食べ物にチョロすぎるモブ男爵令嬢に、なぜか公爵令息が餌付けしてくるんですけど!?
「フィオナ、今度ある舞踏会の招待状をいただきました。公爵家の令息方も出席するそうよ。主役のアルト公爵令息に顔を覚えてもらうのはさすがに難しいけれど、他の貴族の方々に少しでも顔を売ってらっしゃい」
母が右と言えば右。左と言えば、問答無用で左。 舞踏会と聞けば、それはもう強制参加。
「⋯⋯はい、お母様」
この家を実質動かしているのは、我らが母。 兄が三人、姉も三人。私は末っ子。
兄姉は皆、学園の首席。徳の塊。人徳だけで悪役令嬢すら黙らせるほど。 婚約話なんて向こうから舞い込む。母の期待はストップ高。
一方の私はというと――
背景に溶け込むのが得意な、モブの鑑。
そんな私の人生ピークは、昨日、侍女に「そこ、どいてください」って言われた瞬間。存在感ゼロからの認識! まさに奇跡!
そして学園でも名前を覚えてもらえないまま早1年。
転生して5年。もう少しこの世界に馴染めるかと思ったけど、未だに教室で名刺配って歩きたいくらい。
そんな私にも、避けて通れぬ社交界デビューの日が来てしまった。
■
会場に入れば、天井から下がる豪華なシャンデリア。柱の金箔。ドレスの宝石たち。
イケイケ令嬢たちの笑顔は完璧に仕上がっている。その仮面の隙間から覗く“今日のヒロインは私よ”と言わんばかりの肉食獣の気迫。
そこに紛れ込んだ、鈍くさいインパラが私です。
サバンナだったら、真っ先に狩られてるやつ。
舞踏会の開始直後から壁の花。
目が合ったと思ったら、従者に間違えられかけた。 むしろ空気より存在感が薄い。
金箔の柱、宝石まみれのドレス、完璧な笑顔のイケイケ令嬢たち。 “今日のヒロインは私よ”オーラ全開の社交界に、私は完全場違い。
壁の花として徹底的に存在を消す私。 だが、それすらも貫けず、従者に間違われそうになる始末。
「いっそ従者になりたい」と思ったその夜、バルコニーに近づいて聞こえた一言。
「だめだって、人が来ちゃうってば!」
私、来ちゃった。聞いちゃった。気になって寝られない。何が起こるの?
翌日の朝食で「目が充血してるわ。さぞ舞踏会、楽しんだのね」 と母。
それは兄姉に話すようなトーン。
私は変な笑顔を浮かべて、「う、うん」と言葉を濁した。 その笑顔、鏡で見たらたぶんホラー。
もう舞踏会なんて行きたくない。
招待状? 焚き火の材料にしたいくらい。
やんわり母に伝えたつもりだったのに、「分かったわ。あなたもようやく本気になったのね。中途半端な招待状には返事しないから」
え、どこで誤解した!?
私のやんわり、どこへ行った!?
■
途方に暮れた私は、数少ないモブ友に相談するが清々しいほど何も出てこない。
「せめて、周りを気にしないで居られたらなぁ」
その一言に、友人は自分の眼鏡を私にかけてきた。
見えない。マジで何も見えない。 幽霊か人かも分からない。
そこで私にぴったりな分厚い瓶底眼鏡をこっそり作り、ドレスに仕込み。
当日は舞踏会場の扉をくぐりながら装着。
モザイク世界へようこそ。
会場も人も、ぼやけた幻想。 視線も気にならない。とってもストレスフリー!
これ以降、舞踏会の必需品となる。
■
ケータリングコーナー。
ここが天国。 食のデパート。夢の楽園。
だが、コルセットが私のお腹を締め上げる。
惨敗。食えない。泣く。
ハンカチ噛んでも悔しさは消えない。
そうだ、断食しよう。
朝から食べず、コルセット装着時には息を吸って腹を膨らませる。これでスペース確保!
そして迎える気合いを入れた大一番。
本日の舞踏会は、宰相・マルケスタ公爵家のご令息が主役。
珍しい食べ物が並ぶと聞けば、期待大!
その日、私はいつも通り“瓶底眼鏡”という名の防護結界を装備し、壁の花ポジションを確保する。
今日も見事なモブムーブだ。
視界は瓶底眼鏡で完璧にモザイク化。 どんなイケメン令息がいても、どんな貴族令嬢が張り合っていようと知ったことではない。
私に見えるのは、ぼんやりした人型と、ケータリングコーナーの光のみ。
私の目には獣のような鋭い眼光。
息を吸って、コルセットに空間を作る努力もした。 断食だってした。仕込みもばっちり。
今日という日は、食のためにある!
