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猊下の妻が悪女のオレで良いんですか  作者: 兎丸
第1章【慈愛は嫉妬に呑まれない】
6/6

3話『無知のオレが夫の補佐で良いんですか』

※誤字脱字などがあったらすみません。

やっと書けました。知識が足らないので調べたりしてたらまとめるのに時間がかかりました(涙)

いっぱい新しい人が出ます。ジョンは推し画家の名前を借りました。良いキャラになったと思います。

よろしくお願いします。

 神聖イブリー帝国は、聖人(スピリッツ)が治める国であり、9つの地域に分かれ、40の集落を持つ。首都であるレームは帝国の中心にあり、そこを囲むように残りの集落は点在する。

 また、この帝国は神を皇帝とし、神の代弁者となる教皇が統治する国である。そのため、国を運営するのは枢機卿や大司教であり、領地などを管理するのは貴族だけでなく、司教や司祭も携わるものとなっている。

 聖人(スピリッツ)人間(ヒューマン)と同じ見た目だが、肉体を構成する物質は相異なる。基本的に人間(ヒューマン)と同じように老いるが、肉体は常に最全期の状態を保っている。

 また、定められた死以外で死ぬことができないため、中には何万歳になる者もいる。平均寿命は森人(エルフ)のように不明と記され、不死と思われがちである。


 "彼"はそんな聖人(スピリッツ)の国にアクシルの妻として移り住むのだ。

 

 

 カタカタと揺れる馬車の中で目を覚ましたエリザベートは、ぽやっとした意識で窓の外を見た。そこは青々とした作物が健やかに育つ田畑を持ち、草原には牛や羊などが放牧され、働く者の笑顔が絶えない場所だった。

 

 「ここがエラム地方……」


 エリザベートは目を輝かせて外を眺める。王都では見ない風景、"彼"の故郷でも珍しい情景はエリザベートの目に癒しを与える。

 すると、目の前に座るメイドの少女たちがそれを見て、微笑むように笑った。


「まだ、アクシル猊下の家があるハリール領には程遠いですが、エラム地方は自然が豊かで良いですね」


「話によれば、其処は芸術が盛んで、有名な芸術家が持つ工房もたくさんあるとか」


 エリザベートの関心に言葉を投げかけた彼女たちは、急ぎエリザベートに付いて行くこととなった世話係である。1人はオパラン色の髪を持つ人間(ヒューマン)のマリー、もう1人はルージュ色の髪を持つ人間(ヒューマン)のイルマ。彼女たちはエリザベートが幼い頃から世話係として公爵家で働いていた、とても優秀なメイドたちだ。

 また、付いて来た者としては、護衛として馬車を先導するキャビア色の髪を持つ獣人(セルアン)のハイネもいる。彼は最近公爵家に使えるようになった、新米騎士の男だ。兎の耳が特徴的である。

 エリザベートはそんなは3人と共に、翌日の明け方、迎えに来たメディシス家の御者と共に、早々とこのエラム地方に逃れたのだ。


〜回想〜


「――私の妻になってください」


 エリザベートの姿を借りた"彼"は顔を真っ赤にして混乱した。本当に自分で良いのかと質問すれば、にこりと笑顔を返され、またも顔が赤くなる。


「……アクシル猊下、本当に娘と結婚するのですか?」


 突然の出来事に棒立ちしていたエリザベートの父が、エリザベートを抱き寄せて守るように質問をした。

 それもそのはず。可愛い愛娘は大好きな婚約者に傷付けられたばかり。また、相手は枢機卿だ。聖女主義者であろう聖人(ヒト)に、聖女を殺そうとした彼女を預ければ何をされるかと不安なのだ。


「私は、最終的に自分の間違いを認め、改心をしたエリザベート様を尊敬します。それは簡単なことではありません。己の非を認められる者は、清き心を持っている証拠です。貴方はとても素敵なヒトです」


 アクシルは深々と頭を下げる。


「ポモルスカ公爵様、公爵夫人様。神に誓い、私のこの身、この心を彼女に捧げます。どうか、彼女を私の最愛にしてください」


 エリザベートの父と母は焦る。ここまでの誠意を見せられたら、なんと受け答えをするべきか。娘は真っ赤な顔で黙っている。嫌ではなさそうだ。国外に頼れる伝手はない。この提案を受け入れるのが最善だろうか。数分考えたエリザベートの父は、エリザベートにお願いをして良いかを確認し、複雑そうではあるがそれを受け入れた。

