28.オタメイト当日です。③
父は、私の全てを否定する人だった。その父は、私の全てを支配する人だった。好きな物も、生き方も、性格も。
そうした環境下で生きてきた私は、自然と自分のことは嫌いに、人のことは苦手になった。全員、父のような人なんだと思っていた。
そんな私に待っていたのは、孤独と、いじめだった。根暗で一人ぼっちで友達がいなくて愚痴を言ったりチクる相手すらいない私に、クラスメイトたちがここぞとばかりに言葉の攻撃をしてきた。
そうした中でも生きてこれたのは、偶然にも出会えた好きになれるもののお陰だった。生きる意味を、楽しみを与えてくれた。
「それを傷つけられるのが怖くて、私は好きな物の話を、出来なくなりました」
傷つけるなら私を傷つければいい。詰るなら好きに詰ればいい。慣れているし、鈍臭くて不器用で根暗で面白くもないくせにすぐに調子に乗って失敗するような私は、それに値する人間だ。
「ナイライを、傷つけられたくない・・・・・・」
私を支えてくれた、生かしてくれた大好きなものを、否定されたくない。こんなに、素晴らしく美しく最高のものなのに、私のせいで傷つけられたら、私はきっと耐えられない。
「なので、私はナイライが好きなことを、父にバレたりしないようにしているんです。先日のコースターなどのグッズも、クローゼットにしまって、見つからないようにしています」
指先が震えている。足はいつからか、止まっていた。三好さんの顔をずっと見ていない。
どんな顔をしているんだろう。こんな重い話をされて、やっぱり嫌だっただろうか。・・・・・・嫌だよな。こんな話聞かされて。どうしろって話しだよ。
ああ、三好さんもさっきまでは楽しい気持ちだったはずなのに、私は本当に、最低だ。
「影原さん」
「・・・・・・すみません。ナイライのコーナーに戻りますか?」
「影原さん。こっち見て」
「・・・・・・」
肩にそっと手が置かれる。パーカーの少し厚めの生地越しだ。なのに、その手を温かく感じられるのは、なんでだろう。
三好さんの方を見るのは、少し怖い。怖いけれど、話してしまった以上、きっと私は三好さんと向き合う義務がある。
ゆっくりと振り返って、ゆっくりと顔を上げる。出来の悪いカラクリ人形みたいな動きだ。だけど、三好さんは私がきちんと三好さんを見るまで、待っていてくれた。
「影原さん」
「・・・・・・はい」
「ずっと、辛かったね。1人でよく頑張ったね」
そう言う三好さんの優しい声に、思わず涙が目の奥から溢れ出しそうになる。それをぐっと堪える為に、服の裾をぎゅうと握りしめると、三好さんがその手に触れた。
「もう、我慢しなくていいよ」
トントンと手の甲を優しく叩かれただけ。だけど、しっかりと握りしめた手がほぐされていくような感覚がした。
「ありがとう、ございます」
手の力が抜ける。気持ちが少しづつ楽になっていく。不思議だ。三好さんは多くを語っていない。なのに、全て許されたような気持ちになれた。
「俺には何を話してもいいし、思うことなんでも言って大丈夫だから。好きなものを否定したりしないし、やっちゃないことじゃなければダメだなんて言わない・・・・・・って、影原さん、やっちゃいけないこととかしなさそうだけどね!」
「はい・・・・・・」
「・・・・・・前からちょこちょこ言ってるけど、俺はさ、影原さんと話するの、結構好きだよ」
ああ、やめて欲しい。そんな、少し期待してしまうようなこと、言わないで欲しい。
「影原さんが話してくれなかったら、俺はナイライのことを知らないままだった。こうして、オタカフェとかオタメイトっていう世界を知らずに生きるところだった」
「そんなの・・・・・・」
「知らなくてもいいじゃんって思われるかもしれないけど、俺、かなり楽しいんだよ。こうして知らなかった世界を見るのも、オタクするのも」
こんなにグッズ買うほどね! と三好さんが底が見えないほどグッズが入ったカゴを掲げる。確かに、凄く楽しんでいるように見える。