「よしっ⋯⋯!」
小声で気合いを入れて、ケータリングコーナーに向かおうと一歩踏み出した、その時だった。
「おや、君、今何かに目覚めた顔をしているね?」
⋯⋯え?
モザイクの向こうから聞こえてきたその声に、私は思わず立ち止まった。
オーラが違う。瓶底眼鏡を外して見る。
黄金色の髪に、整った顔立ち。素敵な長身。端正すぎて、物語の中から出てきたみたいな姿。
すごく笑ってる。なんか⋯⋯親しげに。
⋯⋯誰?
「そんなに緊張しないでいいよ。僕は別に、今日の主役とかじゃないから」
えっっっ!?!?!?
⋯⋯待って。 ちょっと、あの⋯⋯いやいやいや、待って。
その“今日の主役”って、マルケスタ公爵家の令息のアルト様では?
⋯⋯この人が!? いやいや、なんで!? なんで世界モブ代表の私に!?
「さっきから、君がケータリングに情熱を燃やしてるのが伝わってきてね」
⋯⋯まさかモブオーラを破って?
「君のおすすめ、あれば教えてほしいな。ダンスホールよりこっちのほうが気になる」
その笑顔は爽やかで、悪意の欠片もない。
気がつけば、控え室にケータリングコーナーが主役と共に移動した。
あれ、控室って言ってたけど、ここ一番良い応接室では? 広くてどこもかしこもキラキラしている。
私はケータリングコーナーの料理たちを眺める。
うずうず。粗相はだめ。でも食べたい。
内陸のこの国では海の幸が貴重。宰相様が最近、海沿いの国・ロノイを視察したと聞き、海鮮料理が出てくると睨んだ。
「こっ、これは⋯⋯!」
まさかイクラに会えるとは! ツヤツヤのオレンジの粒、まさに奇跡。隣にはキャビア? もちろんお皿にイン。
あ、カルパッチョ発見。迷わず盛りつけ、イクラも添える。
お皿を手にしたところで、視界にワイングラスが差し出された。
「そのサラダには白ワインが合うよ」
「ひっ」
忘れてた。今日の主役が隣にいる。
アルトはカルパッチョをフォークに綺麗に乗せると私の口へと入れてくる。
さっぱりした味にコリコリの白身、シャキシャキのレタス。ビネガーと塩コショウがアクセント。
「むぅ、美味しい!」
私は突然のアルトからの“あーん”の衝撃もどこへやら、料理を堪能する。
そこへ白ワインが差し出され、口に含むと⋯⋯ああ、完璧。
「どうかな?」
「大好きです」
アルトは嬉しそうににこにこしていたが私の返答に肩を震わせて噴き出した。
「⋯⋯ぶはっ、サイコーだな」
続けて先ほどのカルパッチョにキャビアとレモン汁とクリーム色の秘伝ソースを追加して、私の口にイン。
「ふおぉぉぉ⋯⋯! こ、これ最高!」
あまりの美味しさに思わず声が漏れる。海の幸の味に前世の記憶が蘇り、礼儀など吹き飛んだ。
アルトは腹を抱えて笑い、涙まで浮かべている。心の中で「そんなに面白い!?」とツッコんだ。
「もっと食べて」
「もちろん。本日の目的ですから、限界までいただきます」
彼は焼き魚のようなものを口に入れてくる。
「ほいひー」
「あははっ、頑張るとこ間違ってない?」
「私、口下手で社交界とか向いてなくて。でも母の命令は絶対だから⋯⋯ついまた招待状を受け取ってしまって⋯⋯」
あっ、危ない。夢を語りそうになってた。
ちらりとアルトを見ると、続きを待っている。
「実は⋯⋯辺境に嫁いで、畑と牧場でのんびり暮らしたいんです。自分で育てて、搾りたての牛乳を飲んで」
「じゃあ、自分で作って食べる生活?」 「ええ。あと、異国の料理にも興味あります」
アルトがまた一口、口に運ぶ。甘くてほどける食感。
「これはマカロン」
「マカロン⋯⋯!」
次に薄いタルト生地の上にキャラメルとアーモンド。
「フロランタン」
「フロランタン⋯⋯!」
思わず感極まり、涙ぐみそうになる。
「焦がしキャラメルの香ばしさと甘さ⋯⋯ダンスパーティーです」
「俺は君の方が最高だけど?」
意味がわからず首をかしげたところでノックが。
「アルト様、そろそろ会場へ」
そうだった。この人、主役だった。
慌てて見返すと、目の前には美形すぎる令息。
やば、顔面が凶器レベル⋯⋯謝って逃げなきゃ!
