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猊下の妻が悪女のオレで良いんですか  作者: 兎丸
第1章【慈愛は嫉妬に呑まれない】
3/6

1話『男のオレが悪役令嬢で良いんですか』

本編第1話です。オレは誰なのか。なぜ悪役令嬢になったのか。最推しって誰よ。最後の人は。と疑問がいっぱいの話です。

※誤字脱字などがあったらすみません。

 キラキラと輝くシャンデリアに目が眩む。ぼやけた視界は曖昧に周囲を確認し、数多の人型が自分を取り囲むように立っていることを知る。

 そして、その人型の中で、何やら自分と同じような状態の、ブロンド色の髪の男が大きな声で話しを続ける。

 

「――して、エリザベート・フォン・ポモルスカ。誠に残念だが、(わたし)は貴殿との婚約を破棄する。そして、貴殿を聖女の殺害未遂の罪で、国外追放とする!!」


 突然の宣告。これはなんの夢だろうか。エリザベートとは誰か。聖女の殺害未遂とは。何故、目の前の顔が整った人間は、自分に国外追放を言い渡すのか。全く、理解が追いつかない。

 混乱に支配された"彼"は、綿毛のようにふわふわしたキャメル色の長い髪を揺らして、エメラルドグリーン色の瞳をキョロキョロと動かし、なんとか現状を理解しようとする。

 目の前にいる人物は、何やら見覚えがある姿をしているが、未だ視界はぼやけているため、誰だかを確認し切れない。こちらから情報を得るのは後回しにしよう。

 周囲を大雑把に見渡した。豪華な装飾が施された建造物は、様式を見るにバロック時代のものだろうか。全体の様子からして、ここはパーティーなどを行う空間だろう。

 参加者は皆、服装やら仕草から貴族ではないかと予想ができた。近くにいた女性のドレスを見るに、ゆったりとしたシルエットに贅沢なアクセサリーが多く施されたそれが、やはりここはヨーロッパの17世紀くらいをイメージした場所だろうと思わせる。


「エリザベートよ、聞いているのか!」


 やっと視界がはっきりした時、先ほど"彼"に向かって怒りをあらわにして国外追放などと叫んだ男が、ロイヤルブルー色の瞳で睨み、またも大きな声で話し出す。

 なぜ、このイケメンは自分に向かって話しかけてくるのか。それにしても、好きなゲームのキャラクターに似た男だな。


 ここで理解した。()()()()()()()()()()()()()なのかと。

 そして驚いた。目の前にいる男はハリー王子ではないか。


 目の前にいるハリー王子は、周囲にいる外野に溶け込んだ、"彼"もよく知る男たちの近くにいた女を連れて来た。男はペールピンク色の髪を持つ少女抱き寄せ、自分(エリザベート)を指差しては、つらつらと語り始める。


 「君は、セシリア・フランソワ・テレズを故意に階段から突き落とした。また、それまでに多くの悪事を働いたことも、調べがついている」

 

 ここで、"彼"は確信した。セシリア・フランソワ・テレズの名前を聞き、目の前の少女の姿を確認し、ここが『セシリアの花が咲く』の世界であることを。


 なんてことだ。大好きなゲームの世界にいるではないか。こんな夢みたいなことはないぞと思ったと同時に、"彼"は一瞬で困惑した。


「……待って、オレが悪役令嬢なの?!!」


 拍子抜けするように、周囲には理解ができない謎の言葉を叫んだエリザベートは、慌てて口を両手で覆い、恥ずかしそうに肩をすぼめる。

 なんと、気が付いたら驚くことに、"彼"は大好きなゲームに登場する悪役令嬢、エリザベート・フォン・ポモルスカになっていたのだ。


 