でも、それは私に付き合ってじゃないかとか、私が勧めてしまったからではないかと思うことが、度々ある。あの時、三好さんが何それって聞かれた時に答えたから、聞いた以上はって感じで、強要してしまったのではないか、と。
その事を恐る恐る伝えると、三好さんは笑った。
「言ったでしょ? 俺、結構わかりやすいんだよ。見たくないものや興味が無いもの、面白くないものはどれだけ勧められても見ないし続けないよ。お金使ってグッズを買ったりも、時間を使ったりもしない」
ナイライのイベントの時、三好さんが真剣に走っていたことを思い出す。あれは生半可な気持ちや、気まぐれでできるものじゃない。ああ。疑うなんて、失礼なことをしてしまったかもしれない。
「すみません」
「謝らないで。影原さんの気持ちはわかるけどね。あと俺、結構アニメ見たりするから。元々こういうの好きなんだよ」
そういえば、以前店長がそんなようなことを言っていたような。あれ本当だったんだ。
「こうしてナイライを知れてハマれたのは、影原さんのお陰。ありがとね」
「いえ・・・・・・」
三好さんはナイライを知れたのは私のお陰だと言った。けれど、私は何もしていない。してくれたのは、三好さんだ。事故で画面を見られたあの時、それ何? と興味を持って聞いてくれた。その時の私の変な返事にも引かずに真剣に受け取って、ナイライをインストールしてくれた。三好さんはナイライの世界に来てくれた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
「んー、何かわからないけど、どういたしまして!」
じゃあ、落ち着いたことだしナイライコーナーに戻りますか! と三好さんは手をパンっと叩いた。くらい気持ちも、空気も全部を変えて、明るくしてくれる。
それに、ああ、好きだなあ。なんて思ってしまったり。・・・・・・あ"あっ、これやっぱ無理っ!!
***
「影原さん、本当に何も買わなくて良かったの?」
「はい。万が一があるといけないので・・・・・・」
オタメイトのレジの前。またもや散々迷子になった後、レジまでたどり着いた三好さんのカゴの中には、知らないアニメのグッズも追加されていた。総額、結構いきそう。ていうかアニメ本当に好きなんだな。私もアニメ観てみようかな。なんて。
「じゃあ、影原さんは外で待ってていいよ」
「え」
「これ確実に会計に時間かかるし、面白みがないでしょ。外のガチャガチャでも見てて!」
確かに、これはかなり時間かかりそうだ。見られているのも何となく嫌だろうし、と思ってわかりましたと外に出た。
お店の前にはずらりとガチャガチャが並んでいて、見てて飽きなさそうだ。端から端までじっくりと見て楽しんでおこう。・・・・・・あ、これ今人気のアニメのやつだ。凄い色んな種類がある。はあー。
「ねえねえ、おねーさん、ひとり?」
あ、前に三好さんが私に話しかけてきたみたいに話しかけてる人いる。ナンパに巻き込まれるとか、怖いだろうなあ。聞き耳立てておいて、困ってそうなら警察・・・・・・って、ナンパに対応してくれるものなのだろうか? あれ、こういう時ってどこに相談すべき?
「ねーなんのアニメ好きなの?」
そんなこと聞くナンパいるんだ。女の子がなんかのグッズ持ってたとかなのかな。
「ねえ、無視しないでよ」
その声と同時に、肩を掴まれた。・・・・・・え、私!? って、これちょっとデジャヴ!!
あの時は振り返ったら三好さんがいて、安心した。でも今回は違う。三好さんはオタメイトの中で会計中。私の肩を掴んでいるのは、チャラチャラとしたピアスをたくさん付けた高校生ぐらいの男の子二人だ。
「ひっ」
「そんなに怖がらないでよ〜大丈夫、優しくするからさ〜欲しいガチャガチャあるならやってあげるよ〜?」
「良かったね〜優しいオニーサンが好きなの全部尽きるまで回してくれるってさ〜」
「そこまでは言ってねーよ!」
ギャハハハ! と下品な笑い声をあげる。どうしよう。どうしようどうしようどうしようどうしよう。
「た、助け、て・・・・・・」
「ええー? 何から? オニーサンたちが守ってあげるよ〜!」
「バッカ、不審者お前だろ〜!」
「それを言ったらお前もになるし〜!」




