6.三好さん観察日記
事務所を出て、昼勤の方から引き継ぎをして頂いて、カウンターに立つ。
ふうと息をつき、昼勤の人と話す三好さんを横目でちらりと見た。
三好明良。明るく、人当たりのいい陽キャなこの人が何故ナイトライブというオタクの世界に興味を持ったのかが、理解ができなかった。
実はオタクだったりして・・・・・・。
そう思ってカウンターを出て箒を片手に掃除をし始めながら、チラチラと観察をしてみる。
お客様がやって来て、三好さんがレジに入る。おばあちゃんくらいのお年のお客様に「今日も暑いですねー」と声をかけている。
「そうねえ、こういう時は汗でお化粧が落ちちゃうわあ。まあ、今はそんなに汗をかかなくなってきたんだけどね! おばあちゃんだから」
と言うおばあちゃん。あ、これなんて答えたらいいのか地味にわからないやつだ。私が苦笑いしか出来ないやつ。
「何を仰ってるんですか。お化粧してる姿も勿論素敵ですけど、落ちちゃっても可愛いじゃないですか。それに、そんなにお元気で若々しいのに、おばあちゃんだなんて勿体ないですよ」
それに軽くそう返す三好さん。
・・・・・・この人・・・・・・チャラ男だ・・・・・・!!
あらあ、いやだわ。もう口が上手いんだからと照れるおばあちゃんに、ニコニコと笑う三好さん。凄い。歯の浮くような台詞を言っておきながら何ともないような顔をしている・・・・・・!
これは手練だ。この手法で女性をどれだけ落としてきたんだろう。恐ろしい。恐ろしくチャラ男だ。
観察を始めて早々に私は三好さんの恐ろしさを知った。いつも鳴り止まないスマホは女性からのコールだったりするんだろうか・・・・・・。うわあ、世界が違う。
それからもおばあちゃん相手にまるで乙女ゲームの主人公のようなことを言ったあと、三好さんはおばあちゃんに荷物を手渡して「ありがとうございましたー」と見送った。
おばあちゃんは随分と機嫌が良さそうだった。気のせいかもしれないけど、来た時より若くなっている気がする。これが乙女心効果か。
箒で埃を掃きながら、引き続き観察を続ける。
次にレジに並んだのは小学生くらいの男の子だった。手には今流行りのアニメのおまけ付きお菓子を持っていた。確か、照り焼きマンとかいうやつ。
「いらっしゃいませ」
三好さんはそのお菓子をスキャンして、お金を受け取ってお菓子を手渡した。
するとその子はレジでオマケのカードの開封の儀を始めた。幸い今は並んでいるお客様はいないのでいいけれど、正直別のところでやって欲しい案件である。
でも三好さんは特に何も言わず、それを見守った。
「あっ、タルタル照り焼きマンだー」
男の子が嬉しそうな声を上げる。私はそのアニメを知らないのでそのキャラがレアなのかどうなのかはわからないので何とも言えないけれど、嬉しそうなのできっといいキャラなのだろうと思うと和んだ気持ちになった。
「ほんとだ、タルタル照り焼きマン格好いいよね」
・・・・・・知ってるんですか!?
「お兄ちゃん、知ってるの?」
「知ってるよ。タルタルがなくなる覚悟での戦い、格好良かったよねえ」
「! うん! ぼく、タルタル照り焼きマンが一番好きなんだ! お兄ちゃんは?」
「ぶり照り焼きマンが好きかな」
「しぶいね!」
しかも何やらめちゃくちゃ詳しい。意外だ。意外すぎる。
「あ、後ろにお客様が来たから、またお話しようね」
「うん! またお話しよー!」
しかもやめさせる誘導まで上手い。どうなってるの?
