入手。
「こ、こちらになりますぅ……」
受付にいくと、ブルブルと震えた先程の受付嬢が対応してくれた。
スタッフ間では情報共有が済んでいるのだろう。視線がやや痛い。
たった一日で、1000年では無かったほどの視線を浴びている。
「おめでとうございます、リサ様。このまま依頼を引き受けますか?」
「あー……」
窓の外を見やる。もうすっかり暗い。
正直、腹も空いているしこのまま帰りたい。
……よし、奴隷娘を回収して、家に帰って飯を食おう。
「帰る」
「承知しました。お疲れでしょうから、馬車を――」
「ブラムウェル、手を取れ」
「はい」
私が手を差し出すと、なんの疑問も持たずにそこへ手を乗せた。まるで犬の『お手』である。
絶対的な信頼が怖い。
さて、馬車による優雅な道のりも結構だが、私は早く家に帰りたい。
帰りたいと思ったら家が恋しくなり始めたし、お腹も鳴り始めた。
馬車を呼ぶのはいいが、待ち時間も道のりも煩わしい。
であれば、瞬間移動をすればいい話だ。
私は〈神の歩み〉を発動させた。
よく使う神域魔法のひとつ。行ったことのある場所に、好きなように瞬時に移動できる便利な魔法だ。
一瞬にして見ている世界は変わり、ギルドの受付からホテルのフロントへ移動した。
「な、……こ、これは……」
「おっと、大丈夫か」
おそらく初めてであろう瞬間移動で、ブラムウェルは体を上手く支えられていないようだ。
よたよたとふらつく彼を、私は抱きとめる。
「も、申し訳ありません……、ぉえっ……」
「酔ったか」
一言添えるべきだったな。慣れていない人間の体は、瞬間移動に耐えられても気分が悪くなることがあるようだ。
次から人間と共に飛ぶ場合は、保護の魔法を掛けてやるべきだな。
私は簡単な魔法を付与してやり、気持ち悪さを取り払う。
今にも吐きそうだったブラムウェルは、徐々に顔色が正常に戻って行った。
「すまん、先に言うべきだった。今のは瞬時に移動が可能な魔法だ。体が耐えきれなかったようだな」
「とんでもない! 貴重な体験でした……! ありがとうございます!」
こんな状態にされていてまで、感謝するとは筋金入りだな……。
「れ、レイナー様!? 今、急に現れましたか!?」
「師匠のお力によるものです」
「や、やはり……!」
やめろ。キラキラとした目を、二人して送るんじゃない。
ブラムウェルが経営しているホテルで働くだけあって、思考も似たような人間を選んでいるのだろうか。
そんなことよりも私は腹が減っているんだ。
早くあの子を回収して、帰りたい。
こんなことなら、部屋に直接転移するべきだったか。……いや、部屋から居ないはずの者が出てきたら、驚いてしまうだろう。
「長話は苦手だ。長くなるなら先に行くぞ」
「あっ、お待ちください!」
例のスイートルームに到着すると、部屋の前には受付と同じ服装をした青年が立っていた。
どう見てもここのスタッフだ。だが、どの部屋にも部屋の前に立っている者はいなかった。
監視か何かだろうか。
「おい、誰だお前」
「リサ様、落ち着いてください」
声を掛けると、スタッフよりも先にブラムウェルに叱られてしまった。
あまりにも喧嘩腰すぎたのだろう。私も焦っていた。
「はい? 何方で――はっ、レイナー様!?」
「ご苦労さまです。あなたはなぜこちらに?」
「はい。上長の指示で、お休みの方のお手伝いと、人が近づかぬように監視をしておりました」
つまり、中の娘の保護をしてくれていたわけだ。
訳も知らない貴族が寄ってきて、彼女を怖がらせないように。
貴族御用達のホテルで、奴隷に対してまでそんな丁寧な対応をしてくれるとは。
ブラムウェルのホテルを、少し侮っていたようだ。
「そうですか、ありがとうございます。もう連れて行きますので、私達が立ち去ったあとの対応はお願いしますね」
「お任せ下さい」
「なあ、中の少女の食事や様子はどうだった」
「はい。あまり食事を取らない生活をされていたようですので、胃に優しいものをお出ししました。着替えも幾つかお渡しし、少し眠っているお時間もあったようです」
「そうか。ありがとう」
ブラムウェルの指示だろうが、ここまでしてくれるとは。
奴は「何も要らない」と言いそうだが、借りができてしまったな。
ここはひとつ、弟子を育てるという手段で返させてもらおう。
「連れてくる」
「私はこちらで待機していますね」
「ああ」
私だけが部屋へと入る。
部屋はカーテンが締め切っていて、真っ暗だった。
寝ているのか、と思ったが――部屋に踏み込んだ瞬間、ベッドサイドでガタガタと音がする。
そちらを見遣れば、ベッドに隠れた少女がいた。ベッド越しにこちらを覗き、様子を伺っていた。
「私だ」
「……あ」
声を聞き顔を見れば、そっと姿を見せてくれた。
ぼろきれはどこへやら。ホテルが用意した衣服を纏っている。
村娘が着ていそうな、シンプルなワンピースだった。
風呂にも入れられたのか、肌も髪も汚れていない。
こうして見ると、整った顔をしている。
「我が家へ帰るぞ」
「……は、はい」
少女を連れて廊下に出ると、既にスタッフは居なくなっていた。
残っていたのはブラムウェルだけだ。
「このまま帰られますか」
「ああ」
「分かりました。……明日は、私も時間をあまり作れません。申し訳ないですが、案内はここまでになります」
「充分助かった」
そうだ、この人間は偉い奴だった。
よく一日丸々、付き合ってくれたものだ。
便利すぎて明日も連れ回したいが、流石にそれはやめておこう。
ブラムウェルにも仕事ややるべき物事が存在するだろうし、老いぼれに付き合わせるのは可哀想だ。
「何かありましたら、ホテルに言いつけください」
「ああ」




