう。魔力を適当に操れば、岩程度ならば破壊できる。
案の定、岩石は私の前にやってくることなく、無事に破壊された。
本当に種も仕掛けもない、ただの丸くよく転がる岩だった。
「はあ……」
つまらない。くだらない。
ため息が出てしまう。ソーマに作らせたほうが、もっと凝った遊びがいの有る罠が出来るというのに。
もっとも、あいつはそんなことしないのだが。
むしろ私の作った罠を破壊する側だったな。
粉々になった岩を見下ろしていると、また足音が反響して届く。
どうにも近い。
それに今度は、水の上を走る音まで聞こえる。
少しすれば私の足元にある水が、ゆらゆらと揺れた。
「……近い。まさか、視認できる距離で、手動で罠を発動させていたりしないよな?」
この期に及んで、そんな滑稽なトラップだったら。
暇を持て余して外に出た、私に謝ってほしいものだ。