 

 こうして、"彼"はアクシルと結婚することになった。

 


「それにしても、枢機卿て結婚できるんですね」


「神に全てを捧げてる聖人(ヒト)たちだからか、家庭を持つことは禁止されてそうなイメージはありますね。でも、教典には子を成すことは神との縁を繋ぐこととして喜ばれ、妻がいる枢機卿は彼らの中でも信仰心が高い者とされ、その中での序列も高くなるそうです」


 エリザベートの戯れな言葉にマリーが答える。アクシルは自分の地位を高めるためにこの形で自分を引き取ることにしたのかと思い、複雑な気持ちになった。それを読み取ったイルマがもしそうならば私が猊下を殴りますよと言う。マリーもすかさず同じと言った。頼もしい家臣たちである。

 急に同伴させたことを謝れば、マリーとイルマはエリザベートの側にいられることが嬉しいので迷惑ではないと言う。エリザベートはとても素敵な家臣が側に居たと確認し、嬉しくなった。


「それで、お嬢様はアクシル猊下のどこが好きなんですか? やっぱり顔ですか? 綺麗でかっこいいですもんね〜」


「身分だって高位貴族ですし、枢機卿でありながらメディシス家の当主でしょう? ハリー王子殿下には劣るけど、かなりの優良物件よね」


 2人はニヤつきながら友人の如くエリザベートに返答を求む。"彼"は求婚で抱いた感情を否定したくなり、「別に好きじゃございません!!」と顔を赤くして焦る。しかし、恋バナに花を咲かせようとする女性2人の圧に負け、困りながらも素直な気持ちで答えた。

 

「……ま、まぁ、かっこいいです、わね! 家柄も、文句ないですし! ……優しいですし! 笑顔が素敵ですし! 気が合いますし! 話をちゃんと聞いてくれて! 馬鹿にしたりせず! むしろ、受け入れてくれた、の、ですから。……あ、オ、」


 彼は何を言っているのか分からなくなり、黙りかける。この提案は彼が自分を気遣って上げたものだ。本当に気持ちがあるものではない。それなのに、"彼"はポロポロと口から出た彼を好きと思ったところに恥ずかしくなる。


「ろ、路頭に迷うかもしれないところへの素敵な提案だもの! 申し出を断る意味がわかりませんよね!!」


 ニヤニヤと楽しそうにする2人を見て、強制的に話を終わらせることにした。

 


 しばらくして、馬車は大きな屋敷に停まった。どうやら、メディシス家に着いたようだ。馬車を降りれば、屋敷の大きさに合わない数人の使用人と貴族の女性が出迎えてくれた。

 

「お待ちしておりました。エリザベート・フォン・ポモルスカ様。この度は我が伯爵領の主人としてメディシス家に嫁いでくださったこと、とても嬉しく思います。当主の姉、ルディア・バルビエーリです」


 豪華なアクセサリーと細やかで鮮やかな刺繍が施されたドレスを身に纏う女性はアクシルの姉であった。アクシルと同じ色の長い髪はシニヨンで纏められ、とてもキリッとした印象を与える。

 アクシルから聞いた話では、メディシス家は4人兄弟であり、アクシルには兄と姉、そして幼い弟がいるそうだ。しかし、悲しいことに、兄は母親と共に既に他界し、今は父親も屋敷を去っている。

 姉は結婚をしたが、弟を手伝うためにメディシス家を離れてはいない。そのため、屋敷には姉の夫と2人の子どもも住んでいる。


「只今、アクシルは聖下に謁見中でして。もう暫くしたら帰宅しますわ」


 急遽、アクシルはミスラン教皇に会いに行くこととなったようだ。結婚することの報告だろう。何やら忙しくさせてしまったと申し訳なくなる。

 メディシス家の家臣たちがマリーとイルマを連れてエリザベートの荷物を屋敷に運ぶ。また、ハイネも早々に騎士団に合流させられた。


「長旅で疲れたでしょう。ひとまず、お茶をしながらお話しましょうか」


 ルディアがエリザベートを応接室に案内する。応接室に着けば、既に軽食が用意されていた。しかし、俗に言うアフタヌーンティーのようなものではなく、飲み物はコーヒーであり、食べ物はライ麦パンとソーセージだった。甘いものが苦手な"彼"としてはありがたいメニューである。


