第5話:声が導く真実
朝の光が窓から差し込む図書室で、私はノートを広げていた。
昨日の観察で拾った感情の痕跡――恐怖、絶望、そして微かな怒り。
それをつなぎ合わせると、事件の輪郭が見えてきた。
「……彼はここにいた」
胸の奥が小さく震える。
でも、それは感情じゃない。
興味と確信。
死んだ彼女の残した声が、犯人の存在を指している。
私は立ち上がり、公園へ向かう。
昨日も今日も、人々は何も知らず、笑いながら歩く。
でも、私は知っている。
小さな足音、消えかけた悲鳴、それが真実を語っていることを。
現場に着くと、警官たちは忙しそうに動き回っていた。
私は視線を死体に向け、指先で空気に触れる。
微かに浮かぶ感情の残像――
恐怖、怒り、逃亡……
──彼女を追ったのは、この男だ。
足跡の残像、触れたものの残響、呼吸の痕。
すべてが、私に告げていた。
警官が近づく。
「桐生さん、何が分かったんですか?」
私は少し間を置き、つぶやいた。
「犯人の動きがわかります。たぶん、ここから逃げた」
警官は眉をひそめた。
「どうやって?」
私は微かに笑った。
「感情の痕跡を辿るんです」
夕暮れの公園、影が長く伸びる。
犯人の残した恐怖の残響を、私は追った。
歩くたびに、胸の奥に小さな波紋が広がる。
それは、怒りでも悲しみでもなく、記録の重み。
そして、少しずつ、残像が集まる。
「ここだ……ここにいた」
息を殺して視線を上げると、男の姿があった。
無表情で立つ彼には、恐怖も後悔もない。
でも、空気に残った感情が、全てを語っていた。
私は静かに警官に合図を送り、男を取り押さえる手助けをした。
事件は解決した。
でも、私はわかっていた。
これは単なる事件じゃない。
人の心の死体を辿る私の物語の、ほんの始まりに過ぎない。
帰り道、街を赤く染める夕焼けを見ながら思う。
感情を持たない私でも、誰かの心の声を聞き、真実に近づける。
涙の意味はまだ完全にはわからない。
でも、少しずつ、理解していくのかもしれない。
「次は、誰の声を拾うんだろう……」
私の歩みは止まらない。
感情のない私の目が、世界の秘密を一つずつ照らしていく。
お読みいただきありがとうございました。