第一章 なんてない日常
「んー…」
一仕事終えて伸びをする。一日が経つのは本当に早い。あの男の人が来てからもう3日が過ぎた。そして今日、やっと最初の一文字が聞けてそれを記録し終えた所だ。
「さってと、そろそろ帰りますかね。お腹空いたし」
「なんだぁ、イッコ。お前また早帰りか」
そう声をかけて来たのは暎徙首。「首」っていうのは西暦世界でいう「係長」みたいなものだ。っといけない、いけない。もうこれ職業病かな…この仕事してると西暦世界についてある程度学んでおかなきゃいけないからつい例えちゃうんだよね。
「首みたいに能力保持者じゃないんで、仕事そんなにないですし。だいたいもうすぐ終了時刻になりますよ?西界じゃないんですから」
西界ってのはもちろん西暦世界の略称。いちいち呼ぶのは面倒だしね。
「お前なぁ…そろそろ分かっても良い頃だろうに。同期のやつら見てみろよ。それにあれだろ、幼馴染はあの未亞一族の人間なんだろ?能力の発生は伝染するってよく言うじゃないか」
「俐隶は関係ないじゃないですか!…というか、あそこの一族が一般常識に関わるわけがないじゃないですか。例外中の例外なのに」
未亞 俐隶…五大變族が一皇、未亞一族の次女にして「人操り」能力保持者
これが私の幼馴染についての一般的な認識である。しかしそこは幼馴染、それこそ話せない頃から一緒にいた私にとっての俐隶は、抜けてるんだかちゃっかりしてるんだか分からない超がつくほどマイペースなお嬢様、だ。
五大變族は、とりあえず、何ていうか、彼らなしでは世界は動かないとでも言っておけばいいだろう。そのくせ一族の人数はそう多くない。故の例外、だからこその一皇。尊敬を受けるだけの資格と能力保持者が輩出され続けているのだ。
それにしても、と思う。私に能力を求めるのは間違いなんじゃなかろうか。確かに私の歳…そう、それこそ1000歳をとうに超えた身としてはそろそろ己の能力を知っておきたいし、する気はないが昇格にも関わってくる。もっともここの一番上の方の御歳はもう数えるのを止めたくらいらしいから(それでも毎回盛大に誕生日を祝ってはいるが…)いつ昇格できるかなんて考えたくもない。
≪お話中失礼します。≫
頭上から聞きなれた声が響く。
「どうしたの?ライム」
≪頼まれていた仕事、終わりました≫
「そう、ありがとう」
頼んだのは確か卯の刻、今は辰の刻だからなかなかの速さだろう。まぁ、私のラインならこのくらいできて当然だ。なにせ改造しまくってるんだから。
ふ、と視線を首に戻すと何やらにやにや笑っていた。
「首?どうしました、すごく可笑しなお顔になってますけど」
「いやなに、イッコも一人前にラインと話が出来るようになったなぁ、と思ってな」
何を言い出すかと思えばその話か…
ほぅっとイッコは溜息をついた。
「またその話ですか、いい加減聞き飽きましたよ。何百年経ったと思ってるんです?」
「いんやぁ、俺にとっちゃまだほんの最近のようだぜ、なんせライムがいっつも愚痴ってたからなぁ…最初は無視してるだけかと思ったがまさか本当に聞こえてないなんてな」
「どうせ100歳児以下でしたよーっだ!」
《大人げないですよ》
「うるっさいわね、コードのくせに…」
《コードのくせにとは何ですか!どこのどなたです?そのコードを散々頼ってるのは?》
「あら?自分で作ったものを好きに使って何が悪いの?今だってそんな感情の籠った音声が出来るように誰がいじったと思ってるのかしら?」
ぎゃーぎゃー騒ぎ始めた一人と一ラインにまた始まったと笑う職場仲間たち。
「ほら、騒ぐなら帰れ。仕事の邪魔になるだろうが」
パンパンっと手を叩き追い出しにかかる首。
「はぁ?!元はと言えば首が止めたんじゃないですか!ま、良いですけど。では、お疲れ様でした。皆さんお先に失礼します」
ぺこりと頭を下げて部屋から出ていくイッコ。
《お騒がせいたしました》
もしも実体があったのならこちらも頭を下げていそうな声音にくすりと笑いがもれる。
「おぅ、お疲れさん」
さぁ、もうひと働きするか、とまだ仕事のある面々は作業を始めた。