 『セシリアの花が咲く』は、"彼"が最も好きなゲームのタイトルである。

 セシリア・フランソワ・テレズは、このゲームの主人公であり、世界を蕃神から救う《聖女の力》を持った少女である。修道院で暮らしていた時、慈善活動で訪れたエリザベート・フォン・ポモルスカ公爵令嬢に連れられて、メイン舞台であるリベラル・ロゼ魔術学院に入学することとなる。そして、セシリアは学院にいる5人の男性を攻略し、《特殊能力(ユニークスキル)》を習得して、《聖女の力》を覚醒させ、蕃神の破片を討伐するのである。

 そう、"彼"はこのゲームに登場する、後に蕃神の破片Ⅶ【嫉妬(レヴィアタン)】の依代となってセシリアに討伐される、エリザベート・フォン・ポモルスカになっていたのだ。

 エリザベートはエトワテーレ王国の公爵令嬢であり、セシリアの攻略対象であるエトワテーレ王国の人間(ヒューマン)ハリー・アメリア・ド・ラ・ラルフォンス王子の婚約者だ。ハリー王子のことは恋愛的な感情を持って好いており、セシリアがハリー王子との親密度を上げる度に、セシリアと仲違いをしてしまうキャラクターだ。セシリアのことは友人として好いているが、大好きなハリー王子を奪う存在に思え、物語の中盤、蕃神の囁きに従って彼女を殺そうとしてしまう。そして、現在のように、ハリー王子に学園の大イベントである夜会にて断罪されるのである。

 そして、大好きなハリー王子に嫌われ傷心している最中、セシリアにも「私たちは友達じゃなかったんですね」と言われ、エリザベートはクジラの化け物に変身をし、学園の一部を破壊して逃走する。


 ここまでが、"彼"が目撃することとなるゲームの内容だ。

 と思ったが、これはシナリオ通りならばのこと。



「何、意味の分からない奇声を上げている! 貴殿は状況を理解しているのか!」


 "彼"、いや、エリザベートに話しかけていた男、ハリー王子が怪訝そうに復唱した。

 エリザベート・フォン・ポモルスカは、聖女を殺そうとした。残念ながら、私欲で人を殺そうとする者は王妃にできないため、ハリー・アメリア・ド・ラ・ラルフォンスは、エリザベート・フォン・ポモルスカとの婚約を破棄する。そして、国の害になると判断したため、エリザベート・フォン・ポモルスカは国外追放とする。

 と。


「国外追放で済んだのはセシリアのおかげだ。ありがたく思うが良い」


 ハリー王子は息を整え、最後に問いかけた。


「……異論はないな?」


 ハリー王子が悲しそうな声で、エリザベートに聞いた。

 "彼"はハリー王子がこんな声でエリザベートとの会話を終わりにしたのかとしり、涙した。そして、エリザベートに代わって、己の意思に従い、笑顔で答えた。


「ございません」


 少しの沈黙が空間を支配した。そして、ハリー王子は腑抜けた返事をする。また、ハリー王子の側にいるセシリアも、周囲の皆も、不思議そうにする。


「……もっと、こう、抵抗すると思ったが、あっさり認めるのだな」


 ハリー王子は想定外の返事に、その意図を探ろうとエリザベートに質問する。


「……いや、オレはアンタのことあんま好きじゃないので、エリーさんみたいに騒がないというか」


 夜会に参加した全員が言葉を失う。エリザベートは何を言っているのか。ハリー王子のことが好きだったんじゃないのか。どうしてそんな返答をするのか。理解ができていないようだ。

 そんな雰囲気を出されても仕方がないじゃないかと思いながら、エリザベートはめんどくさそうにため息を吐く。そして、"彼"はゲームをプレイしながら思ったことを述べるように、早口で喋り始めた。

 

「あのね、ハリー王子の行動は国を想ってのことだし、エリーさんが王妃に相応しくないって感じたのならしょうがないと思うんです。ここまでの展開で、まあ、エリーさん可哀想だなとは想ったけど、殺人未遂とか結構やっちゃいけないことはやったし。虐めだって中々ハードだったし。オレとしてはこうなるのは当然だよなって感じだし、だから国外追放に異論はないです。むしろ、セシリアさんのお慈悲に感謝しかない」