「長居失礼しました! 私はこれで⋯⋯!」
走ろうとすると、腰を抱かれて阻まれる。
「シューメル。もう決めたから大丈夫。フィオナ、逃げなくていいよ。君は面白いし、料理の趣味も合う」
いやいや、何言ってるのこの人。公爵家の令息でしょ!?
「またまた、ご冗談を⋯⋯」
眩しすぎて耐えきれず、瓶底眼鏡をかけ直す。
「それ、見えないんじゃない?」
「アルト様が眩しすぎて。直視できませんので」
アルトは爆笑。瓶底眼鏡を奪い取り、自分でかける。
⋯⋯え、似合う。ぴったりって言ったら失礼だけど、瓶底眼鏡なのに全然間抜けに見えない。
「ふふっ、雰囲気までは隠せませんね」 「そうかい?」
瓶底眼鏡をずらして覗き込むアルト。
「ぎゃっ、眩しすぎて前が見えません!」 「ふははっ、何それ!」
「目を開けていいよ、これなら大丈夫」
恐る恐る開けたら、顔面偏差値パンチが目の前に――。
「ぎゃっ、心臓に悪い! 騙された!」
中学生のアオハルみたいなやり取りをしてしまった。
まずい、このままじゃ帰れない!
「アルト様、お返しください⋯⋯」
「そんな冷たい言い方⋯⋯でももう諦めて。君が気に入ったんだ」
私は眼鏡を取り返して、かけ直す。
「私は吹けば飛ぶような男爵家の末娘です。いっそ辺境まで飛ばしてください」
「なら辺境に屋敷を用意するよ」
「結構です」
「じゃあ庭に畑を」
「そういう話じゃ⋯⋯!」
「わかった、牛も飼うから朝から搾りたて採れたての牛乳飲もう? とうもろこしも育てよう。採りたてかじろう?」
「ち、違いますってば⋯⋯!」
必死に否定する私を見て、アルトはますます笑う。
「君、顔真っ赤だよ。そんなフィオナも可愛いけどね」
この人、攻撃力高すぎる⋯⋯ッ!
「もう⋯⋯からかわないでください。私、本当に普通の人生が送りたいだけなんです」
「うん、だから俺も一緒に普通の人生を送るよ。君となら、どこにいたってきっと楽しい」
さらっとそんなことを言うアルトに、私は完全に言葉を失う。
どうしよう。心臓が、うるさい。
「さ、フィオナ。もう少しお菓子、食べよ?」
アルトはマカロンを差し出してきた。
「⋯⋯はい。じゃあ、もう一口だけ」
それは、甘くて香ばしくて、ほんの少しだけ恋の味がした。
■
「フィオナ、昨日の舞踏会で何してたのかしら?」
「そっ、それは⋯⋯」
どこから話せばいいのか、頭が真っ白になった。
毎回壁の花してるのも、ケータリングで食べ漁ってるのもバレたくない。
ましてや、アルト様本人だと気づかずに話しかけてたなんて、絶対に言えない!
「⋯⋯海に面したロノイという国に、公爵様が関心をお持ちだと伺いました。偶然私も知っていたので、話が盛り上がったんです」
嘘は言ってない。ただ、全身から冷や汗が止まらない。
母はにっこりと笑った。
「まぁ、そんな知識まで。アルト様に気に入られようと頑張ったのね。素晴らしいわ」
えっ。違います。下町の情報屋に通って料理メニュー調べてただけです、お母様。
そして現れるアルト様。オールバックの髪が妙に男らしくて、ちょっとドキッとした⋯⋯かも。
その手には薔薇の花束、そして、小さな箱?
え、指輪じゃないよね?
中身は、この世界じゃまだ見たことのない“チョコ”。
「ち、ち、ちょ、チョコ⋯⋯!!」
満面の笑みで、アルト様はそのチョコを私の口に入れてきた。
「やっぱり知ってたんだ、チョコレート。君の外交知識、将来のパートナーにぴったりだね」
「ふおぉぉぉ⋯⋯ッ!!」
まろやかなミルクチョコが口の中で溶けていく。幸せが染み込んで、もう昇天しそう。
その瞬間、母は狩人のごとくアルト様に詰め寄り、婚約の話を急展開させた。
いやいや、私の話なんですけど!
一言もしゃべってないんですけど!?
