第2話:感情の死体を見つけた日
私は、今日も静かに歩いていた。
人混みの中でも、誰かの声にも、胸の奥は動かない。
でも、どこかで知っている気がする……そんな違和感が、私の足を止めた。
廃墟みたいな古い公園。
誰もいないと思ったのに、芝生の上に小さな影。
いや……死体だった。
驚かないわけではない。
でも、心臓がドキドキするわけでもない。
私はただ、観察する。
死んだ人の周りに残る、「感情の痕跡」を探すのだ。
彼女の手に握られたノート。ページは破れているけど、文字が残っていた。
喜び、悲しみ、怒り……全部がここにあった。
でも、もう彼女自身には届かない。
私は手を伸ばす。
指先に触れた瞬間、光が差すように、感情の波が押し寄せた。
それは、彼女の悲しみ。痛み。恐怖。
知らない感情なのに、胸が締め付けられる。
――涙が出る。
第一話で流した涙と同じ。
意味はない。でも、重い。確かに重い。
「……これが、共鳴感情」
私の中で、初めて言葉が生まれた。
感情を失った私が、他人の死を通して初めて感じるもの。
痛みも、哀しみも、全部、彼女のもの。
でも、私の胸に届く。
警察の声が遠くで響く。
「桐生ユリカさん、何をしてるんですか?」
私は顔を上げて、笑わないまま答えた。
「……観察してます」
言葉が軽いけど、意味は重い。
私はこれから、こうやって“感情の死体”を辿るのだろう。
失われた記憶、壊れた心……その全てを、私の目で見て、触れて、理解する。
帰り道、夕焼けに染まる街を歩きながら思った。
人は感情で生きている。
でも、私はそれを持っていない。
だからこそ、誰かの感情を「記録」して、届けることができるのかもしれない。
そして、小さな決意が胸に生まれる。
「私の仕事は……他人の感情を拾うこと」
「誰の感情も、無駄にはさせない」
泣きたいけど泣けない自分と、泣かされる自分。
その境界で、私は歩き始める。