 エリザベートは両手を顔の前で合わせ、参拝するようにセシリアに礼をする。

 そう、エリザベートは結構な悪女なのだ。学園内ではセシリアを容赦なく虐めた。まず、ハリー王子の最初の親密度上げ小イベント成功後、エリザベートはセシリアを奴隷のようにこき使い出した。平民は貴族の言うことを聞くのが当然と言い、雑務を変われやら命令するようになった。そして、ハリー王子が【忠義(ミカエル)】の力を扱うための武器《孔雀の剣》を入手後、虐めをエスカレートさせる。ゴミを処理してと腐った食べ物を食べさせたり、水を飲ませてあげると池に顔を沈めたり、とても許せないことをするようになった。慈善活動をしたりと民に慕われるような行動をしていたエリザベートだが、この点に関しては本物の悪女だと思える。例え、蕃神が関わったことが原因だとしても、根は良い子だと弁明をされても、ハリー王子は婚約を破棄するべき相手だと感じたほどのものだった。

 だから、この結果は当然なのだと考えた次第だ。


「でも、まだ婚約者って関係にあるエリーさんがいるのに、普通にセシリアさんを口説く王子は、もっと無理ですかね。同じ男として、許せないなって思うんです。ちゃんと、エリーさんとの関係を絶ってから、セシリアさんには触れてください」

 

 そして、"彼"はエリザベートの感想を終え、次にハリー王子について話し出す。


「全然、キャラとしては好きだし、ハリセシ(ハリー×セシリア)も美味しいんだけど、何度もゲームをプレイして感じたんだ。ここだけはマジで受け止められない!!」

 

 本当に好きなゲームのキャラクターだからこそ、苦手な部分もはっきり述べられる。セシリアと仲良くなる度にイラッと感じた、ハリー王子の分別なき行動。これは全く褒められたものではないと思えた。

 例え、エリザベートが歴とした悪女でも、婚約者という関係を持ったまま、セシリアに愛していると告白するのは如何なものか。

 ハリー王子は小イベントでベスト回答を選ぶ度に、セシリアに愛していると言う男であった。もちろん、この言葉は彼にとって挨拶がわりのようなものであり、セシリア以外のモブにも使われる言葉だったため、彼の中では親しい人には共有するものと考えられていたのだろう。しかし、エリザベートには一言も言わなかった。作中では何か意図があって使われないのかと思ったが、設定集やら雑誌のインタビューなどで言及されなかったため、とてもモヤっとした部分である。忠義は分別が欠けるという設定の影響だろうか。それにしても酷い男だ。悪女なら傷つかないと思ったのか。エリザベートがセシリアを虐めた原因はお前にあるぞ。


「王子のことは、ゲームのキャラクターとしては好きです。でも、恋愛対象となれば話は別だ! 誰がお前みたいなクソを好きになるか! このすけこまし‼︎」


 長々と説明的な感想を終え、自分の思いを豪語した"彼"は最後に「セシリアさんの顔を見ろ! 困ってるだろ!!」と怒った。そして、フリフリとドレスを振って、パーティー会場から退出する。

 皆が唖然としていたため、エリザベートはするりと其処を抜け出した。


 正門にて、ゲーム内の最推しとすれ違ったが、オタ活はせず、去ることにした。

 金木犀の香りが鼻を擽る暇もなく、エリザベートは闇の中に消えた。



 *



 さて、夜会から抜け出した"彼"は、酷く悩んでいた。なぜならば、エリザベートの記憶を頼りに家へ戻ろうとしたはずなのに、何故か森の中を彷徨うこととなったからだ。

 エリザベートよ。王妃になる予定の女だったのだろう。国の地図とか、自分が行き来する場所の道くらいは覚えておかないか。いや、ポモルスカ家の馬車を見つけられず、歩いて帰ることを選んだ自分に非があるか。

