犯人は。1
「ちなみにこれは何が起こった?」
未完成、失敗の魔法陣。かといって発動されていないわけじゃない。
微かに魔力と魔法の痕跡が残っていることから、失敗ながらも発動はしていたようだ。
見知らぬ魔法陣の、しかも失敗作。私には何が起こったのか、想像すらできない。
『そうだな……。魔法陣のこれは、水を示している。猫を召喚する扉が少しだけ開き、猫へ水をかけてしまった』
「怒った猫が贄となった子をひっかき、自宅へ戻った」
『そういうことだ』
良かったのか、良くなかったのか。
まぁ、指導者の猫ともなれば、下手をすれば男児の体が二つに引き裂かれていても変ではない。
瀕死で済んだだけ、幸運と言えるだろう。
しかし、これでは人間が魔遊の猫、もとい占い師に迷惑をかけたことになる。
私は空間に手を入れて、荷物を探る。
そうして引っ張り出したのは、スーザンから貰っていたリキュールだ。うちで採れた果実を使ったものである。
他にも幾つか在庫はあるが、今はこれでいいだろう。
「学者。占い師へ、代わりに謝罪しておいてくれないか。これは詫びの品だ」
『は? なんで俺が』
こいつ、本気で嫌そうな顔をしたな。というか、察しが悪すぎる。
「〝占い師〟の猫に、迷惑をかけてしまったんだ。〝占い師〟に直接謝りたいんだがな〜、私はこの世界でやることがあるんだよなぁ〜。だから〝お前〟に〝仕方なく〟頼んでいるんだがなぁあ〜?」
『あっ、あああ~~! 分かった。急に謝りたくなった!』
「ちなみに占い師は甘い物が好きだぞ」
『神様……』
おい、神を嫌っている連中の仲間のくせに、神を軽々しく口にするな。
いや、嫌っているからこそ軽々しく口にできるのか? となれば私は馬鹿にされたのでは?
確かに指導者に比べれば私なんて、愚かな者にすぎないかもしれないが……。
「……まあいい。欲しい情報はもらえた。それで、幾らだ」
『俺とお前の仲だ、5年でいい』
「安いな」
『土産も貰ったしな。それに――』
学者は魔法陣をじっと見つめた。どうやら興味が出たらしい。
元々、こういった未知を研究するのが好きな存在だ。こんな崩れた術式でさえ、彼等の好奇心の対象になる。
それにほとんど完璧に近い存在である彼等は、こうした間違ったものや、失敗作にも惹かれるのだろう。
『これがまだ気になる。報酬からこの知識を差し引いて、5年だ』
「分かった」
では支払いをするとしよう。
真実の指導者とで発生した契約や仕事での支払いは、魔力での支払いになる。
これは指導者達の住んでいる場所で、魔力を通貨とした取引が行われているからだ。
そして単位である『年』とは、1年あたり人間1人分の魔力を指している。
元々は『人』と呼んでいたようだが、年数を経て呼び名が変わったと言っていた。
人間の魔力といっても、ピンキリだと思うだろうが、指導者のような上位存在からすれば定命の者程度の魔力なんて大差ない。
魔力を求められるならば、私は無限に湧き出る金の泉を持っているようなものだ。
上限がない魔力があれば指導者達に、どんな依頼をしたって懐はあたたかいまま。
さて、学者が請求してきたのは、5年分の魔力だ。つまり人間5人分。
実際の人間の魔力を知らないが、以前に指導者に教えてもらった量を渡すようにしている。
私は手のひらに力を集中させ、魔力を集約する。おおよそ、これくらいだろう。
「ほら」
『うん、大丈夫だな。確かに貰ったぞ』
「ああ。私はこれで失礼する。助かった」
『……占い師によろしく頼むぞ』
私は手をひらひらと振って、学者から離れていった。
最後の最後まで占い師の話か。学者ほどの実力があれば、普通に会話して落とせるものだろうがな。
廊下に戻ると、入る前と同じ光景が目に入る。不安そうなテナ、じゃれつく犬。すやすやと眠る子供。
「戻った」
「だ、大丈夫ですか!?」
「まあ……」
実際に判明した事実は大丈夫で済ませられないが、今は最初の依頼をこなすのが重要だろう。
魔法陣は学者が見ていてくれるだろうし、空いた時間に詳細を聞けばいい。
まずはあの貴族の両親を安心させてやるのが先だ。
「屋敷に戻るぞ。子供は任せていいか」
「お任せください」
「あぁ! あの子だわ!」
「息子よ!」
屋敷に戻ると、両親がすぐさま駆け寄ってきた。
安心させると言った手前、このまま渡すべきなのだが――あの屋敷がどうにも気になる。
渡してしまえばハイさようならと言われそうで、私は両親の前に手のひらを突きつけた。
「待て。あの古い屋敷はなんだ」
「……あの屋敷、あぁ旧館のことですか。先祖の使っていた屋敷です。老朽化してきたため、こちらの方に新しいものを建てまして……」
「知っている者は」
「ほ、ほとんど知らないかと。古くからいるメイドは別ですが……」
全くいないというわけではなさそうだ。となれば故意に選んだ可能性もある。
敷地内に存在するため、行こうと思えばいけるが――あれだけの草木が生い茂っていて、散歩がてらに立ち寄る使用人は少ないだろう。
頻繁に行ったような形跡はなかったし、やはり知っている者の犯行だろう。
「それらをここに呼ぶことは可能か」
「もちろんです」




