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47.ルイさん④


「そんな、私、何もしてない・・・・・・」

「ユウにとってはそうでも、ぼくにとってはそうじゃない。もしもあの時ユウが返事を返さなかったら、話したくないと思って途中でやめていたら、推しのことを話してくれなかったら、ぼくは今頃ここにいない。ユウが語ってくれたから、良かったんだ」


 私の、私なんかの推しの話で。


「ユウ。きみはよく自分を貶すけれど、ぼくはきみに救われたんだ。きみのお陰で、今ぼくはここにいる」


 ああ、私、語ってよかったなあ、と初めて思った。正直、最初の頃のルイさんとのやり取りの内容は緊張していたのもあって、ハッキリとは覚えていない。それでも、私が推しの話をして、それがルイさんの希望になったのなら、とても嬉しい。


「ぼくがユウに何をしても、きっとこの恩は返せない。だから、ぼくはせめて、ユウにできることをしたい。ぼくに出来ることは限られてるけど、それでもユウの力になりたいんだ」

「そんな、私だってルイさんに何度も救われてるのに」

「多分それ以上にぼくはユウに救われてる」

「いやいや、私の方が」

「いや、ぼくの方が」


 少しの間、そんな押し問答をしたあと、私たちは顔を見合わせてフッと笑った。


「何競ってんだろうな、ぼくたち」

「本当にそう」


 ルイさんが安心したように「あー、ちゃんと喋れたー」と言ってコーヒーをごくりと飲み干す。コーヒーカップをソーサーに置いたところで「ねえ」と、気になることを聞いてみることにした。


「さっき、外に出られないって言ってたよね・・・・・・?」

「うん、ああ、そうだな」

「それじゃ、なんで・・・・・・」


 ここに来てくれたのだろう。その質問に、ルイさんは当然だろ、という顔で答えた。


「今すぐ駆けつけなきゃダメだって思ったから」

「・・・・・・怖く、なかったの?」

「怖かったさ。ダサい話だけど、部屋のドアの前で、玄関のドアの前で、足がすくんで動かなくなりそうだった。でも、それよりも、今行かないとユウがいなくなってしまいそうで、それが怖かった」


 今までの話を聞いていたらわかる。ルイさんがどれだけのトラウマを抱えていたか、そのトラウマを克服したいのに克服できずにどれだけ苦悩をしてきたか。

 それなのに、それを振り切って出てくれた。私のために。


「多分帰ったら親も弟もビックリするだろうな。せっかくだからアロハシャツと本日の主役タスキと鼻眼鏡でも買ってかけてサンバ踊りながら帰るか」

「ちょ、なんでそのチョイスなの? 想像したら面白いんだけど」

「だろ?」


 あはは、と2人で笑い合う。ルイさんは、現実でも“ルイさん”だ。幻滅なんてするわけがない。嫌うわけもない。私の大好きなルイさんだ。


「ありがとう、ルイさん」

「いーえ。ぼくも気になることが2つくらいあるんだが、聞いてもいいか?」

「どうぞ」


 少しぬるくなってしまったコーヒーを1口飲む。ほどよい甘さが私の心を癒してくれるような気がした。


「ユウ、無理してないか? 話すの苦手だって言ってたのに、無理させたんじゃないかと心配なんだ」

「ううん、全然。全く無理も、緊張もしてないよ。むしろお喋りを楽しんでるくらい」

「へえ、そうなのか」

「うん。だって、ルイさんだし」


 もう5年来の付き合いの、ネットで沢山話をしてきたルイさんなのだ。初めて顔を合わせた時から、まったく緊張も不安もなかった。

 それにルイさんが嬉しそうに「そうか」と笑った。

 ルイさん、普通の時は中性的で、なんなら格好いいくらいの顔立ちなのに、笑った顔は可愛いらしい。思わず一緒になって笑ってしまう。



「あともう1つ。そのヴァイス様は今日買ったものか?」


 そう言ってルイさんが指さしたのは、さっき喫茶店に来る前に私がカバンの持ち手につけたヴァイス様のアクリルストラップだった。


「うん、そうだよ」

「へえ、いいな。写真撮っても良いか?」

「どうぞ」


 カバンからストラップを外して机の上にを乗せると、ルイさんは写真を撮って「ありがとう」と言うとスマホを少しの間いじった。何かを入力しているようだ。日記とかかな?


「さて」


 ルイさんはスマホをポケットの中に入れ、そう切り出した。それに、なんとなく終わりを感じて、私もコーヒーを飲み干してソーサーに戻した。



「時間もないし、そろそろいくか」

「うん、わかった」


 寂しくないと言ったら嘘になる。もう少し一緒にいたいし、話をしたいと思う。けど、勇気を振り絞って出てきてくれたルイさんをこれ以上外の世界に引き止めるのも、無理をさせるのも違うと思って、何も言わなかった。


 ・・・・・・ああ、三好さんの話、どうしよう。帰ったらそのこと考えないと・・・・・・。


「ユウ、こっちこっち」


 喫茶店で会計を終えて店を出て、駅の方に向かおうとした私を、ルイさんは呼び止めた。え? と方向を変え、駅とは真逆の方に行くルイさんの後を着いていく。


「ルイさん、家こっちなの?」

「ん? ぼくは駅の向こう側に住んでるけど。帰りたい?」

「いや、違うけど、どこに行くのかなって」

「んー、決闘?」

「決闘??」


 まあ着いてきなよ、と言われて、腑に落ちないままルイさんの後を追った。


 ルイさんが足を踏み入れたのは、誰もいない空き地だった。・・・・・・なんでこんなところに? 何のために??


「ユウ、いくらぼくでも、何も分からないのに素直についてくるのはどうかと思うよ」

「え?」


 まあユウらしいけど、と言いながら少し先にいたルイさんが手を伸ばしながら私に近づいてくる。なんだろう。ルイさんは、何を考えて──。


「影原さんっ!」


 ルイさんの指先が私に触れそうになったその時、聞き覚えのある声が空き地に響き渡った。・・・・・・え、今の声・・・・・・。

 なんで、と思いながら振り返る。そこには、今頭の中で思い描いたどおりの人がいた。


「三好さん・・・・・・」


 ど、どうしてここに?

 

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