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46.これは、拒絶でしょうか。


 駅の近くの公園のベンチに並んで座る。平日のお昼とあってか、大きな公園には小さな子供とお母さんが少しいるだけで、閑散としていた。


「はい、ココア」

「ありがとうございます」


 温かいココアを手渡してくれる三好さんは、やっぱり優しい人だと思う。なのに、優しくないなんて、何でそんなことを言うんだろう。


「少し、俺の昔の話、していい?」


 車の音と、たまに子供の声が聞こえるだけの静かな場所に、三好さんの声が静かに吐き出される。昔の話。聞きたい。


「はい」

「といっても、全然面白くもなんともないんだけどね」


 先程、レストランで言っていた「俺の話なんて聞いてもいいことないよ」という言葉を思い出す。あれは、どういう意味だったのだろうか。


「構いません」

「そう。なら、話すけどさ・・・・・・」


 くるくると手の中でブラックコーヒーの缶を遊ばせながら、三好さんが言う。何から話すのか、迷っているようだ。私はその迷いを、静かに見守った。


「・・・・・・俺、今はこんなチャラチャラしてて賑やかで友達もいるけどさ」


 やがて、三好さんが口を開いた。少し喋りにくそうにしている。本当は話したくないことなのかもしれない。話さなくていいですって言うべきだったかもしれない。でも、知りたい。三好さんが話してくれるなら、三好さんのことをちゃんと知りたい。

 その上で、三好さんがどんな人なのかを、しっかりと考えたい。


「高校までは、全然違ったんだよね。どっちかというと、根暗で、気弱で、一人ぼっちでいるタイプ」


 その言葉に、思わず三好さんの顔を見た。全くそんなふうに見えない。いつも明るいし、いつも笑ってるし、喋り方も上手だし、全然そんなタイプだったなんて信じられないくらいだ。


「俺、一人暮らししてるって言ったでしょ。それも、高校はこの辺の学校だったから、少しだけ離れた場所に行きたかったから一人暮らししてんの。本当は県外に行きたかったんだけど、うちの父親よく出張でいなくて実家には基本母親と妹しかいないから、あんまり実家から離れるのもなあと思ってさ。こっから六駅くらいしか離れてないんだけど、意外といないんだよね。同級生」


 そんなわけでまあ、と三好さんは小さく笑った。


「所謂、大学デビューってやつなんだよ、俺。春休み中に髪染めて、ピアスも開けて、話し方とかも練習して、明るくて愉快なやつだって思われようと頑張った。おかげで、今は沢山友達がいる」


 そうだったんだ。三好さんは、一人で凄く努力をして変わった人だったんだ。


 ──凄いなあ。


 私は、一人では変われなかった。三好さんがいるから、メルちゃんやゆずちんやさっくんがいるから、少しづつ変わろうと頑張っているところだ。

 それを三好さんは一人で、春休みという短い期間でやってのけた。凄いことだ。


「俺、最初影原さんを見た時、昔の俺を思い出したんだよ」


 三好さんと初めて会った時。バイト初日の日のことだ。初バイト、しかも接客業でド緊張しすぎて何も話せなかったことを思い出す。


「あの時、影原さんになんでここに入ったのって聞いた時にさ、変わりたいと思ったからですって言ったの、覚えてる?」

「・・・・・・いいえ、全く。緊張で何も覚えてません」

「はは。だよね。でも、それ聞いた時にさ、この子は春休みの時の俺だなって思ったんだよ」


 大学で変わりたかった三好さん。コミュ障を直したくて接客業に就いた私。たしかに、少しだけ似ているのかもしれない。


「だから、この子の手助けをしようと思った。何かをしようと思った」

「それは、優しさ、ですよ」


 変わりたいと願う私に、自分を重ねて手を貸してくれるのは、それは優しさの他ならない。しかし、三好さんはそれに首を振った。


「違う。自己満足だよ」

「・・・・・・」

「俺は、影原さんの手助けをしようとすることで、春休みに変わろうとしてた俺を・・・・・・いや、高校までの俺を、かな。弱くて一人ぼっちだった俺を、助けてやろうとしてる気持ちで、影原さんに接してたんだよ」


