律儀なもの。
私が舞台から降りていくと、案の定、キラキラと目を輝かせた大型犬――ブラムウェルが走ってきた。
様々な魔法を見れて、感無量といった様子だ。
「お疲れ様です、リサ様! 素晴らしい戦いでした!」
「ありがとう」
ブラムウェルに気とられていたが、会場の視線が変わった。
嫌悪や憎悪は無く、畏怖と奇異な目。呆然と立つ者もいる。
喧嘩を売ってきたチームも、私を口説こうとしたチームも呆気にとられている。
当然だ。人の領域では踏み込めないものばかりを、今こうして目にしたのだ。
滅多にない機会に巡り会えたことだろう。
そんな視線の中を抜けて、私は端へと移動する。
「リサ様。先程の魔法について、お尋ねしても構いませんか」
「いいぞ」
「まず、〈二重身〉ですが、効果は分身を生むのみですか? わざわざ指示を出しておりましたが」
「流石は天才魔法使い。あれはだな――」
ブラムウェルからの質問攻めにあっていると、いつの間にか最後の戦闘が終わったらしい。
死屍累々――とまではいかないが、疲労した冒険者候補達が転がっている。
「結果は1時間後、またここで発表する。それまでは自由で構わない。解散」
また待たされるのか。様々なことを考慮して、合格者を決めるのだろう。
とはいえ1時間は暇だ。
「もうご飯は貰えないのか」
「何か買ってきましょうか?」
「そこまでじゃない」
天才魔法使いさんをパシらせる女って、絵面が怖くないか?
想像しただけで恐怖を感じる。
食べ物が欲しいにしても、自分で買いに行くようにしよう……。
さてさて、1時間。何をして時間を潰そうか――と考えていた矢先、私の方へと人影が向かってくる。
5人の猛者、獅子の剣だ。
「やあ、試験官殿」
「……先程の非礼をお詫びしたいのです」
驚いた。見た目通りの堅物、真面目、律儀さである。
おそらく人間の頃の私が見ても、どう考えても傍若無人なのは私だ。
他人のプライドをボキボキに折って、人の神経を逆なでし、守るべきマナーや信条を足蹴にした。
不老不死、不死身の弊害だ。
年々、他人の――特に人間の――心に寄り添えなくなる。
……いや、そもそも私はそういう人間だったのかもしれないな。
「いらない。私も人の心がよく分かっていなかった」
「リサ様。彼らを立てるためにも、詫びは受け取るべきです」
「んん、そういうものか」
そういうものです、とブラムウェルは続ける。
これが人間社会でのあるあるだったのか、それともこの世界での人々の心構えなのか。
どちらにせよ、ブラムウェルがこういうのだから、受け入れるべきなのだろう。
「それでは私は、お前達の謝罪を受け入れよう」
「感謝します。……あなたは間違いなく合格出来るでしょう」
「そりゃありがたい」
「その力を、本当に正しく振るわれないおつもりですか」
エドガーの目は、何かを訴えかけるようなものだった。
私が加減をして試験に参加していたことが、よっぽど気になっているらしい。
ノブレス……なんちゃらだったか。以前の世界でも、そんなような話を聞いたことが有る。
金や権力を持つものは、持たざるものに与えるべき。そんな教えだった気がする。
エドガーも、似たようなことを言いたいのだろう。
私に正しく力をふるい、弱きものを助くような冒険者になってほしいのだと。
まぁもちろん、事件事故、危険行為を無視するつもりはない。
だからといって、勇者や正義の味方、英雄になる予定もない。
私のこれは、所詮ただの散歩にすぎないのだ。
「通りすがりに見かけたら、助けるつもりだ」
「そう、ですか」
「エドガー、行きましょ」
「……ああ」
エドガーは「また1時間後に」と残して、その場を去っていった。
「不愉快な冒険者ですね。私の持ちうる全てを動員して、社会から消しましょうか」
「怖いな~」
やめてくれ、とやんわり頼んだ。
ブラムウェルは不服そうに「今の今まで使ってこなかった権力は、現在のための貯蓄だったのですね」と呟くものだから、余計に恐ろしさを感じた。
それから、ブラムウェルと会話を続けていれば、1時間などすぐに経過した。
幸いにも他に話しかけてくる人間はおらず、比較的快適な時間を過ごせた。
「待たせたな。合格者を発表する」
エドガーが各チームの名前を読み上げる。そのたびに、チームからは声が上がった。
安堵、喜び、緊張から解き放たれた声。
それぞれが肩を抱き、全身で喜びを示しているチームさえいる。
彼等にとっては、それほどまでに厳しい試験だったのだろう。
それに、彼等は生活もかかっている。就職と同じだ。
受かればホッとするだろうし、落ちれば絶望する。
「ウィッシュ!」
あの少女たちのチームだ。
名前を呼ばれた瞬間、桃色の髪の少女が泣き出した。
そして、残りの少女二人がそれをなだめている。二人も緊張の糸が解けたのか、目が潤んでいるように見えた。
コレが青春というやつなのだろう。
「――リサ・ソーヤマ」
そうして私の名前も呼ばれる。チーム名ではなく、個人名なのは私だけだ。
誰もが私に目線を送った。それぞれの瞳には、多くの感情が乗っている。
喜んだり、訝しんだり、忙しい連中だ。
「合格おめでとうございます。まぁ、リサ様なら当然ですね」
「なんでお前が誇らしげなんだ」
獅子の剣は最後に、「呼ばれた者はカウンターで、登録証を受け取るように」とだけ告げて去っていった。
これで解散、解放される。