 "彼"は転生前に得た知識を使って、自分がどこにいるのかを考える。まず、ここが『セシリアの花が咲く』(以後『セシ咲く』)のメイン舞台となるリベラル・ロゼ魔術学院がある場所、エトワテーレ王国の首都トラスリールならば、3時間近くかかって辿り着いたこの森は、神聖イブリー帝国に繋がるセラの森であろう。『セシ咲く』のラスボスである蕃神の破片Ⅰ【憤怒(サタン)】が目覚める場所であり、白い百合の花畑がある場所だ。


「サタンが目覚めると百合の花が真っ黒に染まるんだったな。あの背景スチルは中々にかっこよくてX(イクス)のヘッダーにしてたな……」


 ゲームの思い出に浸りながら、"彼"は、大きな独り言を溢してため息を吐く。

 それにしても、何故、自分はエリザベートに転生しているのか。自分は男であり、普通のサラリーマンだったはず。ただの『セシ咲く』のファンであり、これといって秘めた才もないのに。何故、悪役令嬢に転生したのか。エリザベートに似るエピソードなどが背景にあるわけではないのに。いや、もしや、あれはどうだろう。

 自分の前世を振り返り、今はエリザベートとしてこれからをどう生きるかを考えようと気持ちに整理を付け、森の中を歩く。


「とりあえず、まずはレヴィアタンをどう回避するかを考え……」


 考える必要はないだろう。何故なら、破片Ⅶ【嫉妬(レヴィアタン)】の依代は自分であり、変身の条件を満たす感情は希薄しているのだから。


「……え、これ、展開的にどうなの。セシリアさんに迷惑かけない?いや、サタンが目覚めるトリガーはいないんだから平和で終わり?」

 

 シナリオの進行を心配し、ぶつぶつと独り言を吐いて歩く。気がつけば、あの百合畑に辿り着いていた。


 真っ白な百合が咲き誇る。夜空の星に照らされて、魔力を秘めたように淡く輝いている。カサカサと葉を擦り、ユラユラと花弁を揺らし、甘い香りを運ぶ。

 なんて素敵な場所だと思いながら、ボソッと呟く。


「……これが、サタンのせいで真っ黒になるのか。」


 突風が吹いた。ガサガサと百合の葉が大きな音を立てる。百合畑を囲む森の木々も、覆い茂る葉を擦り、騒つく。そのせいだろうか。"彼"は誰かが背後にいると気づかなかった。


「何が真っ黒になるんだい?」


 突然の話しかけに驚き、可愛らしい悲鳴をあげで振り返る。

 それは、手が触れるくらいの位置に立っていた。レモン色の艶やかな長い髪を後ろにひとつで結んだ、ワインレッドの綺麗な瞳を眼鏡の奥に忍ばせる、金色の刺繍と小さな宝石で装飾させた赤いローブを身に纏った、記憶に存在しない人物が目の前にいた。


「それに、何やら恐ろしい言葉が聞こえた気がするけど、それは何かの比喩? それとも、」


 蕃神の呼称のひとつかな。


 正直に伝えるか迷った。何故なら、彼はゲームの中の登場人物のはずで、自分と同じプレイヤーではないため。しかし、平和に物語を進展させるならば、全てを話しても良いのではないかと思った。なんせ、目の前にいる人物は、格好からして、蕃神の知識がある聖職者のようだから。

 どちらの選択が賢明か、正直なところは分からない。ただ、好きなキャラクターが苦しまないで済む平和な物語を得られるならば、この選択に後悔はない。もう、自分の登場(イレギュラー)なことは起きているのだし。


「……蕃神の破片Ⅰ【憤怒(サタン)】が、目覚める時、百合の花が真っ黒になります」


 ここで、目覚めるんです。


 何も聞こえない。静かな空間にふたりぼっち。

 "彼"は、目の前にいる青年に従うものを真似て、ひれ伏して『セシ咲く』について話をする。

次→2話『悪女のオレが枢機卿の嫁で良いんですか』


更新:2024/8/26(内容の修正)

   2024/9/3(内容の修正)

   2024/9/13(内容の修正)

   2024/9/17(内容の修正)

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