でも、アルト様は真剣だった。
「ゆっくり関係を築こう」と紳士的に提案してきて、私は頷くしかなかった。
それからというもの、やたら現れるアルト様。
しかも、毎回お菓子を持ってきて私に食べさせ、感想をメモする従者たちまで登場。
ある日、巨大なチョコタルトが目の前に現れる。
「んんんーッ!!」
あまりの美味しさに語彙喪失。天を仰いで幸せに浸っていると、
「君の食べる姿、ほんと可愛いね」
そう言いながら、次の一口を差し出すアルト様。
甘すぎて倒れそう。
気づけば、屋敷のシェフたちまで巻き込まれ、定期的な大試食会が開催されるように。
そして届く大量のお茶会招待状。
その中には、例の“イケイケ令嬢”の1人からのものも⋯⋯。
行くしかない。断る方が怖い。
お茶会当日。ピリついた雰囲気の中、ティーカップを両手に抱えて警戒していた私に、令嬢が詰め寄る。
「フィオナ嬢は、アルト様とどうなっておりますの?」
「え、えっと⋯⋯チョコを食べる仲です、かね⋯⋯?」
説明に困る。だって、毎日餌付けされてるだけだし。
「ふん、それくらい知ってるわよ」
⋯⋯え、知ってたの?
それはそれで怖い。
「それより、チョコの話が聞きたいの。どれだけ美味しいの?」
「それはもう⋯⋯天にも昇るほどです」
すると令嬢、目を輝かせて身を乗り出してきた。
「もっと教えてくださる?」
ただのツンデレだった。
まさかの“チョコ友”ができて、ものすごく嬉しい。
順調すぎる毎日に、私の心もふわふわしていた。
⋯⋯が、事件は起きた。
目の前に、チョコファウンテン。
艶やかな天界のチョコの滝。宝石のような果物たち。
私は迷わず雛鳥のように口を開けて待機。
アルトは餌付けを待ち構える私を見て赤面。
「もう、可愛すぎるんだけど⋯⋯」
アルト様が口元を押さえて悶えてるけど、私はそんなの気にしてられない!
「アルト様、まずはいちごからお願いします!」
「あむ⋯⋯ふぅおおおぉぉ!!」
いちご×チョコ=悪魔的コンビネーション。
“公爵令息の溺愛ルート”より甘い。
甘すぎて鼻血出そう。
私は顔を伏せて、その幸福を全身で受け止める。
「フィオナ、君のことが大好きだ」
「⋯⋯ッ!」
美味しさのあまり、にやにや顔のまま見上げると、さらにとろけるような笑顔が返ってきた。
「そんな可愛い顔、他の誰にも見せちゃだめだよ」
ふふっ⋯⋯アルト様ったら。
けれど、甘い時間は突然終わる。
アルト様の父――この国の宰相様との面談が控えていたのだ。
次の日の晩餐。
私は朝から緊張しすぎて、食事が喉を通らない。
「緊張する」とは言っていたけど、アルト様は私の食べない姿を見てようやく理解した。
「フィオナが食べれないほどって⋯⋯予定、変えてもらおうか?」
「アルト様、それだけは絶対にだめです。私は人形のように座っていますので、お気になさらず」
そして、ついに――その時が来た。
時間になると、背中にネジがあるゼンマイ仕掛けのおもちゃのようなぎこちない動きで私は晩餐会場へと向かう。
宰相・マルケスタ公爵。アルト様の父上にして、この国の実質的な支配者とも称される人物。
そんな彼が、今まさに扉の向こうにいる。
「お父様、こちらがフィオナ嬢です」
アルト様の紹介に、私は深くお辞儀をした。
「本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」
⋯⋯顔は、上げない。怖い。絶対に怖い。国家機密を見たときの気分だ。
「顔を上げなさい、フィオナ嬢」
ひぃっ!
私は覚悟を決めて、恐る恐る顔を上げた。
⋯⋯あれ? 意外と普通?
