28.オタメイト当日です。④
思考が上手く回らない。男たちの声がどんどん遠のいていくような感覚に陥って、目の前の光景が現実味を失っていく。
やがて、肩を掴んでいた手は私の手首を掴んで引っ張ろうとした。足に力が入らない。抵抗できない。
どうしよう。やだ・・・・・・助けて・・・・・!
「ハァイ。きみたち、何してるのかなー?」
聞こえてきた声に、えっと反応する前に私の手首を掴む手が、横から伸びてきた手に掴まれる。
そのまま手を掴んでいた男の手は「いでで!」という声とともに引き剥がされていく。
「その子、俺のツレなんだけど、なんか用だった?」
男の手を掴みあげたままの手の先を見ると、そこにいたのは三好さんだった。
その姿に、声に、まだ男たちは去ったわけじゃないのに一気に全身の力が抜けていくのがわかる。
「ああ!? 離せよ!」
「その前に彼女に謝るべきじゃない? 怖がらせたんだから」
「おい、そいつの手ぇ離せ! イケメンだからってチョーシ乗ってんじゃねえぞ!!」
「お褒めいただきありがとう。このままお友達の手首折られたくなかったら、君からも謝るように言った方がいいと思うよ。あ、もちろん君も彼女に謝るように」
三好さんは男の手首を掴んだまま男を引っ張る。うわ、意外と力あるんだ。あと、怒らせると怖い。
「俺だって手荒なことはしたくない。だからちゃんとして。ね?」
「ぐっ、おい!」
「くっそ。覚えてろよ!」
「あ」
男たちは三好さんの手を振りほどくと、走って逃げていってしまった。
「ああ、くそ。あいつら逃げ足早いな。つーかそれは謝罪じゃなくて捨て台詞だろうが」
「あの・・・・・・」
その違いもわかんねーのかとかブツブツ文句を言う三好さんに、そっと声をかける。それに三好さんは何故かビクッとして、そしてすぐに頭を下げた。
「ごめん! 怖い思いさせて!」
「ええ?! いえ、とんでもないです! 私の自己責任の問題ですし!」
「いーや、外でひとりで待たせた俺の責任だよ。ごめん。怖かったよね。怪我してない?」
手首掴まれてたよね、と手を取られる。急に触られるのは心臓に悪いのでご遠慮いただきたいのだが、しかしこれは無事確認のためだ。耐えろ、私の心臓!
「少し赤くなってる。痛い? そこの薬局で湿布買おうか」
「いえ、全然痛くないですし、見た目ほど大したことないので大丈夫です。それより、三好さんは・・・・・・」
「俺は全然大丈夫! てか、俺も怖かったよね・・・・・・ごめんね・・・・・・」
しょぼんとしょげる三好さんに、思わず笑いそうになってしまう。だって、こんなこと思ったら失礼かもしれないけれど、垂れた犬の耳と尻尾がついてるように見えるから。
脳内補完された犬の耳と尻尾をなんとか頭の中から取り除いて、三好さんにしっかりと向き合う。たしかにさっきの三好さんはいつもと違う雰囲気だったけど、怖いなんてまったく思わなかった。
「いいえ、全然怖くなかったです。三好さんが来てくださって、凄く、ほっとしました」
「本当に?」
「本当です。助けてくださって、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、三好さんは「あーよかったー」と手首を掴んだまま座り込んだ。あの・・・・・・そろそろ離して頂いても!? とは言えなかった。三好さんが気づくのが先か、私の心臓が限界を迎えるのが先か。うーん、微妙なところだ。
「にしても影原さん」
「は、はいっ」
「この間、俺にナンパされた時の話、覚えてる?」
ああ、このオタメイトに来ることになったきっかけの話だ。覚えてるも何も、衝撃的すぎて忘れようがない。・・・・・・あ、そういえば。
「すみません・・・・・・教えていただいた対処法、実践できませんでした・・・・・・」
「ああ、それは実際その場になったらビックリするだろうし、仕方ないよ。でもそうじゃなくて、ナンパされるかもしれないから気をつけなよーって」
「い、言われました・・・・・・」
「あの時、影原さんはされませんって言ってたけど、実際にされたでしょ? もっと危機感を──って言っても難しいよなあ。・・・・・・防犯ブザー買ってあげようか」
「い、いえ! 結構です!!」
「そう? まあ、つまり何が言いたいかって言うと、影原さんが最低じゃないって言ったの、本当だったでしょ?」
ふふん、とでも言いたげな表情で三好さんは言った。
「俺の言ったことは本当だってこと。これでちゃんとわかったでしょ?」
「ぅ・・・・・・はい・・・・・・」
「だから、まあ、そうだな。やっぱ防犯ブザー買おう。とびきり大きい音出るやつ」
「それは大丈夫です!!」
三好さんは私を子供かなにかと思っているのか。そんな冗談は置いておいて、改めて頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「どういたしまして。連れ去られる前に会計終わってよかった」
そう言いながら三好さんは自分の半分ほどの大きさがあるオタメイトの袋を掲げて見せた。・・・・・・こんな袋あるんだ。凄いな、オタメイト。
「影原さん、家まで送るよ」
それじゃあと三好さんが当たり前のように言う。いやいやいや、え? 送? え?
