氷かき
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやくんは、「氷温食材」というものを味わったことがあるだろうか?
水は0℃で凍り始めてしまうが、これが野菜や肉などになると、0℃よりも低い温度から凍り始める種類もある。
トマト、リンゴ、カニ、サクランボなどなどだ。
この0℃から、それぞれの凍ってしまう温度の間の環境を「氷温」と称し、そこに置かれた食材を「氷温食材」というのだそうだ。
冷蔵と冷凍のはざまに置かれた食材たちは、凍ってたまるものかと、自らが蓄えるたんぱく質などを分解。糖やアミノ酸に変えていくことによって、うまみを増していくのだと。
ある視点でとらえれば、わざと凍死のような状態に追い込む、残酷な所業。
ある視点でとらえれば、それぞれの材料のポテンシャルを信じた、限界までの追い込み。
醜悪にも愛情にも取れる、人間の食へのこだわりが見え隠れするな。
しかし、このこだわり。何も人間ばかりにとどまらないかもしれない。
他のものもまた、人目に付きづらいところで同じようなことを行っている。あわよくば、自分のプラスにせんがために。
私も小さいころに、ちょいと不思議な経験をしたことがあってね。
そのときのこと、聞いてみないかい?
私の地元では、9月のなかばを過ぎるあたりから、ぞくぞくと柿が市場に並んでいく。
小さいころから食べ慣れているものだし、私を含めた子供たちも、柿は嫌いではなかった。
それでも家で出される、切って盛られたものでは、いささか物足りない。
私たち、子供の間では「氷かき」こそが人気だったんだ。
――なに、かき氷? 違う違う、「氷かき」だ。氷がサブで、かきがメイン。OK?
キンキンに凍った柿が、その対象さ。
家で冷凍保存した柿もできなくはないが、私たちはそれを野外。枝からもいで、すぐの状態で味わうことができていたんだ。
ただし、子供たちだけに共有された、秘密の方法でね。
私たちが氷かきを食べたいなと思うとき、学校の裏手にある小山へ向かう。
普通の柿で構わないなら、このままずんずんと登っていけば、中腹以降にかけて、ちらほらと樹木を見ることになろう。
けれど、氷かきに出会おうと思ったら、ワンクッション置かなきゃいけない。
いつも私たちが使う、草ののいた獣道の入り口。
そこから西に11歩、北に6歩の進んだ、背の高い茂みの中に、小さな塚があるんだ。
ひざ下程度までしかない、コンパクトなものだけど、ほんのり盛られた土の小山に、縦長の石が突き立っている。塚でなければ、お墓も容易にイメージができた。
その前で、くるくるくると右回りに3回回ったうえで、ぴょんぴょんぴょんと3回跳ぶ。
足元がふらつくかもしれないが、これをしてからけもの道をのぼっていくと、くだんの「氷かき」を枝に鳴らせる、柿の木へたどり着くことができるんだ。
試しに、塚の前で回る人と回らない人が一緒に歩いた場合、木に出会うことはできないが、氷かきそのものは現れる。
塚前で回っていないほうの頭へ、ゴチンと音を立てて、落ちてくるんだよ。
これが、とっても痛い。
血が出たためしこそないが、当たったところをおさえて、うずくまらざるを得ないほど。
仮にずっと頭上を見やっていたとしても、唐突にあらわれたとしか思えない速さで落下してきて、目なり鼻なりを遠慮なく殴りつけてくるんだ。
その落としてくる主の姿は、満足に見ることができない。
この奇怪なお仕置きを味わうと、自然とみんな、山登りの前に塚へ足を運ぶわけ。
ちゃんと塚前で手順を踏むと、柿を落とされることのないまま、「氷かき」の樹の前まで来ることができる。
特定の一本の樹じゃない。何本も生える樹のうち、こちらへいい具合に垂れ下がっている枝に「氷かき」が成っているんだ。
その身のほとんどが、霜の降りたように白く染まっているんで、初見でも他の柿と区別するのは難しくない。
私たちは、めいめいでそれらをもぎ、口へ運んでいく。
家で冷凍させた柿も、シャーベットに近い食感を持つが、含まれる甘みではこの「氷かき」に及ばない。
もし、今の大人の味覚であれば、量を食べることかなわずギブアップしかねないほどの甘さだったな。
それを若さに任せ、私たちはぺろぺろと平らげる。
氷かきの存在を知ってから、私たちは家でお菓子を食べることはなくなったよ。それだけ年中食べていたい代物だったんだ。
そうして、ささやかな幸せを味わっていたある日。
私たちの学区で、火事が起きたんだ。
稲刈りを終えたあと、作った「はさ掛け」の一角から火の手があがり、みるみる広がっていったらしい。
せっかく乾燥中の稲を燃やされちゃかなわない。けれども、バケツリレー程度で収拾がつくような勢いでもない。
風に吹かれてなびく炎は、小屋ほどの高さて、生身で近づこうにも容易にはいかなかった。消防には連絡したものの、駆けつけるまでにどれほどの被害が広がることか……。
そう、まわりに住まう人々が手をこまねく中。
コチン、コチンと彼らの頭を打ったのは、冷たい氷を思わせる感触。けれども、ぶつかったところには、かすかに柿の香りをかもす、軟体がへばりついている。
氷かきたちだった。
彼らはなお火の手をあげる、はさ掛けらにも次から次へ降り落ちていったんだ。
文字通り、彼らがその身を燃やし尽くすのと引き換えに、火の手はみるみる勢いを弱めていく。
そうして消防車が駆けつけたときには、ほんのわずかな小火を残す程度にまで、被害はおさえられていたのだそうな。
氷かき。もしかして、あのような災害に備えたストックだったんじゃないのか。
そう考えると、私含めた面々は、氷かきを喜んで食するのははばかられるようになる。
それを裏付けるために、引き続き、塚の前で手順を踏んだ子たちが氷かきを求めても、もうけもの道は、氷かきのもとへ彼らを導くことはなかったのだそうな。