休息と弟子。
「下手したらギルド登録証が取り上げ、とか有り得ますから。不正はしないに限ります」
「……肝に銘じる」
貴族の屋敷を出て、テナにそう釘をさされる。
こんな早い期間で登録証取り上げだの、取り消しだのされたらたまったもんじゃない。
ソーマが呆れる様子が目に浮かぶようだ。
確かに、言われてみれば直接報酬を受け取るのは所謂『闇営業』のようなものだろう。
ギルドや斡旋所など言われているが、結局は会社のようなものなのだから、ギルド側が不快に思うのは当然だ。
だからこそチップ制度があるのだろう。
「ただ、依頼主から提供される食事や宿は、問題ないです」
「ほう」
確かに宿泊が必要な依頼で、食事や宿は自腹と言われたら憤慨する。
少なくとも、冒険者ギルドは完全なブラック企業ではないようだ。
……ん? ならば食事をしていけば良かったのでは……。
自宅以外の異世界での食事で、かつ大貴族の料理。ああ、そそるものがある。
なんてことだ。次、同じようなことがあれば、食事をせびろう。
「あ、で、でも! あのお菓子のお店なら、見たことがあります! ご案内できますよ!」
どうやら顔に出ていたらしい。食べたいという気持ちが。
テナが必死にフォローをしてくれている。気の利くいい子だ。
店を知っているなら行ってみたいが、まだ報酬すら貰っていない身。
つまり無一文だ。
そこでふと、私の脳裏に一人の男の顔が浮かんだ。
緑の長髪の、眼鏡の天才魔法使い男。
――そうだ、ブラムウェルにツケよう。
「よし、案内してくれ」
「はいっ!」
大貴族が出してきた菓子折りだけあって、相当なハイブランドである。
テナに案内された店は外観からも上品と上質さが伺えて、尚且つ一流の店舗が並ぶ通りに位置していた。
通りを行く馬車も、人も金を纏っているような者達ばかり。
ブラムウェルのホテルを思い出すほどだ。
私達のような冒険者はお呼びでないという雰囲気がダダ漏れで、通りに踏み入った時点でジロジロと心地の良くない目線が飛ぶ。
それだけではなく、菓子屋に入ってブラムウェルの名を出せば、即座に騎士団に通報されてしまった。
うむ、防犯意識がしっかりしているな。
そんなわけで、私の目の前には呆れたアレックスが立っている。
「……リサ殿、一体何を……」
「金がないからブラムウェルにツケようとした」
私が素直に打ち明けると、アレックスは隠す気もなく大きなため息を吐いた。
言っておくが私のほうが年上なんだからな。敬えとは言わんが、あらかさまに面倒な対応をするんじゃない。
老婆だって傷つくのだぞ。
そう思いながら少し拗ねていると、通りの方が賑やかになる。
穏やかな余裕のある金持ちのショッピングエリアに、馬車の慌ただしい音が響いていた。
馬車はこのスイーツショップの前で止まると、中から転げ落ちるように男が降りてくる。
男はそのまま、窓を突き破らんほどの勢いで、ショップへと駆け込んできた。
「おっ、おまたせ、しましたァアッ!」
気品とはかけ離れた大声。間違いなくブラムウェル・レイナーのものであった。
私は彼の態度に慣れているからいいが、ショップ店員は凍りついている。アレックスですら、固まっている。
「リサ様がお呼びでしたら、……ハァ、このブラムウェル、……ハァハァ……即座に、ゲホッゲホッ! ウェッ……」
「体力のない魔法使いを、ここまでさせるとは……」
「先生、恐ろしい人です……」
私もこうなるなら、もっと早くに止めるべきだとよく理解している。
とはいえこの男が便利なのは変わりない。様子のおかしな部分を引いても、お釣りが来るだろう。
まだこの世界に馴染めていない私にとって、ブラムウェルは都合のいい――もとい生活を快適に回すための人材だ。
「ケホッ……それで、なんの用でしたか?」
「お菓子食べたい」
「はい、店ごと買いましょうね」
「おい……」
「だめです!」
アレックスが緩く止める一方、テナは叫んで止めた。
足を折った時と同じ雰囲気だ。ちゃんと私を怒るという感情が伝わってくる。
これはマズイぞ。
「先生もお金が無いなら言ってください! 案内しませんから!」
「えー……」
「えー、じゃありませんっ! ソーマさんに言いつけますよ!?」
「ごめんなさい」
くっ、この段階で最終兵器を投入しようとするとは……!
ここは黙っていてもらう為にも、大人しくする他ない。
そうだ、別に店ごと買わなくてもいいのだ。ブラムウェルに、菓子を幾つか買ってもらえればいいだけ。
ふう、冷静になったぞ。
「ブラムウェル、幾つか菓子を買ってくれるだけでいい」
「ええ、わかりました。……しかし驚きました。昨日の奴隷ですか? 一日で一体、なにが……」
「……あー、いや、ははは……」
テナやソーマが、ブラムウェルにも私の奇行を伝えるのも、時間の問題だな。
まずはこの場をどうにかしなければ。意識を別方向へやって、話を逸らすのだ。
今ある話題と言えば――そうだ、魔法陣だ。
「……時に、ブラムウェル。次はいつ空く?」
「リサ様が願われるのでしたら、今すぐ予定を空けます」
「では明日」
「承知しました!」
早いに越したことはない。
学者が処理してくれるならば――勉強にはならないが――一番いいが、まだ魔法陣が残っていた場合、念の為消しておかねばならない。
また利用されて、今度こそ世界が滅ぼうものならば、目も当てられない。
しかし、昨日の今日だ。あの貴族が快く、来訪を受け入れてくれると良いのだが……。
その時はまた時間を作るとしよう。
――そうだ、ついでにこの流れで、テナの説明もしておこう。
明日も同行するわけで、ブラムウェルも今後会話が増える。
「ああ、それと」
「はい」
「この子はテナ・ソーヤマを名乗ることにした。立場的にはお前の妹弟子にあたる」
「なんと。私とは気軽に接してください、テナさん」
「はっ、はい! ブラムウェル……さん?」
「ええ」
若い少女相手だが、ブラムウェルは愛想が良いままだ。
ウィッシュ相手にはあんなに鉄仮面だったというのに、テナには〝普通〟に接するようだ。
おなじ師を持つ仲間とでも認識しているのだろうか。
その後、私はブラムウェルに菓子を買ってもらい、アレックス率いる騎士団とも解散した。




