第4話:感情の痕跡を辿る
あの日、公園での観察から数日が経った。
私は図書室で、ノートに彼女の感情を書き写していた。
一つ一つの感情を辿るたび、胸に波紋が広がる。
喜びや怒りはない。あるのは、ただ、残響だけ。
警察から呼ばれ、再び現場に向かう。
事件は解決していない。
誰も気づかない小さな手掛かり。
それを、私の目で探す。
死体の周囲を歩き、指先で空気に触れる。
──感情の痕跡が、かすかに揺れている。
怖さ、悲しみ、絶望……それぞれが重なり合って、色のない光のように浮かぶ。
「これは……彼女が最後に見たもの、感じたもの」
胸の奥で、小さな違和感が膨らむ。
ただの事故ではない。
誰かが、彼女をここに導いた気配がする。
私は立ち止まり、ゆっくりと声を出す。
「話して……」
まるで、彼女に呼びかけるように。
すると、空気が揺れた。
微かに、足音の残像が浮かぶ。
──来た。
──見た。
──逃げた。
人の感情は、残っている。
死んでも、消えない。
それを辿ると、真実が少しずつ見えてくる。
警察の一人が近づく。
「桐生さん、何を……」
私は首を横に振る。
「教えられません。まだ、彼女の声を聞いている途中です」
ノートに目を戻すと、感情の波が指先に伝わる。
小さな破片をつなぎ合わせていくと、事件の輪郭が見え始める。
──彼女は、誰かに追われていた。
──そして、逃げ切れなかった。
恐怖と絶望が、最後に残したメッセージ。
胸が痛む。
これは、事故ではない。殺人かもしれない。
でも、冷静に思う。
私がここにいる意味は、真実を見つけること。
帰り道、夕焼けが街を赤く染めていた。
人々はいつも通り笑いながら歩く。
でも、私は知っている。
小さな声、消えかけた悲しみ、見えない残響――
それを拾う者がここにいることを。
「私は……この声を、必ず届ける」
感情を持たない私でも、ここに立つ意味はある。
誰かの心の死体を辿るたび、世界の秘密に近づく。
そして、私は思う。
「次は、誰の声を聞くのだろうか」