41.店長さんです。
次の日、私はコンビニの前で深呼吸を繰り返していた。今日は、昨日三人で一生懸命考えたお誘いを、三好さんにするつもりだった。
明日は大学だし、仮に断られてもみんなに会える。メルちゃんとゆずちんに三好さんの話を聞いてもらって、さっくんにヴァイス様の話を聞いてもらおう。うん、完璧。だから、大丈夫。
意を決して店内に足を踏み入れる。すると昼勤の方が私に気がついて「あっ、おはよう」と声をかけてくれた。
「お、おはよう、ございますっ」
「あのね、聞いた? 今日、三好くん休みだって」
・・・・・・。
えっ!?
「何故・・・・・・!?」
「休養ですって。珍しいわよね」
「そ、そうですか。そう、ですね・・・・・・」
三好さんは私が知る限り、今まで休んだことなんてなかった。そんな人が急用で休み。珍しすぎる。というか、メッセージ何も来てなかったな・・・・・・って、私にわざわざ言うことでもないのか。
「そんなわけで、今日店長になったから」
「わかり、ました。あり、がとうございます」
そうか休みなのか、と落胆する。あとでメルちゃんとゆずちんにメッセージ送っておこ。・・・・・・というか、店長さんと一緒なのも緊張する・・・・・・! どうしよう、心の準備できてないよ・・・・・・!!
「お、おはよう、ございます」
恐る恐る事務所のドアを開ける。「おう」と答える店長さんは今日も棒付きの飴を舐めていた。今日も相変わらずの迫力だ。うう。
静かに椅子に座って、メルちゃんとゆずちんに三好さん休みだった話と店長さんの話をすると、ファイト! というスタンプが送られてきた。それだけで頑張ろうという気持ちになれるから不思議だ。
──よし、気合い入れて頑張るぞ・・・・・・!
***
気合を入れた時ほど空回るのは、なんでだろう。
今日は3分揚げの唐揚げを六分で揚げる(黒焦げになっていた)し、鮭おむすびの後ろに梅おむすびを並べるし、納品の数十一個のところ百十一にするしでミスが絶えない。
これでも仕事の前半が終わったところだ。まだ後半があるとか恐ろしすぎる。またミスしたらどうしよう。店長さんに怒られたらどうしよう。どうしよう、どうしよう。
「おい」
「ひゃいっ!!」
低い声に声をかけられ、心臓が跳ねた。あああこれ確実に怒られる。私が悪いから仕方がない。だけど怖い! 助けてください、神様、ヴァイス様、三好さん・・・・・・!!
「お前、なんか悩んでるか?」
「・・・・・・へ?」
しかし、予想外の切り出しに、私は困惑した。
「えっと、それは、どう、いう・・・・・・?」
「いや、気のせいならいいんだ。いいんだが、悩んでるなら、その、話くらいは聞く」
店長さんが目を逸らし、頭を掻きながらゆっくりと言う。もしかして、私を気遣って下さっている・・・・・・?
「ああ、悪い。これ、上からっぽいな。じゃなくて、話したかったら、いつでも話せばいい。・・・・・・も、違うか? ああくそ。どう言えばいいんだ・・・・・・」
意外だった。店長さんが、私のために言葉を尽くしてくれている。上からにならないように、丁寧に伝えようとしてくれている。
以前、三好さんが言っていた。店長って優しいよね、と。もしかして、こういうこと、なのかな。
「別に、話したくなかったらいい。無理やり聞こうなんて・・・・・・」
そう言って店長さんは言葉を止め、んんんと唸った。
「だが、出来れば聞かせてくれ。バイトの悩みをなんとかすんのも、店長の仕事・・・・・・っていうと、強制力があんのか・・・・・・? ああもうわかんねえよ友里・・・・・・」
友里というのは奥さんの名前だろうか。なんか、本当に意外すぎる。こうして奥さんに助けを求めるようなことを言うのも、悩みを解決したいと言ってくれるのも。全部。
「悪いな。俺、嫁さんにもよく言葉が足りないとか悪いとか言われんだ。でもいかんせん育ちが悪いから正解がわかんねえんだ。これでも嫁さんに会ってマシになった方なくらいで」
「・・・・・・奥様、凄い方、なんですね」
「・・・・・・ああ。いつも俺に大切なことを教えてくれる奴なんだ。怒って、正して、笑ってくれる」
そう言う店長さんの顔には、怖さはなかった。なんだ、店長さんって、全然怖くない人なんだ。
「俺、顔が怖えし話し方も良くない。だから、影原のことを怖がらせたり、緊張させるのはわかってた。だからあんまり話さねえようにしてたんだが、今回は話が違う」
てっきり嫌われていると思っていた。でも違う。店長さんは、私を怖がらせないようにしてくれていたんだ。緊張したりしないように、気を使ってくれていた。
本当だ。店長さんは顔が怖いし、威圧感もあるけれど、本当は、優しい人だったんだ。
私がそれを、知らなかった・・・・・・いや、知ろうとしなかっただけだ。
「これでも店長だから、いつもバイトのことは見てるつもりだ。お前、いつもミスのない仕事してるだろ。全部のことを丁寧に、慎重にやってる。影原のいいところだ。でもそんなお前が、今日はミスを連発してる。相当、悩んでることがあるんじゃねえか?」
こんなに、ただのアルバイトのことをしっかり見て、評価して、すぐに気がついてくれる人なのに。
私は、今まで何を見てきたんだろう。
「悩んでんなら、何とかしてやる。俺はこんな言い方しかできねえが、力になる」
「・・・・・・ごめん、なさい」
「んぁ? 何が、」
「私、ずっと、怖がってしまっていて、申し訳、ありませんでした」
私は所詮、人をしっかりと見ていなかったのだ。それは、三好さんに対しても同じだった。最初はチャラチャラしていて苦手だと思っていたけれど、内面は違った。店長さんもそうだ。
怖がって、逃げて、拒絶されることを恐れて。話すことも諦めて、人を信用することも忘れて。怖がって怯えて。
そうして生きてきた結果がこれだ。誰のこともしっかり見ていなかった。ただ怖がって、拒絶される前に殻に籠って、中で震えていた。
外の世界は、怖いものばかりじゃないのに。優しい人だって、世の中にいるのに。そんな大切なことを、私はずっと忘れていた。
「お前は悪くねえよ。俺は昔から怖がられてきたんだ。お前は普通だ。むしろ三好や榊──昔いたバイトの奴らがおかしいんだよ。俺にちょっかいばかりかけてきやがって。普通怖いだろ。お前みたいに自己防衛本能が働くのが当たり前なんだよ」
まったくよーと困ったように言う店長さんは全然困ってなさそうで、そして全然怖くなかった。ただの人に好かれる、優しい人に見える。
「んで、何に悩んでんだ?」
「え、えと、その、なんと言いますか・・・・・・」
話題、戻されちゃった。どうしよう、悩んでるのが三好さんの話だけにしづらい・・・・・・! ええと、ええと。
「えっと、店長さんなら、人に嫌われたかも、と思ったら、どうされますか?」
よし。これなら何もわからない。あとは深く突っ込まれたら大学の話ってことにしてー・・・・・・。
「気にしねえな。」
・・・・・・。
ポジティブというかなんというか。
参考にならなかった。
後に、この話を聞いた奥様に盛大に怒られたという話を、どこかしょんぼりとした店長さんから聞くことになったが、それはまた別のお話。




