門。
「な、なるほど……そんなことになるのですね……」
「お前も無闇矢鱈に、禁忌魔法を使うなよ」
「使いませんよ。リサ様は、私を誰だと思っているのですか」
魔法に取り憑かれた化け物かな、と言わずに黙っておいた。
気づけば、外が夕焼けに染まっている。薄汚れたガラス越しに見る世界は、オレンジ色だ。
まだ日の高い時間にやって来ていたから、相当長居してしまっている。
テナはまだ本調子じゃない。そろそろ切り上げる時だろう。
『そういえば、出処は掴めたか?』
「いや。姿を完全に隠しての接触。呪術の一連と称して、呪術書を燃やして捨てるようにまでする程の徹底っぷりだ」
『確信犯だな』
そう。悪しきものであるとわかっている者の犯行だ。
本当にただの呪術書だと思っている可能性もあるが、もしもまだそれらを隠し持っているならば――早く取り上げねば。
これは人間が持つには、強すぎる代物だからな。
「私の方でも注意しておきますね。そういった情報は、流れてきやすいですから」
「ああ、頼む」
ブラムウェルが何を研究しているか知らないが、権力と権限があるのは確かだ。
冒険者になったばかりの私と、既に高い地位にいるブラムウェルであれば、どちらが情報を得やすいかは一目瞭然。
それに高い地位になれたとて、ブラムウェルと同じ情報が入るかはまた別の話。
研究者と冒険者では、得られる情報は異なるはずだ。
『リサ、こいつは人間の権力者か何かか?』
「人間界では有名な魔法使いだ」
『ほう。通りで。いい眼鏡だな』
「私が硝子を埋め込んでやった」
『なんだ、つまらん。だが、まぁ……』
学者の表情が、何やら楽しそうだ。ウズウズというかムズムズというか。
言いたくて仕方のないことが、喉まで出かかっているかのようだ。
――当然、指導者には人間に対しての我慢など存在しない。
学者は耐えることなどなく、口を開いた。
『ブラムウェル、契約をしないか』
「はい?」
『お前の肉体を〝門〟とすれば、俺はこの面白い出来事を何時でも見ることができる』
ああ、あの〝ウズウズ〟は、彼の欲だったか。
学者ならではの、知識欲だ。
基本的な知識は他の指導者から得ているだろうが、人間のこういった『愚かで滑稽ないざこざ』は、彼にとっていい娯楽なのだろう。
喚ばれない限りは人間界など滅多にこないはずで、そんなあまり来ない場所で面白い話を聞けば、彼も気になってしまう。
「……代償は」
『代わりにリサに払ってもらえ』
「ですが……」
チラリ、とこちらを見てくる。金を代わりに払う許可だろうか。
「いいぞ」
『ほうら、リサもこう言っている』
「…………」
おや、ブラムウェルの視線がやまない。
では代金の許可ではないらしい。
となるとただの救助要請だろう。いきなり上位存在に絡まれたとあれば、魔法に貪欲な彼でも引くというわけか。
であれば師として助けてやろう。
「お前、本当のことを言え。ブラムウェルが困っているではないか。何がしたい」
『チッ……』
何だこの舌打ちは。
私に対して愛想が良いとは言えない学者だが、ここまであからさまに不快を表したことは滅多にない。
それこそ、占い師に絡んでいる、ことくらい……。
…………ああ、そうか。単純明快。
知識欲なんて指導者らしい理由なぞ、最初からなかったわけだ。
「占い師だな? 最近人間界の菓子を気に入っていたからな」
『なっ、ななななっ、なんっ、違うが!? なんでそこで占い師が出てくるのか意味がわからないっ!』
図星すぎる。というか、すぐにバレないようにブラムウェルを選んでいるあたり、ずる賢い。
それに、人間の菓子を占い師に贈るならば、女であり飲み仲間の私に門を開けるべきだろう。
なぜ私に言わないのだ。
「私に門を開けばいいだろう」
『それはなんか嫌だ』
「何だそれは」
何だそれは。
私がいつでも召喚魔法を使えるから、という意味だよな?
