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さすがに1000年は飽きたから。~引きこもりを謳歌した最強魔女は、外に出てみることにした~  作者: ボヌ無音
第三章 魔女、禁忌と呪い。

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違和感のある家。

「待て!」


 待てと言われて待つ馬鹿がいるわけもなく、男はその場から全速力で逃げた。

 絶対に逃がすわけにはいかない。

 この男のせいで、どれだけの人間が不幸になったと思っているんだ。


 私も、男と負けず劣らずの速度で走るが、如何せんここは相手の庭。

 スラムに精通しているらしく、男はするすると狭い路地を逃げていく。

 影を見つけたと思えば、また人や物に隠れて巧妙に我々をかいくぐる。


「な、なぜこの場所が分かったんでしょうか? スラムに監視者が?」

「子供にかけた呪いに、異変が起こったのが通知されたのかもしれない」


 もしくは、呪いが発動したからか。

 死亡したホームレスの遺体を探られると、痕跡を辿れてしまうのかもしれない。

 それを恐れた可能性もある。


 それとも、死亡したホームレスをいちいち処理していたのか。

 誰が情報を漏らしたのかを知れれば、その繋がりから相手を探し出せるだろう。


 ゆえに余計、私が生きていたことは驚きだろう。

 なんなら呪った相手ではないから、知恵のあるもの――おそらく――であれば、戦うより逃げる方が有利と考える。

 確殺の呪いで殺せないのなら、太刀打ちできるはずがないのだから。


「ちっ、くそっ、くそ! 〈火炎乱射(ランダム・ファイア)〉」

「なっ!?」


 男が魔法・〈火炎乱射(ランダム・ファイア)〉を唱えると、攻撃力の高い炎が撒き散らされた。

 ――攻撃するにしても、よりにもよってこの魔法を選ぶか!

 〈火炎乱射(ランダム・ファイア)〉はその名の通り、不規則に飛ぶ炎を生成する。

 制御が効かない分、上級であっても威力が高く、広い場所での範囲攻撃としてよく用いられる手段だ。


 私が読んだ古すぎる文献ですら、狭い場所や街、民家のある区域での利用は非推奨とされていた。

 なのに、この男は……!


