第18話 過去の私と今の私
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「何の用? っていうか、あんた他の班のメンバーは?」
「桧山と岡野は先に行ってる。他は知らねえ。飯も一緒に食わなかったし」
完成品だけもらってバックレたらしい。
他人との協調性を育むための林間学校なのに、協調性ゼロどころかマイナスすぎる。
「そんなことより琴乃さあ、俺らと一緒にボードやらね?」
「ボードって、ウェイクボード?」
「そそ。桧山の親がこの辺別荘持っててさあ。その関係でプライベートボードがあるんだよ。せっかく湖に来たのに水系アクティビティやらないとかアホだろ」
「アホはあんたらでしょ。禁止されてるのに無視するとかどうなってもいいわけ?」
「ははっ、そんなの今の楽しさの前には些細な問題だろ? バレてペナルティ食らうとしてもせいぜい夏休み中の補修ぐらいのもんだって。一日二日ぐらいのもんだし平気平気」
「だいたいボードやるとか言ってるけど、そもそもあんたらボート免許持ってるの?」
「持ってないけど大丈夫だろ。数日間俺たちの貸切らしいし、他に水遊びしようなんてやつはほぼいねーよ」
「そ。じゃあ勝手にやったら? 私は遠慮しとくけど」
無免許のボートになんて乗れるか!
浮島に衝突なんてことになったら笑えなすぎる。
「おいおい、ノリ悪ぃぞ琴乃。空気読めよ」
「空気読むのはあんたらよ袴田。学校行事ってこと分かってる?」
「分かってるって。だから誘いに来たんじゃねーか」
「あっそ。お誘いどうも。でも私はやらないから」
今の私は釣り人――班のみんなと大物競争をしているのだから邪魔しないで欲しい。
「一応私は止めたからね? それでもやりたいっていうならどうぞご勝手に。分かったらどっか行って。自由時間終了までに一番の大物を釣り上げるんだから」
「…………なあ琴乃、どうしちまったんだよお前?」
話を切り上げようとしたのに、袴田が別の話題を振ってきた。
もう! 早く大物釣りたいのに!
他に先越されたらどうすんの!?
「お前、ここ最近おかしいぞ? 前までのお前なら絶対俺たちの誘いを断らなかったのに」
「……そうね。あんたの言う通りかも」
少し前の私なら、確かに袴田の言う通り断らなかっただろう。
中学時代のことがトラウマで、スクールカーストにこだわっていたあの頃の私は、ノリが全てで最優先。
見た目と流行にステを全振りして、クラス内の地位を確立。
カースト頂点こそ至高と思い込んで、その地位を守るために同じ価値観のやつらとつるんで、空気読んで、他人の気持ちとか迷惑とか無視して騒いで。
ほーんと……子どもだったわ。
あー、カッコ悪。
「私さ、気づいちゃったんだよね」
「何が?」
「んー、一番カッコ良くて楽しい生き方? 少し前までは自分のやりたいことを貫くのがカッコ良いって思ってたし、周囲のノリに合わせるのが一番楽しいって思ってたんだけど」
そうじゃないって、気づいちゃったのよね。
自分を貫くのはカッコ良いけど、それって周囲や流行に流されない――自分の中に絶対にブレない芯みたいなものがあるからこそカッコ良いわけであって、ワガママを貫くことがカッコ良いわけじゃない。
周囲のノリに合わせるのは楽しい空気を守るために大事なことだけど、そのノリ自体が迷惑行為なら論外だ。
「色々あって、冷静に今までのことを思い返してさ、私たちがやってたことってすっごく子どもっぽかったことに気づいたの。で、カッコ悪いからもう止めようって思ったってこと」
自分の気持ちをなんとか言葉にしてみたものの、上手く説明できた自信はない。
高校入学してから全然勉強していなかったからなあ。
袴田にちゃんと伝わったのかどうか不安だ……。
「あんたらもさ、楽しいの優先も良いけど、もう少し冷静に考えてみなよ。ルール違反がカッコ良いって思うような歳でもないじゃん、うちら」
「………………」
……伝わったかな?
袴田からは何も言う様子はないし、反応もない。
そういうのが一番困るんだけど……
「と言っても、すぐに考えを変えれるほど大人じゃないよね、私もあんたも。この林間学校をきっかけに見つめ直すのが良いんじゃない? きっと少しだけ大人になれる――」
「……大人?」
大人という言葉に袴田が反応した。
私の両手をガッチリ掴んで、鬼気迫る表情で質問してくる。
「ちょっ……袴田、痛いって!」
「琴乃……お前、大人になったのか?」
「は? え? な、なななななな何!? 急に何!? どうした!?」
「急に考え方が全然変わったのって誰の影響だ? まさか……武藤か!?」
「え!? ま、まあそうだけど……」
「武藤とやったのか!?」
「はぁ!? してないし!」
何でそうなる!?
