難しいこと。
「つ、つまり、長男の侍女は次男を呪い殺すため、次男の侍女は長男に呪いを掛けていた、と?」
「そう言っている」
あれから1時間が経過した。依頼を終えて帰りたいところだが、彼等から質問攻めにあっている。
息子達2人は一気に体調が好転し、今では庭を駆け回っているほどだ。
「二度と見ることのないと思っていた光景だ」と、両親とも涙を流していた。
次男がテナを気に入っているようで、そのまま長男も合流し、テナが2人を見る形で落ち着いた。
「なんてことだ……。あの二人がそこまで、息子達に入れ込んでいたとは……」
「違うな。当主になれば〝礼〟が弾むだろう。金に目が眩んだだけだ」
「……そうですな」
人間という生き物は、そんな程度だ。私が読んでいた1000年前の文献にも、同じようなことが書いてあった。
人は年月を経ても、変わることは無い。
技術や常識が巡り巡っても、結局は私利私欲を優先する者が必ず現れる。
「侍女達からは、責任をもって情報を引き出します。後に裁判など、表に出すつもりです」
「ほう。貴族なら揉み消しそうなものだが」
「……からかうのはおやめください。これでも歴史と矜持のある一族です」
「それは失礼」
まあ、たまにこういう律儀で正義感のある人間もいるようだが。
「古い屋敷は、思い出として残しておきましたが……壊した方が良さそうですね」
「いや、暫く待ってくれ。弟子を連れて調査をしていいだろうか」
「調査、ですか」
魔法陣は貴重な資料だ。
様々な面倒事や、弁償金を肩代わりしてくれたブラムウェルのためにも、ここは見せておきたい。
……学者があのあと、消し去ってしまった可能性も否定できないが。
「きちんと〝門〟が閉じていることの確認と、弟子への勉強がてら」
「構いません。むしろ、安全な状態で取り壊しが出来るのならば、有難いほどです」
「ええ、お願いいたしますわ。あなたほどの実力者でしたら、問題ありません」
理解が早くて助かる。今回ばかりは夫人も全面同意してくれていた。
あとは再訪日まで、そのままの状態にしてもらえれば完璧だ。
「それまでは何人たりとも近づけないように」
「わかりました」
それから少しの雑談を終え、気づけば外は夕焼けに染まり始めている。私とテナは帰ることになった。
「本日は本当にありがとうございました。報酬は通常通り、ギルド経由でお渡しします」
「分かった」
「テナおねえちゃん、ばいばーい」
「テナおねえさん、また来てください!」
「はい、また」
子供2人は、テナによく懐いている。
テナは子供の扱いが、苦手ではないようだ。
となると、子守りなどの依頼も受けられるのではないか。私は人間の相手がそもそも得意ではないが、テナに任せれば――いや、頼りきりもよくないか。
そろそろ帰ろうか――とした時。
夫人が前に出てきた。隣には無愛想なメイドを連れている。あの中から厳選した、まともなメイドなのだろう。
「あの、無礼な言葉をかけてしまって、すみません」
「構わない。お前は母親としての務めを果たしただけだ」
何かと思えば、ただの謝罪だった。
子供たちは年齢にそぐわない過酷な人生を歩んでいた。だから彼女が神経質になるのも頷ける。
これ以上、子供たちを危険に晒さないよう、愛する家族を守ったに過ぎない。
それに、ほら。子ウサギや子猫がピーピーシャーシャー吠えたところで、可愛いなとしか思わないだろう。
「……ありがとう、ございます……」
ただ真実を述べただけだと言うのに、母親は目に大粒の涙をためて今にも落としそうである。
子供も回復したことだし、今後の主人の役目は夫人の疲れをとってやることだろう。
私は「なんとかしろ」と言わんばかりに、主人へ顎で合図を送る。
主人はハッとした様子を見せると、すぐさま妻の肩を抱きしめた。
「あの……こちら、お詫びと言ってはなんですが……」
夫人がそう言うと、隣で待機していたメイドが動いた。手には、高級そうな包み紙が使われた箱を持っている。
ちょうど、菓子折りのように見える。
この世界における詫びのお菓子が想像できないが、大貴族様が用意した品なら満足できるだろう。
私は早速、受け取ろうと手を出した。
「ほう、では――」
「先生」
しかしその手は、テナによって叩き落されてしまった。
まるで飛ぶ虫を落とすように、パシンと。
この短い時間で、テナが大きく成長したのは理解していた。
だがまさか、私の手を叩く行動に出るとは予想だにしなかった。
別に痛みなどないのだが、私は驚いたまま固まって動けないでいる。
「ギルドの規約において、これは賄賂に当たります」
テナは至極真面目な顔で、そう言った。
悪意があって叩いたとは思っていないが、テナが叩いたのは、ただ止めたかっただけのようだ。
「そんなに厳しいのか」
「念の為、です」
「分かった」
テナの目を見ると、ほんの少しだけ揺れていた。動揺していたのだ。
意を決して、恐れを抱きながらも私に注意をしてくれた。
その気持ちを汲まずして、どうしようと言うのだろう。
それにテナがここまで来て、私を騙そうとなんて思わないはずだ。
「ということらしい」
「これは無知ですみません……! 失礼しました。これもギルドにお渡ししておきますね」
「……関係ない話ですが、チップでしたら、上限はありません。手数料は抜かれますが……ご検討くださいね」
「……! 良いことを聞きましたわ」
……なるほど、賄賂、チップ。そういうことか。
菓子折りだったら底に仕込める。中の見えない箱であればあるほど、隠しやすいだろう。
テナも冒険者だったこともあって、そういう話や経験があるのだな。
前世では身近で聞いたことはなかったが、お偉方がそういうことをしていたという話も耳にしたことはある。
結局は良いお金ではないのは確かで、私もトラブルにあわないためにも、避けたほうが良い。
テナには感謝だな。




