合流
リサが去ってから暫く、燃え盛っていた炎は見事に鎮火していた。
住人たちの治療も済んでいる。
「一通り終わりましたね、合流しましょうか」
『待て』
もう既に、リサが先に進んでから時間が経過している。
学者がいれば間に合わないこともないだろうが、テナとしては気が気ではなかった。
だから学者の制止に、驚きを覚える。
だがその驚きは、納得へと変わった。
バタバタと賑やかな足音で駆けつけたのは、騎士団、ウィッシュ、そしてブラムウェルだった。
既に落ち着いたスラムに、多くの人間が集まっている。
「犯人を見つけたって!?」
「例の貴族絡みと聞いたが……」
「リサ様はどちらに!?」
大勢が口々に、質問や疑問を投げつける。
そもそも呼んですら居ない人々がいることで、テナの混乱が落ち着いていないのに、次々と言葉を続けられれば頭が追いつかない。
「ど、どうして、皆さんお揃いで……?」
『俺が呼んでおいた』
「ブラムウェルさんならまだしも、騎士団にウィッシュの方々はよく分かりましたね」
『俺は真なる者だぞ』
何を言っているんだ、という表情にテナは少し呆気にとられる。
「そ、そうでしたね」
『これだけいれば十分だろう。俺はまた家に帰る。進展したら呼べ』
「はい、ありがとうございます」
学者は問答無用で、その場から消え去った。
比較的、自分勝手で自由な学者だったが、以前のチームメイト――主人とも言うが――と比べると遥かに優しい。
そのことにテナは少しだけ、嬉しくなった。
気合を入れて、仕事の続きをしようと振り返る。
目があったのは、騎士団のアレックスだ。奇異なものでも見る目を、向けていた。
「何を一人で喋っているんだ?」
「……えっ? いま、ここに……」
ここに居ましたよね、と続けようとした。
はっと気付いたのは、その直ぐ後だ。
学者は決して、誰にも彼にも見られていたわけではない。
人間よりも遥かに高い存在が、そう簡単に姿を現すわけがない。
(学者さんは、姿を見せる人を選んでいたんだ……)
特に、立て続けに混乱が、事件が巻き起こっていた。
それなのに見知らぬ男、しかも人智を超えた力を持つ存在がホイホイ現れたら。
「な、なんでもないです! ちょっと、作戦というか、その……」
「よく分からんが、この場は騎士団が引き継ごう。お前とブラムウェルは、リサ殿に合流するべきだ」
「わかりました、お願いします」
『――わんっ!』
「きゃっ!?」
急に下から声がして、テナは驚き飛び退いた。
しかしそこにいたのは、ニコニコの笑顔を見せる精霊獣。
人懐こい顔をテナに見せ、撫でてと言わんばかりに尻尾をブンブン振っている。
「あなた、確か先生の……」
「――リサ様の何ですか!?」
小さな声で口に出したと思ったのに、テナのその独り言は完全に拾われていた。
犬よりも遥かに目を輝かせたブラムウェルが、テナの説明を待っている。
それに恐ろしさを覚えながらも、テナはたどたどしい説明をした。
「先生が使っていた、精霊、だったはずです」
「せ、精霊……!」
その場に居る殆どがリサの異常性もとい強さを理解しているようで、口々に「へぇ」だの「すげー」だのが飛び交う。
好きな先生を褒められて嬉しくないわけがない。
テナは隠しもせず、表情を緩ませた。
「へー、可愛い犬だな!」
そう言って手を出したのは、アンナだった。
気さくな性格は動物にも有効なようで、初対面の精霊獣に対しても――精霊と知らないだけなのかもしれないが――仲良くなろうとしている。
『ガァウッ! グルルルル……』
「うわっ!」
間一髪で、アンナは自身の手を引っ込めた。
冒険者になるだけの技量がきちんとあるようで、噛みつかれる前に避けられたらしい。
あれだけ愛想を振りまいていた犬が、突然凶暴化した。
そのことに周囲の人間は、一気に困惑した。
急激に不穏になった空気をおさめたのは、ブラムウェルだった。
「あなた方、新人冒険者でしたね? 精霊はプライドが高く、選ばれた者か、召喚者にしか好意的になりません。下手に近づくと痛い目を見ますよ」
「べ、勉強になります……」
さすがのアンナも、ブラムウェルの言葉は効いたようだ。
手を出してしまったことを反省している。
一方で、テナには疑問が残った。
ブラムウェルの言っていた言葉が、どうにも引っかかったのだ。
「……選ばれた、者……?」
「どうかしましたか?」
「い、いえっ! この子がいるなら、場所もわかるはずです。合流しましょう!」
精霊獣の案内のもと、テナとブラムウェル、そしてウィッシュは目的地に辿り着いた。
テナ達はその小綺麗な家に、警戒しながら足を踏み入れた。
人数が多いからか、床が異様に軋んで聞こえた。
誰かが歩くたびにギシギシと音を立てれば、クララが「ひっ」と情けない声を出す。
テナは既に、冒険者として先輩で、こういった場所にも立ち寄ったことはある。
だから新鮮な反応を見て、少しだけ顔を綻ばせた。
室内を探索していれば、台所と思われる場所に人影を見た。
お互いで声を出さずにアイコンタクトのみで会話し、それぞれが同意の首肯を返す。
そうして、ブラムウェルを筆頭に、問題の部屋へと飛び込んだ。
「動くな! ――おや?」
「止まりなさ……い?」
キッチンに座っていたのは、何かで遊んでいるリサだった。
それぞれが安心に、拍子抜け、逆に緊張するなど、三者三様の反応を見せている。
『おお、早かったな』
「リサ様!?」
「先生? 犯人は取り逃したのですか?」
『お前、意外と失礼だな』
テナの酷い言いように、リサはむっとする。
リサはキッチンから降りると、手に持って遊んでいたもの――矢をくるくると回しながら、彼等の周りを歩き出す。
『私はリサのドッペルゲンガーだ。リサはここから降りていったよ』
彼女が指し示した先には、床に取り付けられた扉があった。
リサが降りた後に扉をしめたようで、そこはきちんと塞がれている。
『ああ、行くなら気をつけろよ。トラップが多いはずだ。あの女もこの毒矢を受けたらしい』
今まさにドッペルゲンガーが、遊んでいるそれは毒矢だった。
「ええっ!? 大丈夫だったんですか……?」
『ん? あいつは死なないからな』
「え?」
「は?」
クララの質問に対して、ドッペルゲンガーが素直に答えると――ウィッシュからはあまり良くないリアクションが返る。
ドッペルゲンガーは全ての記憶を共有しているわけではない。
だからリサが何を説明して、何を説明し忘れているのか。それを把握していないのだ。
敢えて言わなかったという場合もあるが、リサの場合は完全に説明のし忘れである。
とはいえ、本体が言っていない情報だ。
これはドッペルゲンガーにとって、ミスでもあった。
『おっと、失言か。――さ、入るならとっとと行け。私はここで待っている』
「行かないのですか?」
『犯人が出てきたらどうする。それとここにお前達以外の余計なモノが来たら、困るだろう』
「ですね。行ってきます!」