あ、大人ってそういうこと!?
違う違う違う違う!
大人になったのは考え方だけであって、そっちの方はまだだっつーの!
で、でも武藤とだったらいつかそうなりたいっていうか……って、何考えてんのよ私!?
「か、考え方が変わったのは武藤の影響だけど、あんたが思ってるようなことはしてないから! っていうか想像すんな! 恥ずかしい!」
「じゃあ、武藤とは付き合っていないんだな?」
「付き合っていないわよ!」
「じゃあ、別に好きってわけじゃないんだな?」
「それは、その……」
「…………っ! 琴乃! 来い!」
「え? ちょっ……!?」
袴田が強引に腕を引っぱる。
急なできごとに思わず釣竿とバケツを落としてしまう。
「袴田、痛い! 止めて! っていうかどこ行く気!?」
「桧山と岡野のとこだよ。あいつなんかより俺の方が良いって分からせてやる」
「やだ! 止めて! お願い袴田! 止まって!」
「いいから来いって! この時期のボートはきっと気持ちい――おわああぁぁぁっ!?」
――ドサッ!
――スポッ!
――ゴロゴロゴロゴロ……
――ドボーン!
私を引っぱっていた袴田は急にずっこけ、その勢いで履いていたジャージのズボンがスポッと脱げて、ゴロゴロと湖のふちを転がり落ち、ドボーンという音を立てて入水した。
え? 何がどうしてこうなったの?
「ぷはっ!? ゲホッ! 軽く水飲んじまった!」
「あ……マジでごめん。少し止まってもらうだけのつもりだったのに」
私の背後からばつの悪そうな顔で武藤が現れた。
彼の手には釣竿と、その針に引っかかった袴田のジャージがある。
「武藤ぉ……テメーッ!」
「いや、だから本当にゴメンって! ここまでするつもりはなかったし、ここまでのことになるなんて思ってなかったんだよ!」
本当に悪かった――と、頭を下げているあたり、こうなったのはマジで偶然だったんだろうなあ。
袴田運悪すぎ。
いや、それとも自業自得かな?
「本当は上着に引っかけて止まってもらうつもりだったんだ。マジでゴメン……」
「武藤……テメェ、俺にこんなことをしてどうなるか分かってるんだろうなぁ!?」
「えーと……一発殴る? 悪いことしたと思っているから殴っていいよ? それでチャラにしてくれると……」
「いい度胸だ。歯ぁ食いしばれよ!」
袴田が拳を握りしめる。
でも、幸いなことにその拳は振り抜かれることはなかった。
「コラーッ! 何をやってるんだお前ら!」
騒ぎを聞きつけて先生が来てくれたおかげで、結局武藤は殴られることなく、袴田は拳を下ろさざるを得なくなった。
何しろ今の袴田はずぶ濡れだしね。
水の中に入っちゃいけないのに、事故とはいえ飛び込んだわけだし、これ以上問題を起こしたらまずいってワケ。
「で、何が起きてこうなっているんだ?」
「実は……」
先生には私から事情を話した。
袴田は興奮しているし、武藤はずっと謝ってるし。
袴田と武藤の行動だけをできるだけ客観的な視点で説明する。
「そうか、事故なら仕方ないが、強引な誘いやイタズラはほどほどにしておけよ? 何か問題が起きたら強制送還もあり得るからな」
「…………分かったよ」
「分かりました。気を付けます。袴田、本当にゴメン」
「………………チッ」
先生の手前許さないわけにもいかず、袴田は舌打ちだけ残してその場を去った。
強引な勧誘のことも釘を刺されていたため、さすがにこれ以上の行動は出られなかったらしく、視線こそ感じるものの袴田たちは大人しいものだった。
大物釣り競争は愛花が優勝し、最下位の私に「何をやってもらおうかなー?」とニヤニヤ笑いながら何も命令を出さずに初日が終わり――二日目。
夕飯の二回目カレー(インド風本格派)の後片付けを終え、キャンプファイアーを囲んでいる最中、ついに命令が下った。
「琴乃、あんたこの後告白しな」
「……はぁ!?」
「この後肝試しでしょ? チャンスじゃん」
武藤の方をチラリと見る。
炎に照らされながら友達と談笑する武藤の横顔は、いつにもまして優しそうだ。
「で、でも肝試しのペアってくじ引きじゃん。当たらなかったら……」
「大丈夫大丈夫。運が良ければペアになれるって」
「運が悪かったら?」
「その時はこっそり二人きりになって告白すればいんじゃね? とにかく告れ。命令です」
「……命令は、断れないのよね」
「そうそう。武藤くん隠れ人気あるし、早いこと決めちゃえ」
「……うん」
愛花に背中を叩かれ、私は覚悟を決めた。
「………………」
そんな私を見つめる袴田の視線に気づくことなく――
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