我が家と新たな家族。1
私は廊下でブラムウェルと解散すると、すぐに瞬間移動を行った。
今回は間違いなく、同行者には保護の魔法を付与する。
お陰で到着時に、少女が移動酔いになることはなかった。
エントランスに瞬間移動してくると、すぐさまソーマが出迎えてくれた。
いつもは小言ばかりな執事だが、きちんと仕事をしてくれる優秀なほしびとである。
「おかえりなさいませ、リサ様」
「ただいま」
「おや、そちらは……」
「ああ、この子はな――」
連れてきた少女の説明をしようとした時だった。
屋敷の奥から、地鳴りにも似た音が響く。
これは――サリアの走る音だ。
「リーサーさー……まッッッ」
最後の一音と同時に、サリアは地を蹴り上げた。床が抜けそうなほどの大きな音は、エントランスに響き渡っている。
サリアの体が、勢いをつけて飛び出してくる。タックルにも似たそれは、私への愛情表現を最大級に見せている。
嬉しい気持ちはあるのだが、ここは回避させてもらおう。
ひょい、と避けると壁にぶつかったサリアの間抜けな声が聞こえた。
ほしびとは頑丈だから、放置しておいても問題ないだろう。
「この子はわけあって拾った元奴隷だ」
「左様ですか。少し体調を見ても?」
「ああ」
ソーマが手を差し出すと、少女はびくりと怯えた。奴隷時代の名残だろうが、原因はもっと別の場所にあるだろう。
少女の目が、明らかにソーマの顔を見ていたから。
ほしびと達には顔がない。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚を持っているが、それを体内に取り込む入口が存在しない。
代わりに輝く星が綺麗だからそのままにしていたが、私以外に出くわすのを考えていなかった。
さて、どう説明しようか。
「……あー、こいつらはほしびとと言って、魔族のようなもので……」
「そうなのですね……!」
いや、あっさり納得したよ。魔族ってこんな感じなのか。
「では改めて、少しみさせていただきますね」
私の力技とは違って、ソーマはきちんと体を見て診察する。
目、首、どこか腫れていないか。脈。喉。
私が一度しか目を通していない、医療の本をきちんと理解するまで読んだのだろう。
「……うん。大丈夫ですね。リサ様の魔法がちゃんと効いています」
「当たり前だ」
「ただ、傷が癒えたのみで、栄養失調や体重などは戻っていませんね。ゆっくりと経過を見ましょう。――サリア」
「――はいッ!」
視界の外からサリアがいきなり飛び込んでくる。
あんな狂愛を向けるサリアだが、きちんとメイドとしても働けるのだ。
少女はまだサリアの奇行に慣れないようで――当然だ――サリアの一挙一動に、その都度びくびくと怯えている。
仕方がないので肩を抱き、ぽんぽんとなだめてやる。
……ソーマの言う通り、抱きしめた肩は細いままだ。一日二日で治るものではないが、人間とは脆いものだな。
私も人間だったのに、他人事のようだ。
「スーザンに事情を説明してきてください。聞いていましたよね」
「もちろんです。では失礼します」
サリアは綺麗に頭を下げてお辞儀をする。主人への行いが無かったかのような、美しい所作だ。
ソーマからの指示を受け取ったサリアは、そのままこの場所を立ち去っていった。
仕事ができるタイプの狂人である。
「それで、リサ様。お嬢様のお名前は?」
「そういえば知らないな」
「あのですねぇ……」
顔がないのに手に取るように分かるぞ、ソーマの表情が。
呆れた顔が、見える見える。
だがうっかりしていた。助けるのに必死で、名前も素性も何かも知らない。
「あの……テナ、と申します」
「テナ様ですね。失礼ですが、ファミリーネームは?」
「……ありません」
それはそうだろう。奴隷が苗字を持つわけがない。
持っているものもいるだろうが、名乗らないようにと釘を刺されるはず。
これから誰かの所有物になる商品に、家族などいらない。
むしろ名がついているものを好んで収集する、馬鹿も居そうだが。
「では今後〝ソーヤマ〟を名乗るといい」
「えっ……それって……」
「私の名を以て、お前の全てを保護、責任の保証をしよう」
ソーヤマの名前は珍しい。
と言うか居ないはずだ。異世界から転移してこない限りは。
だから被ることなどない。ソーヤマの姓で何かをすれば、必ず私に行き着く。
保護するにも十分、責任を取るのにも十分機能する。
私が名を名乗っていいと認めるのならば、使用人達は丁重に扱うだろう。
――もちろん、誰一人として客人を無下にするような使用人はいないが。
「承知しました。ではテナお嬢様の、採寸を致しましょうか」
「頼む」
「はっ、はい!」
私達はエントランスを抜けて、移動を開始した。
――この屋敷には、多くの使用人がいる。
私に対しては多すぎるほどの使用人は、長い年月で徐々に増やした人員だ。
主な雑務や使用人の管理を行うソーマのような執事から、私の侍女でもあるサリア。
細々とした清掃や、使用人の補助を行うメイドや執事。
ほかにも調理担当や、騎士、魔法使い、屋敷の工事担当者など様々だ。
中には衣服担当もいる。
元々あった私の服とは別に、使用人の作業着や私服、時には小物や装備も作ることがある。
私達はその担当者――セイラの工房に到着した。
「セイラ。仕事ですよ」
「ソーマさま」
ひょこ、と顔出したのは背丈の低い少女、セイラ。
ほしびとだけあって顔のパーツはもちろん存在しないが、身長の低さから愛らしさがにじみ出る。
セイラは使用人の中でも最も小さい。140センチ程度しかないだろう。
だが年齢は比較的高く、400歳を超えていた。中堅といったところだ。
「リサさまも。それに……」
セイラの顔がテナに向く。ジッと見つめられていると分かったテナは、肩を揺らした。
「彼女はテナ・ソーヤマ。我が名をもって保護した少女だ」
「では、テナおじょうさまですね」
「そうなる。今日はテナの衣服を依頼しにした」
「まあ!」
セイラの顔の星が、著しく動く。彼女の感情が激しく揺れた証拠だ。
セイラはここ数百年、私と使用人の服しか作っていない。
同じ体型。似たような服。代わり映えのないデザイン。――正直、飽きていたと思う。
いい子だから口にはしなかったが、作業化していたせいでつまらなく感じていただろう。
一方で、今回依頼したテナは私と体型が違う。
種族も違えば、似合う雰囲気、色味もまた異なる。
セイラにとって、いい刺激になるはずだ。
「まずは、さいすんです!」
「頼む。幾つか量を指定してもいいか」
「うけたまわります」
「とりあえず――私服が4、戦闘用が5、就寝用が3、念の為余所行きの正装を2、あとは適当に小物があればいい」
必要となればまた追加すればいい話だ。
それにこれから標準的な体型へと持っていかせたいし、あまり多く用意しても無駄になる。
「セイラ、体型が変わる可能性もありますからね」
「わかりました」




