第9話 ちょっとだけ好きになったアイツ
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魚に負けた私は水の中に叩き落とされてびしょ濡れになる未来を想像した。
しかし、その未来は実現することはなかった。
「危ない!」
とっさに武藤が後ろから私の腰を抱え、自分の方に引き寄せてくれたおかげだ。
そのせいで私は今、武藤の腕の中に抱きかかえられる形となっている。
「大丈夫?」
「う、うん……大丈夫でしゅ……」
うわわわわわわわわわっ!?
近い近い近い近い近いいいいぃぃぃっ!
っていうか零距離ぃぃぃぃっ!?
私、武藤に抱きかかえられてる!?
体温感じちゃう!
暑い暑い暑い熱い熱い熱い熱いぃぃぃっ!
恥ずかしくて武藤の顔見れない!
「よかった。じゃあまずは深呼吸して落ち着こう。そしたら手首を回してリラックス。腕の筋肉がほぐれたらもう一度竿を握ろう」
言われた通りのことをしたが、リラックスだけはできなかった。
後ろで武藤が密着しているせいである。
こいつ、私を助けるのと同時に竿までキープしていたの?
力、意外と強いんだ……
「せっかくの大物なんだ。俺も後ろから支えるから頑張って釣り上げよう」
「わ、分かったわ……」
「お姉ちゃん頑張って!」
「負けるな姉ちゃん!」
「ファイトー!」
近くで子どもたちも応援してくれている。
よーし、いっちょ頑張ってみますか!
すでに疲れて力が入らなかった両腕を、気合でもう一度復活させる。
武藤の助けもあることだし、ここは慎重かつ冷静に。
「宿木さん、魚の動きをよく見て。魚が泳いでいる時は力に逆らわず、竿を倒して魚が泳ぐ方向に動かすんだ」
「こ、こう?」
言われた通りやってみる。
あ、腕に掛かる負担が全然違う。
「そうそう、上手上手。そうやってスタミナを温存しておいて、魚が疲れて動かなくなった所で竿を立てて、リールを巻いて引き寄せるんだ」
「分かった、やってみる」
魚の動きをよーく観察して。
水しぶきが止んだタイミングで竿を立てて。
リールを巻いて……引き寄せる!
「お? お? おおおおぉぉぉ?」
「いいぞ、宿木さん! あと少しだ! 誰か網を持ってきて!」
子どもたちの一人が武藤に網を手渡す。
川岸近くでぐったりと休んでいた魚は、抵抗することなく網の中に入った。
水の中から引き上げられる。
「おー! でっけー!」
「こんな大きい鯉初めて見た!」
「お姉ちゃん凄ーい!」
「へへ、どんなもんよ!」
子どもたちのキラキラした視線独り占め気持ちいい!
何の当たりもこない時間が長かったけど、全てはこの時のためにあったのね!
釣りって楽しいかも!
「あれ? でもこれってホントに鯉?」
自分の釣り上げた魚をまじまじと見てみる。
皆が釣った魚と全然違うような気が……?
「これ鮭だよ。鯉じゃない」
「鮭!?」
鮭ってフレークになったり、寿司になったり、
熊に咥えられたりする、あの?
「そう、あの鮭。驚いたな……鮭とか釣れるもんなんだ。ここ関東なのに」
武藤曰く、恐らく時期外れかつ迷子のはぐれ鮭らしい。
産卵のために移動中、道を間違った所を私に釣られたのだろうとか。
「鮭ってことは……もしかして食べれる?」
「食べれると思うよ? この川わりと綺麗だし、海からそう遠く離れていないから、魚もまだまだ体力十分で脂も乗っていると思うし」
「ホント!?」
「うん。あとこいつ、腹が大きいから多分雌だよ。捌いたら大量のイクラも取れるんじゃないかな」
「イクラ!?」
私イクラ大好き!
濃厚でプチプチした食感が堪らないわよね!
「さすがに道具もないしここじゃ捌けないけど、持ち込めば料理してくれる所は知ってる……で、どうする?」
「うーん、どうするって聞かれてもなあ」
鮭は大好きだけど……どうしようか?
