人探し。3
整備されていない、背の高い草をかき分けて到着した。
やっとの思いで到着するも、廃墟のような洋館が我々を迎える。
一言で言うならば不気味そのもの。雨風にさらされるまま薄汚れ、ツタが絡み、虫が住み着き、壊れた箇所もそのままだ。
『ヴォウ!』
「入口か」
犬に呼ばれて行くと、入口があった。正式なドアではなく、劣化によって空いた穴だ。
子供一人であれば楽々通れるだろう。大人であっても少しかがめば入れるほど、比較的大きな穴だった。
精霊は穴など無視して中に入っていった。こいつ、もう少しは人様に配慮しても良いだろうに。
私とテナも、その穴から精霊を追う。
中に入ると、埃で壁や床、ガラスまでも白くなっていた。ギシギシと鳴る不安定な床を歩く度、細かい埃が舞い上がる。
床もそこが抜けそうなほど、劣化が進んでいる。
「うっ……」
「……臭うな」
明らかな腐臭。どの部屋から漏れ出ているかはわからないが、屋敷中に死肉の臭いが漂っている。
テナが嫌そうに鼻を覆った。私も少し、顔をしかめる。
古い屋敷だ。どこで何が死んでいても、おかしくはない。
だが今は行方不明の子供を探している最中で、精霊獣の案内した先で死臭がした。
これを紐づけないで、どうしろというのだろう。私の中の焦りが余計に早まる。
「獣や魔物の死臭は嗅いだことはありますが……やはり慣れませんね……」
「慣れるべきものではない」
「……そうでしたね」
この世界ではそういったのが当たり前かもしれない。それでも、死に対して慣れるべきではない。
最も死に遠い私が言うべきではないお説教だが、限られた命を持った生き物たちが、死ぬことが当然であると、死がすぐ転がっていると思うのはまた違う。
テナはそんなことないだろうが、当たり前になったせいで、ないがしろにしてしまうのは避けてほしかった。
『ワンワン!』
犬の鳴き声で、私ははっと我に返る。
犬はとある部屋の前で鳴いているようだった。そこに入ろうとせず、廊下で私達を待っているだけだ。
壁すらすり抜けて入れるというのに、わざわざ待っているということは――
「あそこに居るな。念の為、後ろにいろ」
「わ、わかりました」
部屋の前へ向かうと、腐敗臭がより強くなっていくのが分かった。袖で口元を覆いながら、何とか近づく。
テナと犬を後ろに隠し、私は意を決して扉を開けた。
むせ返るような血肉の腐った臭い。掃除されていない籠もった、光の届かぬ部屋はより一層その臭いを濃くさせている。
「うぅ……」
テナが息苦しそうにしている。これ以上は彼女には酷だろう。
いくら慣れているとはいえ、環境が環境だ。
「廊下にいろ。犬、彼女を頼む」
『ウォン!』
ギイギイと鳴る床をゆっくりと歩み進めながら、部屋の中へ入る。中は比較できないほど強烈な臭いだった。
虫が飛び、這っている。
悪臭に耐えながら進むと、部屋の中央で何か小さなものが倒れていた。
――例の子供だろう。
これで依頼は完了――なのだが。
子供は、血肉で書かれた魔法陣の上に倒れていた。いや、寝かされていたといったほうが近い。
魔法陣には見覚えがない。そもそも私は魔法陣や儀式を用いないで、魔法を使用する。
本は読みはしたが、覚えるつもりもなかったため詳しくはないのだ。
改めて倒れた子供を観察すると、うっすらと呼吸をしていた。
……まだ生きているのか!
傷がひどく、頭からは血を流している。傷口の形状からして、鋭利なもので切りつけられたのだろう。
ハエとウジが湧いているが、これから保護をして治癒し、退ければいいだけの話だ。
死肉の主な発生源は、魔法陣からだった。
床に描かれた魔法陣は、死んだ家畜の血肉で描かれているようだ。魔法陣から少し離れた場所には、使用したであろう家畜の死骸が置かれている。
理由は分からないが、わざわざここまでして儀式をしたかったということだ。
「……だが、何故だ」
――いや、今は考えるよりも連れ出すのが先だ。
私は男児を抱き上げると、廊下へ急いだ。歩きながらハエとウジのみを魔法で焼き払い、治癒魔法を付与する。
深い切り傷は一瞬にして癒え、子供らしい柔らかな肌が見える。
体を元に戻してやれば、微かだった呼吸は安定し始める。
まだ目覚める様子はなく、すうすうと腕の中で眠っているままだ。
廊下に出ると、テナが心配そうに待機していた。足元にいる犬は嬉しそうにじゃれついているが、時折足をすり抜けている。
テナは私の腕の中で眠る令息を見ると、余計に不安げにした。
「あの、男の子は……」
「生きている。虫の息だったが、今治してやった」
「良かったです……」
安堵しているところ悪いが、私はまだ中が気になっている。このまま帰るわけにもいかない。
となれば手の中の少年が少しだけ邪魔だ。
私はテナへ少年を押し付ける。彼女は焦っていたものの、しっかりと子供を受け取った。
筋肉が落ちているようだが、子供程度なら抱き上げられるようだ。ダークエルフの恩恵だろうか。
「えっ? 先生?」
「少し戻る。ここで待っていろ」
「先生!」
追ってくるのを許さないというように、私は扉をキチンと閉めた。




