第1話:私には、涙の意味がわからない
私の頭の中は、いつも静かだ。
静かというより、空っぽ。
喜びも悲しみも、怒りも愛も、全部、私の中にはない。
「それ、ちょっと怖いかも」
誰かが言ったこともあるけど、怖くはない。
ただ、感じないだけだから。
学校では私は“普通”に見えるらしい。
笑ってるし、話もしてる。
でも、全部、演技。
本当は、心の奥は真っ白だ。
でも、今日だけは違った。
放課後、廃墟のような図書室で、私は彼女を見つけた。
倒れていた。動かない。
名前も知らない、顔も知らない、でも──どこかで知っていた。
心の奥が、ふっと揺れる。
それは、初めて自分が「何かを感じた」瞬間だった。
「……泣くの?」
声がした。
振り返ると、警官が立っていた。
私はうまく答えられなかった。
なぜ泣いているのか、自分でもわからなかったから。
でも、涙は止まらなかった。
意味なんてないのに、ぽたぽたと落ちる。
「彼女のこと……知ってますか?」
わからない。
名前も知らない。会ったこともない。
でも、胸が痛い。
痛くて、苦しくて、意味もなく涙が出る。
私の感情は、壊れたのかもしれない。
でも──その痛みは、確かに、本物だった。
その日から、世界が少しずつ違って見え始めた。
空の色も、人の声も、全部、前より重くなった。
私は思った。
「……もしかして、私、変わったのかも」
でも、まだ、笑うことはできない。
喜ぶことも、怖がることも、愛することも、わからないまま。
ただ、泣くことだけは、学んでしまった。
図書室を出ると、夕日が差していた。
オレンジ色の光の中で、街はいつも通り。
でも、私の心は、少しだけ変わった。
名前も知らない、顔も知らない彼女に出会って。
意味のない涙を流して、私は、初めて自分が「人間かもしれない」と思った。
そして思う。
「この感情……どうすればいいんだろう?」
ここから、私の物語は始まる。
涙の意味も、感情の意味も、全部、知らないまま。
でも──誰かの心の死体を辿ることで、少しずつわかっていくのかもしれない。