9話 希
希は、中学2年生。
希には、2歳上の兄がいる。
希と兄は、母と車上生活をしていた。
それが困難になり、保護された。
母は、居所を転々としていたが、行方不明となった。
希は、見た目も真面目そうで大人しい子だった。
1人だと愚痴も言えないけど、誰かと一緒だと愚痴を言ってくれる。
でも、1人だと思っていることを言うことはない…
そんな、希だけど…
時々、誰かと喧嘩をする。
というか…たいていの子は、希が怒っているけど
どうしてだろう?と最初に言ってくる。
でも、それとなく希に聞いてみても
希は、怒っていないと言う。
「別に怒ってないのに、相手が勝手に言ってるだけ…」
希は、相手にそう思わせている事を、気付いていない…
希は、前年の職員の中で好きな先生がいたが…
私が入った翌年に、その先生は退職してしまった…
私は、1年目と2年目に希の担当になった。
担当になると、支援計画書を作ったり…
誕生日やクリスマスのプレゼントを買いに行ったりする。
本人の希望を聞いて、それを買いに行くのだが…
これも職員によって買って来るものが違うから、文句を言われることも多く、結構大変…
私は、細かく聞いて買いに行くから良かったみたい。
いつも喜んでくれた。
希から…
「先生は、絶対にやめないでね」
そう、言われた…
希は、高校は普通科に行きたいと思っていた。
でも、実績がない高校に受験はさせてくれない。
通える範囲の公立高校の普通科を受験したけど…
そこは、偏差値も高く…
推薦入試では、不合格だった。
それでも、めげずに一般入試も受けたけど…
結果は、不合格…
私立高校の普通科に行くことになった。
1学期の終わりにあった個人懇談は、私が一緒に行くことになった。
先生の話では、真面目な生徒で困らせるようなことはしないとのこと。
自分から話し掛けて友達を作る感じではないけど…
友達は、数人いると聞いて安心した。
周りの保護者から見ると
私は、母に見えたかな?
希に、父の記憶はあまりない。
でも、昔この辺りに住んでいたと教えてくれて…
2人でマップを見たことがある。
母からは、相変わらず何の連絡もなく…
どこにいるかも分からなかった…
それから、希には伝えられなかったけど…
希の母は、過激な人だったようで
住んでいた市役所に、過激な文章を送っていたことが分かった。
精神的に病んでいる人だったようだ…
もしかしたら、行方不明の母が希の前に現れるかもしれないから注意して欲しいと児相に言われた。
「もし、お母さんが希に会いに来たらどうする?」
と聞くと…
「もし、お母さんが来たとしても、もう誰か分からないと思う」
そう、答えた。
希は、大人を信用しない。
そんな希が、辞めないでと言っていたのに…
私は、辞めてしまった。
同期に聞いた話だと…
希は、学校に行かなくなったそうだ。
施設では、高校に行かない場合は他の施設に行くことになる。
希は、母のこともあるから
街中の施設に変わるわけにはいかなかった。
施設は、これまでオッケーを出さなかった通信の高校に
転校することを了承したらしく…
通信制の高校に通っていると聞いた。
通信制の高校を卒業できればいいんだけど…
希は、兄のことが大好きだった。
希は、口には出さなかったけど…
それでも、母がいる友達を見ると羨ましかったこともあると思う。
希が、母に振り回されずに…
1人の力で、生きていけるようになりますように…