 スラムは整理などされておらず、可燃物がそこら中に存在する。

 家も頑丈ではないあばら家が多く、燃え移ればスラム全体に広がるのも時間の問題だ。

 私を撒くだけではなく、証拠の隠滅にも繋がる。


「きゃああっ」

「うわあああっ! 誰か!」


 止められなかった炎は、人、物、家、何もかもに燃え移る。

 広がり始めた炎は、スラム街の何もかもを飲み込んで次第に大きくなっていく。

 止めなければ。


「外道が……!」

「……魔技の学者さん!」


 私に付いてきていたテナは、学者を呼んだ。

 すぐさま学者は現れ、走る私とテナに追従するように浮遊している。


『なんだ、忙しそうだな』

「ごめんなさい、説明は追々します。――先生! 私と学者さんでこの場を収めます、早く行って下さい!」

「助かる!」


 学者がいれば、この場は安心だ。

 テナ達に任せることにし、私は飛び出した。


 既に混乱に乗じて例の男は人混みに紛れてしまったようだ。

 すでにあのフードの人影は見つからず、私は焦りを覚える。

 だがそれでもいい。今は〝繋がり〟がある。


 ――〈精霊の(ガイド)先導獣(・オブ・スピリット)〉。

 精霊の犬を呼べば、すぐさま召喚された。

 テナに対する人懐っこさはないが、互いに仕事をし合う信頼がある。

 ……いや、今はそんなことはどうでもいい。


『ワン!』

「私の中の呪いは分かるか」


 精霊の犬は、普通の犬とは違う。そもそも犬で片付けていい種族ではないが、私にはおなじようなものだ。

 普通の犬が感じられる〝物の匂い〟とは違って、魔法や呪いの痕跡を辿ることも出来るのだ。


 すんすん、と鼻を使いながら私の周囲を回る。

 一通り匂いを嗅ぎ終えると、牙を剥き出しにして威嚇し始めた。


『ヴォウッッ! ウゥウーッ……』

「そう威嚇するな。好きで呪われたわけではない。これを辿ってくれ」

『ワウ!』


 犬はまた遠慮もなしに走り出した。私は出来る限りの速度でそれを追う。


 道中、魔法の痕跡はなかった。

 相手は、あの混乱で完全に姿をくらませられたと思っているのだろう。

 詰めが甘い男だ。

 だが第二の被害が増えなかったという点は、悪くない。

 被害にあった者たちは学者がいれば安泰だろうが、苦しい思いをする人がいないのはいいことだ。


 そんな周りに気を配りながら、走り抜ける。

 人の波、家と家をすり抜けながら、犬を追う。




『ヴォウ!』

「あの家か」


 スラムにしては小綺麗な家だ。かといって、ホームレスが集っているという様子も、見受けられない。

 これは〝黒〟だな。


「後はいい。テナの援護にまわれ」

『わんっ!』

「……なんだその甘えた声は……」


 今までの速度はなんだったのか、という速さで犬は走り去っていった。

 私のために加減していたのか、もしくは余程テナに会いたいようだな。


 1人になった私は、家の前へとやって来る。

 扉はきちんと閉められている。施錠はされていないようだが、焦って飛び込んだ様子はない。

 戸を開けると、ギイと音が鳴った。老朽化している音とは思えない、普通の開閉音だ。

 やはり、スラムには似つかわしくない建物だ。


 室内は薄暗く、明かりの一つもついていない。

 まだ昼間だが、スラム街自体が陰鬱としているせいか、部屋の中に心地の良い太陽光が入ってくる様子もない。

 しかし埃っぽさはなく、外観と同じく綺麗にされていた。

 とてもじゃないが、ホームレスが住んでいるふうには見えない。

 誰かがきちんと気を遣って、清掃している証拠だ。


 中を散策していると、何かが閉じる音が聞こえた。

 ――誰かがいる。

 まさかまだ誰かが残っているとは思わず、気を抜いていた。


 私は部屋の中を急いで見て回る。

 これだけ探し回って、人に出くわさないということは、隠し扉なりで何処かに逃げたのだろう。


「……これは」


 台所にあった、床下の扉。明らかにこれだろう。

 私はためらうことなく、その扉を開けた。


「――ウッ!」


 すると、扉の裏に仕込んであった何かが飛び出した。

 それは私の頭に目掛けて飛び、脳天に突き刺さった。

 視界の端に見えるその形状から、矢であると分かる。


「……むう……」


 煩わしい、と矢を抜き取ると、途端に頭が回る。

 視界がぐにゃりと揺れて、気分がアトラクションのように下がっていく。


「……毒、か……」


 自覚した瞬間、狙ったかのように目眩が加速した。

 吐き気が伴い、体中が焼けるように痛い。

 堪えきれず私はその場で、胃の中のものを戻してしまった。


「ぅえっ、おぇっ……ひト、を、殺す、気でいル、うォ――……げほっ、人を殺す気でいる、罠だ……」


 毒の効果が消えてきて、不死の効果が効いてきた。

 体調が徐々に戻っていく。


 間違いなく人を殺すためのトラップだった。これ以降は、もっと増えることだろう。

 テナを連れてこなくてよかった。


「〈二重身(ドッペルゲンガー)〉」


 〈二重身(ドッペルゲンガー)〉を起動し、ドッペルゲンガーを呼び出す。

 ドッペルゲンガーは私を見ると、フッと嘲るように笑った。


『死にかけだな、本体』

「うるさい」


 一言が余計だ。私の面倒な部分まで、きちんと投影しなくていい。


『ふむ、私はここで待機だな』

「ああ。私は下に降りる。テナが来たら、経緯を伝えてやってくれ。敵が来たら――」

『殺さず無力化』

「そうだ」


 さて、監視をドッペルゲンガーに任せたし、早速降りるとしよう。

 階下に向かおうとする私を、ドッペルゲンガーが『おい』と止めた。


『暇つぶしはくれないのか』

「そこの毒矢でも調べておけ」

『おお!』


 目を輝かせているドッペルゲンガーを横目に、私は改めて下へと降りた。

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