貰いもの。2
ブラムウェルとともにやって来たホテルの一室。
妙にだだっ広く、下手すれば平民の家ほど有るのではないかという規模の部屋。
恐らくスイートルームなるグレードの部屋だろう。
貴族が利用するような高級ホテルの、スイートルーム――うん、深くは考えないことにした。
兎にも角にも、今もなお腕に抱えている少女を下ろそう。
私はいそいそとベッドに近づいた。
キングサイズほどのベッドに少女を座らせようとすると、細い腕がそっと拒否を示す。
今の今まで私の腕の中で大人しく〝お姫様抱っこ〟をされていたのに、ここにきて拒否だと。
「……床で、結構です」
「私が座そうとしているのに、か?」
「い、いえ……。失礼しました……」
全く。あのチンピラどもには、改めて挨拶に行かないといけないかもしれない。
気を取り直して、私は少女をベッドに座らせた。
ふかふかのベッドに腰を下ろした少女は、年相応に顔が輝いた。が、それも一瞬だけ。
すぐに怯えた顔に戻った。
まるで感情を表に出すのを許されていないかのようだ。
一つ一つ丁寧に、その絡んだ負の糸を解いてやりたいが、今はまず彼女の状況を把握するのが先。
私は少女の前に自信の手を差し出した。
「手を」
「……」
おずおず、といった様子で手を差し出す。
取った手ははっきりと分かるほど震えており、他者に対しての警戒心がうかがえる。
私はあいつらと違うと言葉で訴えたところで、彼女の中に蓄積したおそれが取り払えるわけではない。
知っている魔法の中には、精神に干渉して消し去る事もできるが――それは彼女の意思を確認してからだ。
それにまずは健康状態のチェック。
魔力を薄く這わせることで、内外のチェックが出来る。これも長年の暇な時間で編み出した技だ。
外傷――問題ない。完全に癒えている。
病気――特になし。性病なども感知されない。
その他身体的に不利になり得るもの――発見できず。健康体。
うん、問題はなさそうだ。
あの時は特に状態を確認しないまま、魔法を発動させてしまった。しかし全ての外傷は完璧に治癒できたらしい。
「傷は問題なく治ったようだ」
「は、い……。痛みはありません」
「良かった」
「……」
「もう少し診ても構わないか」
「はい……」
許可も得られたので、外傷ではない奥へと入り込む。
もう少し見たかったのには理由があった。
彼女は肌の色、尖った耳からしてダークエルフなのは間違いない。
ダークエルフは元来、戦闘力が高いとされている。肉体を用いた戦闘においても、魔法を用いた戦闘においても。
しかし彼女は『無能』として切り捨てられていた。
栄養が足りずに戦いが不可能になるという理由ならば理解できるし、奴らの落ち度だが――あの様子からしてそうではないと受け取れる。
だから中を調べたかったのだ。
私の予想は間違っていなかった。魔力を巡らせて中を辿れば、歪で複雑に絡み合う魔力を見つける。
複数の魔族の血が干渉し、上手く魔力を循環させられないでいるのだろう。
幾重にも重なり合った枝が、水路を塞いでいるように――魔力が塞がれている。
「なるほど。混ざりもの、か」
「……っ」
「ああ、いや。悪い意味では無い。……いや、悪い意味なのか?」
混ざりもの、ダークエルフと何かの別種族のハーフということ。
ハーフであってもここまで力の邪魔をすることはないだろう。もしかすると精神的な負荷も、魔力が上手く扱えない原因になっているかもしれない。
「何かは知らんが、混血のようだな。そのせいで魔力が互いに争い、上手く吐き出せないでいる。回路を繋ぎ直せば、普通――いや、高いレベルの魔法使いになれるだろう」
「え……っ」
「そ、そのような事が可能なのですか!?」
口を挟んだのは、ダークエルフの少女ではなくブラムウェルだった。
本当にこの男は魔法への関心が高い。未知の魔法を知る時は、少年のように目を輝かせる。
「禁忌魔法になるが、可能だ」
「……っ」
「まさか……あなた様は禁忌までもお使いできると!? ですが、あれは代償が伴うもので……」
私はポリポリと頬をかく。どうするべきか、と悩んでいた。
うぅん、ここまで言ってしまったら、もう認めるしか無い。
どうせこれから、禁忌魔法を用いてダークエルフの少女を〝治す〟つもりだ。
ブラムウェルの懐いている具合から口外することはないだろうが、ここまで来たのならば無理矢理にでも巻き込んでしまえ。
「あー、ブラムウェル。お前を弟子と認定する」
「え?」
「だからこれから起こることは、同罪だ」
「光栄です」
「話聞いてた?」
禁忌魔法を使うから、バレたら極刑だ。よくて一生牢獄。
それを理解してもなお、こんな軽い返事が出来ているのなら、私への敬愛――いや忠誠心は大したものだろう。
それこそサリアに匹敵する。全く困ったものだ。
私は溜め息をつきながら、〝空間に手を突っ込ん〟だ。
ブラムウェルもダークエルフも、ぎょっとした様子で見つめている。
私が手荷物も何も無いのは、こうして空間に収納するすべを持っているからだ。便利だろう。
「これをやる」
「こ、こちらは……!?」
取り出したのは薄く切られた硝子。楕円状に調整されたそれは、まるで眼鏡のレンズのようだ。
「ふむ。ちょっと目を閉じてろ」
「はい!」
警戒心などまったくなく、ブラムウェルは私の命令のまま目を閉じた。
私はブラムウェルの眼鏡に、硝子をかざしながら近付いた。
すると硝子はしゅわりと霧のように散り、ブラムウェルの眼鏡へと吸い込まれていく。
まるで雪が解けるように馴染み、そうして硝子は消えた。
「もう開けていいぞ」
「……はい。今のは……」
「私の持っている鑑定の硝子を、お前の眼鏡に融合させた」
「……はい?」
今渡したアイテムは魔法の硝子だ。
その名の通り、硝子を通して魔法を〝視れる〟すぐれもの。
細かい効果を説明するならば、その場で発動された『魔法の名前』と『分類されている階級』を表示することが出来る。
これで少しは負担が減るはずだ。