「いえ! その、結構ですっ!」
「えー、でも」
「確か電車の方角、私と真逆方向でしたよね? なので、ほんと、いいですっ!」
「ナンパに遭ったらどうするの」
「あ、遭わないです!」
「さっき遭ってたじゃん」
「ふぐぅ」
その通りすぎてぐうの音も出ない。でも本当に、真逆の電車に乗ってまで送っていただくのは申し訳なさ過ぎる。
しかし三好さんは意外と頑固だ。というのを、最近知った。
「心配なんだよ」
そう言いながら三好さんはしゅんとした顔をする。うっ、その顔は反則。ちょっとわんこみたいで、わかったと言いそうになる。ううう。
「ここで引いて、影原さんに何かあったら後悔してもしきれない。俺のためにもちゃんと家まで送り届けさせて」
今度はなんか、騎士みたいなんですけどっ! 何このひと、ナイライの中の人? ルイさんといい、私の周りの人どうなってるの?
「ね?」
ううう。ううううう。ずるい。こんなの断れるわけがない。ひどい。
「わ、わかり、ました……」
「よっし!」
何その笑顔、これ全部天然? 恐ろしすぎる。
ただ、バイトの後輩として心配してくれているだろう(私がいなくなったらシフト困るだろうし)とはわかっているけれど、ドキドキしてしまう。
「では、しっかり送り届けさせていただきますね、姫様」
「・・・・・・からかって、ますね!?」
「あはは。ごめんごめん」
こうして私は三好さんに家まで送ってもらうことになった。
それからの記憶は、あんまりない。
というのも、三好さんは騎士ムーブで私をからかうのにハマってしまったのか、帰り道もずっとしていたからだ。
そういえばご飯を食べてなかったねとなって入ったファミレスでは「レディーファースト」とか言ってドアを開けてくれるし。いつの間にか会計終わらせてるし。ていうか何か食べたはずなのに味全く覚えてない。
電車の階段では転ばないように足元気を付けて、と言いながら登るスピードを落として隣を歩いてくれたり、電車とホームの間に落ちないようにと電車側から手を引っ張ってくれたり、電車の中では盾になるように私の目の前に立ってくれたりとか。
多分他にも色々あっただろう。が、いかんせん記憶が無い。
とにかく、甚だ、甚だよろしくないのはたしかだ。主に私の心臓に。
「やめてください」と言えばきっと「なんで?」と返ってくるだろう。その問いに答えられない私はそれを止めることすらできず、結局家のすぐ近くの公園までそれに耐えたのだった。よく頑張った、私の心臓。
「あの、ここまでで大丈夫です」
「ん? 家、公園? タコの遊具の中?」
「違いますっ! 違いますが、ここまででお願いします」
「心配なんだけど・・・・・・」
ああ、またその顔。でも、こればかりは譲れない。
「あと1分もあれば着く場所にありますから」
「でも」
「もし父に見つかったら、多分面倒なことになると思うんです。父は私に、過干渉、したがる人、なので。三好さんまで、何か言われるかもしれなくて」
だからお願いします、と頭を下げる。
私だけ問い詰められたり、きついことを言われるならいい。でもそれに三好さんを巻き込みたくない。
三好さんはそんな私を少しだけじっと見て、ふっと笑った。
「影原さんは優しいね」
「え・・・・・・? 私が?」
「なんでそんな信じられないみたいな顔してるの。優しいじゃん、影原さんは」
だってさ、と三好さんは続ける。
「ナイライが好きっていうのを隠してるのは、ナイライが傷つけられたくないからでしょ?」
「はい」
「自分が傷つけられるのが嫌だからっていうならわかるよ。でも、影原さんはいつもその逆。今だってそう。俺が何かを言われるかもって、俺のことを気にしてくれてる。傷つけられないようにって」
それは、私が私は傷つけられてもいいと思っているからだ。別に優しさとかじゃない。
「自分のことより、人のことを考えられる。それって、優しいよ。そうそう出来ることじゃない。それが影原さんの劣等感からくるものでも、変わらない」
「そんな、私は・・・・・・」
「優しいよ。その優しさを、もう少し自分に分けてあげてほしいなって思うくらい」
違う。優しいのは三好さんだ。こんな私の心配をしてくれて、私に言葉を尽くして語りかけてくれている。優しく、温かく。
「ねえ、影原さん。傷つけられてもいい人なんていないんだよ。それは、影原さんだってそう」
春の日差しみたいな人だ。うっかり側に行ってよりかかりたくなるような。このままずっと、この温かさに包まれていたいと思ってしまうような。
「ちゃんと自分のことも大切にして。ね?」
「・・・・・・」
「返事は?」
「・・・・・・はい」
「よし。いいこ」
子どもに言うように笑いながらそう言うと、さて、と三好さんが来た道の方を見た。
「とはいえ、俺が無理についてって影原さんが何か言われたりしたら本末転倒だからね。俺はここで待ってるよ」
「待ってる・・・・・・とは?」
「言っても影原さん心配だからさ。家に入って、一人になってからでいいからメッセージちょうだい。それまでここにいるよ。何かあったらすぐに呼んで」
「そんな・・・・・・」
「俺の自己満足だから。気にしないで。気をつけて帰るんだよ」
あんまり引き止めてるのも良くないだろうからと三好さんが早く帰りなと言ってくれる。ああ、本当に。
「ありがとうございます。着いたら、連絡します」
「うん。待ってる」
こうして、初めてのオタメイトは、記憶が曖昧な帰り道で幕を閉じた。




