真実の指導者。
改めて、部屋を見る。
何の変哲もない、普通の貴族の豪華――だった――部屋だ。この部屋で儀式を行うべき、という理由は今のところ見当たらない。
あの穴から近いこともあって、適当に選んだ可能性もあるだろう。
問題はなんの儀式であったのか、だ。
私の記憶には、あの魔法陣はない。だが、魔法陣を用いるということは、比較的階級の高い魔法を発動させたいということ。
人間という生贄を用意していただけあって、人では踏み込めない領域の魔法である場合も考えられる。
とはいえ、知識の乏しい私一人でうんうん悩んでいては、話が進まない。
ここは一つ、知識人に教えを請うとしよう。
――〈召喚:魔技の学者〉。
私は一つの、禁忌魔法を発動させた。名の通り、召喚魔法だ。
『誰だ、俺の研究の邪魔をするやつ……――なんだ、お前か』
現れたのは、若い青年の姿をしている者。
ほう、今回は青い長髪に、紫の瞳のようだ。……この色味を気に入っているのか? 前も見た組み合わせだ。
彼は『魔技の学者』という存在。
『真実の指導者』や『真なる者』と呼ばれる、次元の裏にいる〝本当の存在〟だ。
わかりやすく言えば、神に近い立場と言える。
彼等は神と混同されると、酷く嫌悪と憎悪を見せてくるが、伝わりやすい言葉はそれしかない。
指導者達はそれぞれに得意分野があり、学者は勉強や研究、実験が趣味だ。
人が理解できない次元の知識も有しており、私も何度も世話になった。
「久しぶりだな、学者」
『まだ100年程だろう』
「だったか」
指導者達は命という概念はない。出会った者の中では、数十万、数千万と存在している者もいる。
100年など、昨日今日のレベルだ。私にとってはまだ長い方だが、彼等にとってはそうではない。
私も死という概念がなくなってしまったため、いつか彼等と同じような感覚になるのだろうか。
……さて、本題に入ろう。
「なあ、学――」
『……おい、お前!? 占い師に俺のいいとこ、言ってくれたんだよな!?』
私が口を開くと同時に、学者が叫んだ。またこの話題か、と呆れる。
占い師、というのは彼の想い人だ。そして私の飲み友達でもある。
いつだったか、学者が恋をしていると分かった時、なんやかんやあって協力する羽目になってしまった。
頻繁に飲む私と占い師であったことから、そのたびに学者を褒め称えたり、いい男だと推薦したりしていた。
「しつこいな。言ったぞ」
『あれから占い師と喋ってないんだよ! お前の言い方のせいで、俺が嫌われたらどうするんだ!』
「ちゃんと褒めてやった。それにまだ占い師と飲んでから、50年だぞ。さっき100年程って言ってたやつの台詞じゃないだろ」
『50年も占い師と話せなかったら、嫌われたも同然だ〜っ!』
学者はわざとらしくわんわん泣き出した。これが指導者のやることか。
同族が見ればゴミを見る目で蔑むだろう。
しかし、今はこうしてくだらない恋愛話をしている場合ではない。
「本題に移っていいか?」
『……無慈悲……。いいよ……』
「お前にこの魔法陣を見てもらいたい」
『魔法陣〜……? お前も知識あるだろう』
「あるにはあるが、あまり使わないのでな」
『まあ、たしかに儀式省くもんな……』
今だってそうだったし、と学者は続ける。
本来ならば真なる者を呼び出す禁忌魔法は、大量の魔力が必要だ。人間が発動させるならば、多くの人間を犠牲にしなければならない。
それに呼び出したとて終わりではない。願いや知識を望めば、真なる者は代償を求める。
代償とは言うものの、指導者にとっては賃金に過ぎない。
依頼を受けて呼ばれ、仕事をする。それに賃金が伴うのは、人と同じ。
ただし、その賃金とやらは、人が使う通貨ではない。
その代金ですら私はクリアできるのだから、恵まれたものだ。
「これが見てもらいたい魔法陣だ」
『ほう……』
学者を魔法陣へ案内すると、彼はじっとその描かれた床を見つめていた。
『崩れている、間違っているな。よく知らない人間が描いたのだろう』
「魔法は展開されたか」
『少しな』
「何が展開された」
『禁忌だ。真なる者を呼び出す儀式のようだが、対象が――魔遊の猫?』
……猫? 魔遊? 聞いたことがない。
真実の指導者には多く会ってきたが、その全てではないと知っている。だが、あまりのも初耳だ。
「誰だ? 猫型の指導者、ということか?」
『……あー、これは占い師の飼っている猫だな』
「はあ?」
たしかに愛玩動物を飼っているとは聞いたような気がするが……。
まさか、指導者の飼う猫ですら、真実の指導者となるのか。
聞いた事のない話だが、そもそも指導者達は全てを語ろうとしないだろう。
私が知らないのも当然だ。
『おそらく、人の世界で言う『虎』などの獣を呼びたかったのかもしれない。それか、本来は別の真なる者を呼びたくて、魔法陣を間違えたか』
「間違えてくれたおかげで、大事にはならなかったと……」
一先ず安心だ。もしもこの術式が間違っていて、会話の成立しない指導者が選ばれていたら……。
問答無用で世界は消されていただろう。
『安心するのは早い。大部分の魔法陣は間違っていない。正しく使えば、我らが召喚できるだろう。小さき者の世界で、我々を召喚し得る資料を持っている者がいるということだ』
学者の言う通りだ。本来、人の世界にあるべきではない魔法が、こうして使われるところだった。
初めて踏み入った世界で、私の知らない誰かが、その場所を壊そうとしている。
そしてその破壊者は、いずれ私の力に気づいてしまう。
きっと今後、何らかの接触があるはずだ。
それが吉と出るか、凶と出るか。
『お前もいずれ、対峙するだろう』
「……ああ」