少しだけ考えてみよう。
「……うん、決めた。逃がすわ、この鮭」
「「「えー?」」」
子ども達から不満の声が上がった。
どうやら食べたかったらしい。
「どうして? 食べようよ」
「うーん、でもさ、この鮭間違ってここに来ちゃった訳でしょ? 間違わなかったらこんな目に遭って無いはずだし……本当なら今頃無事に川を上っていたはずだし、なんかかわいそうかなーって」
「うーん、でもさー」
「それにさ……この鮭を食べるってことは、餌も食べるってことよ? きみたちあの餌食べれる?」
「「「無理無理無理無理無理無理絶対無理!」」」
「でしょ?」
子どもたちは全員全力で首をブンブン振った。
なお、餌は蛆である。
まあ、魚を捌いたら内臓とか取り除くし食べないんだけどね。
「記念写真だけ撮って逃してあげよう? ね?」
「「「はーい」」」
私の言葉に子どもたちは渋々ながらも従ってくれた。
私は両手で鮭を持ち、カメラに向かって笑顔でアピール。
――パシャ。
「あ、良い写真。ありがとね、武藤」
「どういたしまして」
全力で楽しんでいる、かつ喜んでいることが伝わるとてもいい写真が撮れた。
めっちゃ映えてる。
あとで自分のインスタに上げようっと。
……
…………
………………
「お姉ちゃんありがとう。今日は楽しかった」
「またなー姉ちゃん。また一緒に遊ぼうぜ」
「僕たちは先に帰るからごゆっくり」
夕方――
日が傾き始めたので楽しい魚釣りは終了。
捕まえた魚たちは全て川にリリース完了。
あとは荷物をまとめて帰るだけだ。
「今日はありがとね、誘ってくれて。釣りとか初めてだったけど超楽しかった!」
「楽しんでもらえて良かったよ。それじゃあ俺あっちだからここで」
「あ、待って。途中まで一緒に帰りましょ。私も遊ばせてもらったんだし半分持つわ」
「そう? 悪いね」
そう言って武藤は手に持っていたバケツを渡した。
水も魚も入ってないし、とても軽い。
「半分って言ったでしょ? 背中の荷物も持つわよ」
「いいよ。宿木さん疲れているでしょ? それだけ持ってくれればいいよ」
「そう? なんか悪いなあ」
「へえ、宿木さんでもそんな風に思うんだ」
「それ、どういう意味!?」
「わりとそのままの意味だけど? ほら、宿木さんって普段一緒に居る男子に荷物持って貰ったりとかするでしょ? 移動教室の時とか、先生から頼まれごとした時とか」
「ああ、うん……はい」
心当たりがありすぎる。
何せ元がド陰キャ文学メガネ女子だったもんだから、男の子にチヤホヤされるのが嬉しくて、つい……
「手伝ってもらった後、特にお礼とか言った様子もなかったから、宿木さんは『自分が奉仕されて当然だと思っている系女子』だって思ってたんだけど」
「そ、そうね……そんなとこ見てればそう思うわよね……」
こういうのもう止めよう……
指摘されて思ったけど、めっちゃ性格悪そうに思える。
次同じようなことがある時はちゃんとお礼を言うのを忘れないようにしよう。
そしてできれば断ろう。
猛省。
「でも、どうやら俺の思ったような子じゃないみたいだ」
武藤は笑顔で私に告げる。
「俺、正直きみのことあんまり好きじゃなかったんだけど――今日ちょっとだけ好きになったよ」
――っ!?
いきなり何を言い出すのこの男は!?
天然か!? 天然なのか!?
不意打ちで告白とか正気かお前は!?
だ、だけど……不意打ちにしろ何にしろ、告白されたことには変わりないわけだし。
告白されたらちゃんと返事はするべきだと思うし。
雨鏡のこともあるからちゃんと応えるべきだし……。
「あ、あのっ! 武藤!」
胸を突き破りそうなくらい激しく鼓動する心臓を必死に両手で抑えながら、私は告白の返事を口に――しようとした。
「わ、私も……私もあんたのこと今までそんなに興味なかったけど、その、あんたのこと好きに――」
「あ、距離的にちょうどいいしここまででいいよ。じゃあまた明後日学校で」
そう言って武藤は告白を遮り、私からバケツを奪った。
「え? あ、ちょ……?」
「もうちょっとしたら一気に暗くなるよ。この辺治安は良いけど早く帰った方が良いんじゃない? 宿木さん見た目が良いしさ」
そう言い残すと、一方的に武藤は手を振り去って行った。
「………………」
おいどうすんのよ!? 私のこの盛り上がった気持は!?
行き場のない気持は!?
「もおおおおぉぉぉぉっ! 武藤のバカァァァァァッ!」
っていうか冷静になってきて気付いたけど、さっきのやつって話の流れ的に告白じゃないわね。
進化してから告白は何回もされたけど、下心とか一切感じないどころか、純粋に好意を向けられて好きって言われたの初めてだから舞い上がっていたーっ!
うわああぁぁぁぁっ!
恥ずかしいぃぃぃぃっ!
「か、帰ろう……早く……恥ずか死ぬ前に……」
俯きながら駅へと向かう。
帰りの電車の窓に映った私の顔は、夕暮れ時の空と同じくらい真っ赤に染まっていましたとさ。
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