それ以外に理由があるならぶん殴るが……。
『まあ、検討しておいてくれ、ブラムウェル・レイナー。300年後くらいにまた聞きに来る』
「あの、死んでいます……」
『……』
だから私にしておけと言っているのに。
300年なんて人外な時間を出して。そんな長い目で見るつもりならば、寿命の概念がない私が適任だろう。
まるで幼い人間の言う『生理的に無理』みたいな感覚で拒絶するなんて。
老いぼれ魔女でも傷つくぞ。
私が内心怒り狂っていると、この空気の中でテナが小さく手を挙げた。
「あの……私ではだめですか?」
何か意見を言うつもりかと思ったが、まさかの立候補であった。
……確かに、妙案かもしれない。
門さえ開いておけば、あとは呼ぶだけでいい。まだ力のないテナにとっては、いい護衛にもなる。
学者は指導者の中では若い部類だが、人間相手ならば造作もない。
できれば常にテナと行動し、守ってやりたい。しかし今後の冒険者活動で、何が起こるか分からない。
そんな時に、指導者と契約があれば私も安心だ。
「ふむ、テナはどうだ。私の弟子で、養子みたいなものだ」
『おぉ。お前と行動する娘か?』
「そうだ」
『ならばちょうどいい。……よし、これで門は開かれた』
「えっ? まだ何もしてないですよ……?」
「聞くな。指導者が常識にとらわれると思うか」
「……確かに……」
特に学者はそういったことが得意だ。
私も詠唱を取っ払って行う魔法は得意だが、彼等――もとい彼――に言わせれば動作が多すぎるらしい。
指導者達は予備動作すらないことも多く、気付いた頃には攻撃されているなんてよくあることだ。
『俺が必要とあらば、名を呼べ』
「はっ、はい!」
学者は私の方へ視線を寄越すと、手を差し出した。金を渡せと言わんばかりに、賃金を請求している。
『先の分も前払いで、3万年貰う』
「待っていろ、今出す」
今回ばかりは『私と学者の中だから』は許されない。
これはきちんとした、人間と指導者との契約となるのだ。
私もそれを知っているし、分かっている。だから文句などない。
私は魔力を取り出した。3万という単位は滅多に使わない単位だ。
正直、この量で合っているか分からない。少ないと困るだろうし、多めには取り出したつもりだが……。
「ほら」
『……む、少し多いが、チップとして貰っておこう』
「そうしてくれ」
やはり多かったか。どうせ途中で契約更新だの、内容変更だの、追加報酬だの言われそうだから構わないだろう。
それに大事なテナを守ってくれるのだ。チップなんて安い安い。
手数料やら保険料みたいなものだしな。
「あの、それは……?」
私と学者とのやり取りが気になったブラムウェルが、我慢も出来ずに口を挟む。
「指導者達の通貨は、魔力だ。人間1人分を1年と呼ぶ」
「な、なるほど……。……え? つまり、3万……?」
「あー、そろそろ魔法陣の説明に移ろうか!」
ブラムウェルの許容範囲を超えそうだったので、強制的に話を遮る。
そもそもここに来たのは、学者とそれに関連したやり取りの説明ではない。床に描かれた魔法陣についてだ。
私は話を切り上げると、魔法陣の説明へと移った。
描いてある絵や文字について、学者の解説も混じえて説明をすれば、時間はすぐに過ぎていった。
「さて、そろそろ行くか」
「お供します、先生」
「貴重な資料、ありがとうございました」
「学者、お前も早く帰れよ」
『ああ』
さて、家主に完了したと報告をしに行こう。
廃屋を出て、母屋に向かっている最中。ブラムウェルが一つ、提案をした。
「ミ・ネッダで情報を集めるのは如何ですか。あそこは学術都市です。様々な情報も入ってくるでしょう」
ミ・ネッダか……。
何をやらかしても、お偉方に呼び出される未来が、見える見える。
それだというのに、私の中ではもう既に『行ってみたい』という気持ちが沸き起こっていた。
ミ・ネッダに行けば、遺跡レベルの古い文献を超えるような本にも出会えるだろう。
それが楽しみで仕方がないのだ。
……引きこもっていたあの頃と、同じ人間とは思えない。
「面白そうな提案だ」
「では融通が効くよう、私が手紙を送っておきます」
「返事が楽しみだな」
「であれば急ぐようにも書きましょう」
いや、まぁ、そこまでする必要はないのだが……。
まだ私としては、ミ・ノヴィアすらまともに堪能していない。
最悪、行ったことがあれば瞬間移動できるし、飽きたら戻ってくればいいか。