「素朴なものでごめんなさい。家は男ばかりだからお菓子の用意が少なくて」


「いえ、こちらの方がありがたいですわ」


 弟のチーズケーキなら用意できるかもしれないとルディアは言った。応接室の外を見て家臣を探したが、手が空いている者がいなかった。


「ごめんなさい。夫と息子たち、弟に呼びかけながら用意するわね。寛いでて」


 ルディアが席を外し、応接室に1人で待つこととなった。コーヒーに手をつけ、ホッと一息つく。

 待つ間、"彼"は何度もアクシルの求婚を思い出す。そして、何度も彼にはそんな気持ちはないと否定し、自分もその気は起こさないと思う。


「……変なことを考えてないで、推しの妄想でもするか。ひぇ〜、ちゃんと夜会に参加する気はあったんだなぁ。ユミルと仲直りできたかねぇ。シナリオ通りにアスモデウスを鎮めるまで不仲かな」


 "彼"は深く妄想に浸り、独り言が止まらなくなった。


「全く関われなくなっちゃったし、最後に匂いでも嗅げば良かったな。金木犀の森人(エルフ)が母親とか、本人も絶対良い匂いなんだろうなぁ」


 妄想に耽てれば、ガチャリとノックなしに扉が開いた頃に正気に戻る。口から垂れた涎を急いで拭った。


「何々、義理の妹は貞操概念が緩い感じか?」


 シトロン色の髪を持つ30代くらいの肌が焼けた男が中に入って来た。男は禁断の恋愛は絵になるよなと呟きながらエリザベートに近づく。"彼"が驚き混乱すれば、夫差し置いて森人(エルフ)の紋無しに執心中とは義弟が可哀想だと言う。


「紋無しって呼び方やめろよ! 本人めっちゃプレッシャーで死にそうなんだからな‼︎」


「他の王子はちゃんと紋が身体にあるのに、彼だけ未だにないんだろ? てか、もしかしなくても王の子どもじゃないんじゃね?」


「お、おまっ……」


 エリザベートは我に返り自分の話し方に後悔し、また、酷く焦った。

 男は大笑いをしてエリザベートが座るソファの隣にある椅子に座る。椅子の背もたれを前にし、そこに寄りかかってエリザベートとの会話を続ける。


「アクシルも面白い女を連れて来たな。で、推しってのは愛人とかではないんだっけか」


「そんなんじゃないですよ。猊下にも説明したんですけど、推しはポジション的には子どもです。幸せになってくれです。相手は自分じゃなくて良い」


 "彼"は冷め切らない熱に浮かされ、まだオタ活に浸っていた。


「配偶者は推しにならないのか?」


「配偶者は生涯共に幸せになりたい人で、応援だけじゃなくて、自分とどうなりたいかが重要になるものだと思ってる、ので、私は配偶者とは推しでは納められない存在、と思いましてよ!」


 熱が冷めた"彼"はようやくエリザベートになった。

 男はベクトルが違うのかと言い、エリザベートを見つめる。


「な、なん、ですの?」


「お前さんは義弟(おとうと)とどうなりたいのよ」


 "彼"は思考を停止した。そしてすぐ、アクシルを思い浮かべてはあの言葉を反芻し顔が赤くなる。



「やはり、七賢人からは嫌われてしまったのですね」


「聖下はエリザベートの味方ですから、何も問題はありませんよ。騒いでいるのはたかが貴族です。メディシス家が陥れられることはありませんよ」


「別にそれを気にしてる訳じゃないわ。ただ、彼女が不憫でならないのよ。何故、結婚なんて」


 礼拝堂から戻ったアクシルが弟と、ルディアが子どもたちと手を繋いで、共に会話をしながら応接室にやって来た。


「……側に居て欲しくなったんです」


 アクシルが扉を開け、応接室に入ろうとする。


「だからそれは気遣いであって本当にオレが好きってことじゃないー‼︎」


 エリザベートが1人で叫びながら騒いでいた。それを見たアクシルは静かに驚き固まる。また、ルディアと彼の弟も同じように驚くが、ルディアの子どもたちは身体を震わせて泣き出す。そして、エリザベートの始終を先に見ていたルディアの夫は大声を上げて笑っている。


