再び館へ。
翌日。私達は改めて、昨日の貴族の家に来ていた。
「ほほほほ、ほん、本日はお日柄もよよよくくくく……」
目の前にいる貴族の主人は、ブルブルと震え脂汗をかいている。
顔色は青、いや、紫とでも言えるだろうか。とにかく顔色が悪すぎる。
視線も定まらず、笑顔すら作れていない。
主人は手招きをして私を近くに呼ぶ。耳打ちするように顔を近づければ、私にのみ聞こえるトーンで尋ねた。
「……あ、あの、冒険者様……。なぜ大魔法使い様が……?」
「あれが私の弟子だぞ」
「ハイィ!?」
……耳がイカれるかと思った。
いや、実際イカれたかもしれない。軽度な傷だったおかげで、私の認識する間に回復している可能性もある。
少なくとも、こんな至近距離で叫ばれれば、耳がおかしくなるのは必然だ。
「大魔法使イ様ノ……師匠……ガ……私ノ家ニ……無礼ニ振ル舞イ……アア……」
「大丈夫か」
「……」
ついには喋らなくなってしまった。ブラムウェルという存在は、有名過ぎるが故に劇薬にもなり得るのだな。
というか、この男は大貴族だろうに。
もしや、自分よりも高い地位の相手があまりおらず、自分を脅かせる存在が現れたことによる恐怖――なのか?
別に脅かすつもりもないのだが。
「夫人。旧館を見る」
「はい、お願いします……」
使い物にならなくなった主人の代わりに、夫人へ許可を試みる。
やはり肝が据わっている。私にあれだけ怒鳴っていただけはある。
畏怖の念を感じるものの、主人のように明らかな動揺は見られなかった。
無事に許可を得たため、私はブラムウェル、テナを連れて例の古い屋敷へと向かう。
「これから見せるのは、禁忌の魔法陣だ」
「禁忌……!」
ブラムウェルの目が輝いた。単純な男だ。禁忌魔法につられて、子供のように期待している。
本来であれば禁忌魔法に喜ぶなど、言語道断なのだが――私が狂わせてしまったのだろうか。
いや、元々こういう男だったのだろう。
とはいえ、彼の期待しているような禁忌魔法などではない。そもそもだが、失敗しているものだ。
「失敗したものだが、下手をすれば世界滅亡になっていた可能性のある陣だ。勉強のために見ておくといい」
「ありがとうございます!」
「わかりました」
昨日は犬に連れられるがまま行っていた屋敷だったが、今日は目的地が分かっているため、寄り道もせずにそちらへ到着できた。
あいも変わらず廃れた屋敷は、我々を歓迎するわけもなくただそこに建っている。
背を屈めて屋敷へ入り、迷うことなく部屋の扉を開けた。
『む?』
「うん?」
……まだ学者がいる。
てっきりもう帰ったと思っていたから、気を抜いていた。まさか残っているとは。
丸一日経過しているはずなのだが。
「お前、まだ居たのか」
『まだって、一日しか経っていないが』
「それもそうだが……」
まったく、指導者の時間の価値観で考えないでいてほしい。
確かに万を超える年齢の彼等にとっては、一日など些細な時間に過ぎないだろう。
だが指導者達の価値観でここに滞在した場合、旧館を取り壊すときに人間と相まみえることになってしまう。
ここは彼等の暮らす『指導者達の街』ではない。人間の住む世界だ。
「あと数日で屋敷が解体されるだろうから、早めに撤退をしないとだぞ」
『そうか、人間基準で考えないといけないのだったな』
学者はまだ指導者の中でも、言葉が通じる部類で助かった。
まだ3万歳と非常に若いため、頭も柔軟なのだろう。
これで年寄りだったり、面倒な性格の指導者だとしたら、魔法陣の解析が納得するまで残っていたに違いない。
「あの、リサ様……こちらの方は?」
あぁ、そうだった。弟子の存在を忘れていた。
ブラムウェルが私に疑問を投げかけ、はっと我に返る。
「ああ。友人の学者だ」
『魔技の学者と言う。お前達で言う禁忌魔法で喚び出せる存在だ』
「学者、彼等は私の弟子であるブラムウェル・レイナーと、テナ・ソーヤマだ」
『よろしく頼むぞ』
学者を紹介すると、テナもブラムウェルも、口を開けたままポカンとしている。
見た目は人間に寄せているが、分かる人間が見れば人ならざる者であると理解できるはずだ。
テナはどうかは知らないが、ブラムウェルには異様な存在だと察知出来ているかもしれない。
それに禁忌の召喚術だと聞けば、人外であるのは当然のこと。
「詳しい説明は省くとして、彼は〝真実の指導者〟という、神と同等かそれ以上の存在といったところだ」
『癪な説明だが、定命の者が理解するにはそれが一番だろう』
「神と同等……?」
「それ以上……?」
変だな。理解できる説明だと思ったが、オウム返しされてしまった。
まだ人間には早すぎたのだろうか。
私も理解するには時間がかかったし、これも徐々に慣れていってもらえればいいだろう。
「とにかく。こいつには魔法陣の解析で来てもらっていた。まだ帰っていないのは想定外だったが……」
「な、なるほど……」
今は学者の紹介のために、ここに来たんじゃない。説明は後回しだ。
床に描かれた魔法陣はまだそのままで、未だに学者が観察している最中だ。
手を加えた様子もなく、昨日のまま。改変されてしまえば、昨日の状態を再現しなければならないからな。
「では説明するぞ。学者も、人間に分かりやすいように言ってくれるなら、補足してくれ」
『仕方ないな……』
「おおぉ……! 禁忌レベルの方に直々にご教授頂けるとは……よ、よろしくお願い致します!」
「お願いします」
それから、私と学者で説明を始めた。
この場で巻き起こった事件、謝った魔法陣、それに対しての質疑応答を繰り返せば時間がすぐに過ぎていった。