目元にうっすら笑みをたたえたマルケスタ公爵は、冷徹というよりも、どこか優雅な老紳士といった印象だった。
「君か。⋯⋯なるほど、アルトの言っていたとおりだ。良い目をしている」
「ありがとうございます」
緊張気味に椅子に座っていると、前菜が運ばれてくる。
「フィオナ嬢はカルパッチョが好きだと聞いたよ。だから前菜には生の魚を用意したんだが、大丈夫だろうか?」
私は目の前にやって来た前菜を見ると嬉しさに緊張が吹き飛んだ。
「まぁ、鯛と鮪でしょうか? 素晴らしいですね。先日の舞踏会でも思いましたが、新鮮さを保つ技術⋯⋯魔法でしょうか。その高い魔法技術に驚きました。それから舞踏会のケータリングコーナーのカルパッチョやデザートエリアには弱い氷魔法のようなものが継続して使われておりますました。あれは魔道具なのでしょう⋯⋯か?」
あっ⋯⋯興奮のあまり矢継ぎ早に質問攻めに“しまった”という顔になった。
が、遅かった。
宰相の鋭い視線に私は串刺しになったような気分だった。
「アルト⋯⋯こんなに色んなことを知っている素晴らしいご令嬢がいたなんて驚きだよ。何をどこまで知っているのか、すごく気になるね」
あぁ、この黒い笑顔は父親譲りだったのね。アルト様も“逃さないよ”って顔をしていたけど、私これから尋問にでも合うんじゃないかって気になって全身が震えそう⋯⋯。
そんな私の様子を汲み取ったのか、私と目が合うと優しそうな顔を向けた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。私たちはすぐに家族になるんだから、もっと気を抜いてほしいな。ね、アルト」
「そうですね。早く結婚式を挙げたいです」
すると2人は私の方を見てくる。ライオンの目の前に差し出されたうさぎのような気分になった。返事を間違えれば実家には帰れない⋯⋯。いや、間違えなくても家には帰れないか。
「⋯⋯⋯⋯私もそう思います」
2人はその返事に満足したようだ。
それを聞いた侍女たちが部屋から駆け出していった。
■
そして宰相に気に入られたのか、なぜかアルトと共に海鮮大国のロノイに何度も連れて行かされた。
ロノイの海鮮を目の前で見た私は完全に前世の記憶を引っ張り出してくる。
私には野望がある。
「アルト様、私は海鮮丼を作ります」
「カイセン・ドーン?」
私はアルトが難しい顔をしているのを見て笑った。
「鉄火丼にお寿司も作ってみせますわ」
「テッカ・ドーンにオスーシー。何の呪文だい?」
「それは――」
私がアルトの方を見ようとすると、頰をぱくりと食べられた。
私はあまりのことに顔を真っ赤にして固まった。
「ふふっ本当にフィオナは可愛いんだから」
「もうっ本当にそういうの免疫ないんですから倒れちゃいますよ」
私は必死に顔を赤くしながらアルトに怒ってみせる。
そうすると愛おしそうな顔をこちらに向けたかと思うと、両手を広げてぎゅっと私を抱きしめてきた。
そして耳元でこっそり言った。
「結婚するまでは我慢するからさ」
「アルト様! もう瓶底眼鏡ずっと掛けますよ?」
「瓶底眼鏡? どれどれ俺にも見せて」
以前のやりとりを思い出して私は笑ってしまう。
だから中学生のアオハルみたいなテンションがツボなんだって⋯⋯。
引き出しから瓶底眼鏡取り出すと私からアルトはそれを取り上げ、自分の顔に掛け始めた。
私は面白くなってきて下を向いて笑っていた。
「ほら、フィオナこれで大丈夫。ほら、こっちを向いて」
そこで私は顔を上げてアルトを見るとキスされた。
「――ッ!!」
私は顔から湯気が出るくらい真っ赤になった。
私は頰を膨らませてアルトに抗議をする。
「やっぱり騙されたー」
「ははっごめんて」
あまりにも嬉しそうに笑うアルトを見て私も嬉しくなった。
「もう⋯⋯アルト様⋯⋯ふふっ」
嬉しそうに上がる2人の笑い声は部屋に響く。
その2人の軽やかな笑い声は歳を重ねても楽しそうに続いた。
(おしまい)
それから海鮮大国ロノイへ頻繁に訪れるようになり別荘も出来るほど。そしてお互いの国に友好関係が築かれると、末永くその関係は続く。
私は港に足繁く通い海鮮丼を作り上げた⋯⋯が、反応はイマイチ。私はめげずにお寿司にも前世の時よりも少し丸みをもたさて可愛く仕上げる。
すると私の侍女はとんでもないものを作り上げた。それは“タマゴットシャーリーちゃん”と言うしゃりが黄色のランドセルのようなタマゴを背負ったゆるキャラ。
世界初のマスコット爆誕。世界中が注目。私もタマゴットシャーリーちゃんが気に入ったので、ぬいぐるみを作ってもらった。
そのうち私とアルトの第一子が誕生。
私はタマゴットシャーリーちゃんの着ぐるみを息子に着せて、国民に息子の誕生を報せる。
それ以降、息子の誕生日はタマゴットシャーリーデーとなり、その日は皆でタマゴットシャーリーちゃんの着ぐるみを着る日になった。
その莫大な経済効果はすぐに国の繁栄として現れ始める。
そして遠い未来に私は影で“ロノイの母”と呼ばれることになるのはまた別の話――。
お読みいただきありがとうございました!