 ほらね、と三好さんは笑う。


「これはただの自己満足。影原さんは、それに付き合わされてただけだよ。ほら、俺がたまに影原さんのエスパーっぽいことをしてたのも、昔の俺が思ってたことを言ってただけだよ。俺は凄くもなんともない」

「そんなことは」

「影原さんは俺を買い被りすぎだよ。俺は本当に、影原さんが思うような人じゃない」


 それは違う、と思う。違う。自己満足なんかじゃない、私を利用していただけなんて、悲しいこと言わないで欲しい。


 そう思うのに、伝えたいのに、言葉が出なかった。

 怖かった。これ以上、三好さんに違うと言われることが。否定されることが。

 これ以上自分に近づくなと拒絶されているようで、それは違うと言わないと取り返しがつかないかもしれないことがわかってるのに、これ以上何か言ったら三好さんがどんどん離れて言ってしまう気がして、怖かった。


 強くならなきゃ、しっかりしなきゃ。ちゃんと思ってることを言えるようにならなくちゃ。

 そう思って変わろうとしてきたはずなのに、こんな肝心な時にも私はまだ、何も言えない。自分の気持ちを言葉にできない。


 なんで私は、こんなに弱いんだろう。こんなに、どうしようもできないんだろう。


 地面にぽたりと雫が落ちて地面にじんわりと吸い込まれていく。私はそれを何も言えずに黙って見つめることしか出来なかった。


「・・・・・・泣いてるの?」

「え・・・・・・」


 そう言われて、初めて自分が泣いていることに気がついた。頬を拭うとセーターの裾が濡れた。さっき地面に落ちた水滴は私の涙だったのか、と少し遅れて思う。

 ああ、泣くなんて、何年ぶりだろう。ずっと泣かないように頑張ってきたのに、なんで。


「・・・・・・っ、ごめんなさい!」


 堪らなくなって、思わず立ち上がって走り出した。後ろから「影原さん!」と三好さんが呼ぶ声がしたけれど、立ち止まることも振り返ることもしなかった。


 ──あーあ・・・・・・。


 ずっと、我慢してきたのに。耐えてきたのに。泣くことも、逃げ出すことも。それなのに、こんな大事な時に限って。


 もう終わりなんだろうなあ。


 全部。今までの三好さんとの関係も、私の初恋も。きっと前のようにはもう戻れない。私が三好さんの言葉を否定できなかったから。何も、言えなかったから。


「うっ、ううう・・・・・・」


 どれだけの時間、どこを走ったのかわからない。気がつけば知らない街の知らない住宅街にいた。

 三好さんが追いかけてきてることはないだろう。きっと、探してもいないだろう。そう思って足を止めて、俯いた。


 涙が止まらなくて、ポタポタと雫が地面に落ちていく。せっかくメルちゃんに可愛いメイクをしてもらったのに、きっともうグチャグチャだろう。


「メルちゃん・・・・・・」


 助けを求めてしまいたい。どうしたらいいのか相談したいし、泣きやみ方を教えて欲しい。

 そう思いながらスマホを手に取って、少し考えて、やめた。今はメルちゃんもゆずちんもさっくんも講義中だ。その邪魔をしてしまいたくない。迷惑をかけてしまいたくない。


 でも、この気持ちを1人で抱えるのは辛すぎる。誰か、誰か助けて欲しい。話を聞いて欲しい。


 その時、手に持っていたスマホが通知を知らせた。光った画面をちらりと見ると、ツブヤイターのDMのアイコンがついていた。


「ルイ、さん・・・・・・」


 なんだろう、と思いながら震える指先でタップしてメッセージを開いた。


『ユウ、今デート中か? うまく行ってるか?

さっき窓の外見たらケサランパサランみたいなの飛んでて写真撮ったから共有するな。ユウにいい事があるように! 頑張れよ!』


 その文面と白いフワフワの写真に、また涙が出てくる。ルイさん。ルイさん、ルイさん。


『ルイさん、助けて。私、どうしたらいいのかわからない』


 気がつけば、そんな文を打って、送信ボタンを押していた。

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