「……ご、ごめんなさい‼︎ 私ったら取り乱して」


 アクシルたちが来たことに気づいた"彼"は急いで淑女を振る舞う。


「アクシル、お前の嫁さん凄い面白いな。てか、お前のことマジで――」


 しかし、"彼"はエリザベートの身体を乱暴に動かし、ルディアの夫に飛び付いてはすぐに淑女の振る舞いを解き、ポカポカと彼を叩きながら言葉の続きが声に出されるのを防ごうとし騒ぐ。それを見れば、更に子どもたちは泣き、遂にはアクシルの弟までも泣き出した。


 

 幼い者たちが泣き止み、全員がそれぞれ席に着けば、改めて挨拶をし合うこととなった。


「改めて、彼女は姉のルディアです。そして、こちらは弟のエヴァリスト。で、貴方を揶揄(からか)っていた彼が姉の夫で人間(ヒューマン)のジョヴァンニです」


「はい、どうも。義兄(にい)さんになるジョヴァンニです。本職は画家だよ」


 アクシルが彼らを紹介し、エリザベートは丁寧に挨拶をする。ルディアの息子のディックとレナードの紹介が終われば、改めてアクシルの妻になったことを含めて挨拶をする。

 

「先程はお見苦しい姿を失礼しました。アクシル様の妻となりました、エリザベートです。これからよろしくお願いします」


 "彼"は少々恥ずかしがりながら、アクシルをしっかり支えたい旨を伝える。そうすれば、ジョヴァンニがとても嬉しそうに返答をした。


「やっとよく分からん書類確認やらから解放されるぜ。よろしく頼むよ、伯爵代理」


 "彼"はその言葉に疑問を持った。何故、自分の挨拶を聞き、この男は喜ぶのか。伯爵代理とは何か。

 一体何の話かと質問をすれば、「奥様はアクシル猊下のために伯爵の仕事をやるんだよ」と言い、持っていた煙草を咥えて応接室を退出した。


「……伯爵の仕事って?」


「……」


 アクシルはそ知らぬ振りでエヴァリストと戯れて目を合わせない。"彼"は静かに圧をかけるが、アクシルは絶対にこちらを見ない。すると、それを見ていたルディアは、囁やかに咳払いをして説明を始めた。


「実のところ、アクシルは枢機卿の仕事だけで手一杯なのよ。だから、伯爵としての仕事が厳かになっていて、その、税収率の検討やら、建設の話やら、諸々の対応ができてなくてね」


 昨今、聖女の誕生により宗教的行為が盛んになった。そのため、枢機卿たちは国の運営をしながらそれらに力を入れなければならない。そんな理由でか、アクシルは伯爵の仕事まで手が回らなくなったそうだ。


「こんな時にアクシルが妻に迎えた方だから、ジョンってば仕事ができる女性だと喜んでしまって……」


 "彼"は旦那様と声を低くしてアクシルに問いかける。アクシルは観念して"彼"と目を合わせ、小さな声で"彼"に答えた。


「リサは元の世界で行政に関わる仕事をしていたのでしょう。だから、できるんじゃないかなと」


「一般企業の法務部に勤めてるって話か。知識ないから勉強してるって言わなかったか」


 ゲームの世界であれ異世界のもの。さっぱり分からないような状態だ。そんな"彼"に伯爵の仕事ができるのか。

 アクシルが申し訳なさそうに謝罪する。まるでその姿は、子猫が助けを求めるようにこちらを見ているものに似て、心が締め付けられる。

 エリザベートは大きなため息を吐き、ルディアを見て、顔を引き攣らせながら笑顔で言う。


「……お任せになって」

次回⇨ 4話『義理の兄がオレの相棒で良いんですか』


更新:2024/9/17(内容の修正)

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