「すみません、お待たせしました」
次に来たのは若い女性の方だった。先程の子供とのやり取りを見ていたのか、この人は既に三好さんに好意を抱いているっぽいことが、その人の視線でわかった。陰キャの鋭い観察眼を舐めてはいけない。
ものの数分で女性ファンを付けるとか、三好さんってホストかアイドルかな? と思った。うーん、前者は苦手で、後者は私にとっては二次元感が強い。
どっちにしても、乙女ゲーム(仮)のナイライに本当に興味があったり、私と関わるような人ではない気がする。
そう思って、三好さんの観察をやめた。
箒で集めたゴミをチリトリに集め、ゴミ箱に行こうとしたところで、女性の後ろに男性が並んだ。
慌ててチリトリを置いて手を洗い、片方のレジを開ける。
「す、すみません、お待たせしました。こちら、どうぞ」
その人に声をかけると、ギンッ! という効果音が付きそうな勢いで睨みつけられた。ひっ。
「おせーんだよォ、ねえちゃんよ!」
ひええええ。虫の居所が悪いタイプのお客様だ。ど、どうしよう。
「大変、申し訳ありませんっ」
「あ? なんて? 聞こえねーんだよ」
「す、すみませんっ」
恐る恐る商品を手に取り、スキャンしていく。その間も「おせえ」とか「ノロマ」とか言われる。うわああ助けて神様公式様ヴァイス様・・・・・・!
「すみま、せんっ! お会計、」
「あ"? 聞こえねえっつってんだよ!」
「あ、あの・・・・・・っ」
喉の奥に何かがつっかえて言葉が出てこない。頭が真っ白になって、その人の暴言を受け止めるしかなくなって、暴言の数々に更に頭の中が純白に近づいていく。
「おい、聞いてんのかコラァ!」
心臓がバクンバクンと凄まじい音を立てている。痛い。どうしよう。どうしたら・・・・・・。
「おい!!」
「申し訳ありません、お客様」
その時、横から温かい声が聞こえてきた。握っていたスキャナーがそっと奪われ、レジに戻されていく。
「彼女、新人なものですから。大変申し訳ありません。何か粗相がございましたでしょうか」
頭の中から白が抜けていく。少しずつ声が鮮明に聞こえるようになって、やがてその声が三好さんであることに気がついた。
「あ・・・・・・」
隣を見ると、三好さんがこちらを見て微かにニコッと笑いかけてくれた。耳元で「このお客様は俺が対応するから。影原さんは次のお客様を対応していて」と言った。
そう言われて先程まで三好さんが立っていたレジの方を見ると、若めの女性のお客様が心配そうにこちらを見ていた。
「ほら」
そうだ。接客をしなきゃ。
尚も何かを言い続けているお客様を三好さんに任せ、ひとつ頭を下げてからその場を離れる。
その人はこちらに向かって何かを言ったけれど「すみません、苦情は私にお願いします」とにっこり笑顔の三好さんに言われて、言葉を飲み込んでいた。
「すみません、お待たせ、いたしました・・・・・・!」
レジに入ると、若めの女性のお客様は「大変ねえ。お疲れ様」と声を掛けてくれた。それに「す、すみません」と言ってから、商品をスキャンしはじめ、代金を読み上げてお会計をして頂いた。
その方が終わると、ちょうど三好さんも対応が終わったところだった。
「三好さん」
「影原さん、怖かったね。ごめん、俺が人と話してたせいで怖い人に当たらせちゃって」
「いえ、あの、助けて下さり、ありがとうございました」
「いいよ。影原さんが悪いんじゃないし。新人さんなんて嘘ついてごめんね」
そう言って優しく笑う三好さん。
この人・・・・・・チャラ男って言うか、人たらしだ・・・・・・!
優しくて、誰にでも同じような対応や話ができて、いつも笑顔。怖い人にも対応ができる。ホストだったら確実に一位をとれるタイプ。
それは、私が絶対に近づいてはいけないタイプの人種でもある。私のような陰キャオタクが近付いたら、女子たちから嫌味を言われるやつ。オタクは知ってる。
「あ、ありがとうござい、ます!」
慌てて後ろにススススッと離れていく。それに三好さんが「なんで逃げるの!? ていうかムーンウォーク上手くない!?」という高難易度そうなツッコミをした。
三好明良という人は、優しくて凄い人だけど、近づいてはいけない人だった。




