街に行く。1
さて、スーちゃんの本気はとんでもないものだった。
一切町並みが見えなかった近隣集落――実際は果てしなく遠方だが最寄りという意味では近隣――が見えてきた。
5分も経たずに。
さすがにスーちゃんはデカくて目立つため、木陰で一旦止まってもらった。
ここからは面倒だが、徒歩だ。
「スーちゃんって凄いんだな」
「ブルルル……」
「よしよし。また用事があったら召喚する」
スーちゃんに別れを告げ、一旦消えてもらう。
スレイプニルは何度も召喚しているが、私のことを覚えているあたり、同じ個体が召喚されているのだろう。
まぁ別に、私としては問題なく扱えればいい。
そういう細かいところは面倒なので省略、省略。
面倒なことは面倒なことが好きな人がわかっていれば、それでいいんだ。
さて、スーちゃんを消して、トボトボと歩く。
しばらくぐうたら生活だったから、足腰は弱っているはず。
でも何ら問題なく歩けているのは、この肉体が不老不死で不死身だからだろう。
学生時代以降、運動をしていない筋力も体力も最底辺の私とは比べ物にならない。異世界転生バンザイ。
街は立派な壁に囲われている。
いわゆる、城郭都市というやつだろう。
幸運にも私が降り立った場所は門があり、そこから街の中に入れそうだ。
いくら健脚とはいえ、壁の周りをぐるぐる歩くのはごめんだ。
門の前には細長い武器を持った人が、二人ほど立っていた。
「やあ」
「こっ、こんにちは……!」
「ご機嫌麗しゅう……!?」
……おや?
なんだかソワソワしだしている。
――そうだ、そうだった。この体、見目の整った美女であった。
1000年も同じ見た目をしていれば、自分の容姿に慣れてしまうというもの。
それに使用人のほしびと達はみんな顔がないし、美醜感覚が完全に壊れていた。
それに遥か前に経験した前世じゃ、容姿を武器にして、生活を楽にするだなんてことはやったことがなかった。
未知の領域でわからなかったのだ。
「街に入りたいんだが」
「どうぞ!」
「どう――じゃない! 証明書が必要です。お持ちですか」
「先輩、あんな古臭いルールいいじゃないですか~」
「馬鹿野郎! 規則は規則だ」
私はその古臭いルールを知らない。
目の前にいる美女が1000年近く生きている老人だと知ったら、デレデレしているこの若者はぶっ倒れるのではないだろうか。
話は逸れたが、どうやら大型の都市に入るには身分を確認する必要があるらしい。
秩序ある世界では、当然とも言える。
むしろ誰でも歓迎していれば、治安の維持が難しくなるだろう。
「悪いが、証明になるものは何も持っていない」
「……なんだって?」
「……先輩。もしかして、例のあれじゃ……」
「まさか……。いや、でも、森の方角から来たしな……」
例のあれとはなんだろう。確実に違うのは分かる。
そもそも私のこの世界での経歴は、普通では想像出来ないもののはず。
だからこの場合は、彼等が都合よく解釈し始めているサイン。
話がスムーズに進むならば、勘違いでも好きな解釈でもなんだって良い。
とりあえず今直ぐ避けたいのは、家を出て10分そこらで帰宅して、ソーマに鼻で笑われること。
「どうぞ、こちらへ。あなたは我々衛兵隊によって、保護されることになります」
「ん? は?」
いや、理解できるみたいな言い方をしたが、展開が急すぎて話が読めない。
混乱している私の頭を取り残し、兵士の二人は私を門の中へ入れた。
そのまま逃げるわけにもいかず、大人しく連れられるままついていく。
態度、口調、それに『保護』という単語から、逮捕とか拘束されるっていう意味じゃなさそうだ。
だが説明くらいはしてほしい。
「例のあれ? 保護とは?」
「……失礼ですが、どちらから来られましたか」
失礼とはなんだろう。田舎から来た人への配慮みたいなものだろうか。
確かに周りに民家はおろか、人の気配すらない屋敷だったが、改造に改造を重ねて今はお気に入りの我が家だ。
とはいえそれを伝えても伝わる訳が無い。
森の中にひっそりある屋敷なんて、知るはずもないだろうから。
「遠方にある森だが」
「やはり……」
「分かるのか? 遠いんだが」
「ええ。あの辺りの森は邪悪な魔女が棲み着いているという噂があり、立入禁止区域になっているはずなのです」
……。
…………。
…………なんだって?
立入禁止区域。つまり、入ることを許可されていない場所ということだ。
噛み砕いてみたが、全く理解できない。私の家だぞ。
人が一切来なかったのはそういう訳か。
いや、それ以前に〝邪悪な魔女〟とは何だ。もしかしなくても、私のことだろうか。
ふつふつと怒りが巻き怒ったが、一瞬でおさまった。
怒ることに飽きた――のではなく、心当たりがある。
何百年か前、魔法の試し打ちをしまくっていた頃。
基礎魔法や生活魔法と呼ばれる最低限の階級の魔法から、神域魔法と呼ばれる魔法に、禁忌魔法と呼ばれるいわゆる禁術すら試し打ちをしていた。
いっときは森が大荒れだった。もちろん、後で地形から何からもとに戻したけど。
……まぁつまり、身から出た錆というわけで。
「お、おほほほほ、そうなのねェ~!」
「ええ。ですから森から来た人は保護を行い、魔女にさらわれたり、監禁や実験の経験がないか確認するのです」
「おほほほほっ……、…………か、カンキン……ユウカイ……」
自業自得とはいえ酷い言われようだ。
となると、これから私は衛兵隊とやらから、質疑応答にあうわけだ。
我ながらボロが出そうで恐ろしい。
いっそのこと、『私が森の魔女です』なんて自己申告するべきだろうか。




