28.オタメイト当日です。②
その後、(踏む訳じゃないけど)ゴルトさんを避けるようにして階段を登り(単体で全面絵だから大変だった)、踊り場上にいるズィルバーさんの写真を撮ってから、もう一度ゴルトさんの階段を降りて。
いざ!
「ナイライコーナーどこ?」
「まったくわかりませんね・・・・・・」
オタメイト、樹海の如し。マップもない故にどこに何があるのかサッパリわからず、広い店内では無いはずなのに、迷子になった。
右を見ても左を見ても何らかのアニメグッズが所狭しと並べられているため、方向もわからなくなって、途中何回も同じところに出まくって遂には三好さんが「ミラーハウスより難しい気がしてきた」とか言い出した。流石にミラーハウスの方が難し・・・・・・いや、同等くらいな気がしてきた。
「推しに試されてるのでしょうか・・・・・・」
「試練かあ。なら仕方ないな」
そんなこんなで迷子になり続けること20分ほど。
何かわからないけど、ナイライコーナーにたどり着いた。どうやってここに来たのかわからないけど。
「あったー!」
「ありましたね・・・・・・帰り道わかりませんが」
「ヘンゼルとグレーテルみたいにお菓子散りばめておけばよかったね」
「掃除されちゃいそう・・・・・・」
まあ、帰りのことは置いておいて。ともかく、ナイライコーナーである。
全面にナイライが詰め込まれた棚。なんか、この棚見るだけでテンション上がる。
「すごい・・・・・・!」
「ねー。ナイライだらけだ」
「もう、ここ見てるだけで幸せです」
「眼福だよねえ」
写真撮ってもいいでしょうか!? と言いながらスマホを取り出す。確か、オタメイトは撮影禁止の場所以外では、他の人に迷惑がかからなければ撮影OKなはずだ。
いいよーごゆっくり、と答えてくれる三好さんが棚の反射などで映り込んでしまわないように慎重に調整して、シャターを押す。
「よし。待ち受けにします」
「これを?」
「記念です」
ああ、オタメイト幸せすぎる。推しの空間、幸せすぎる。
何よりネットで画像でしか見たことないヴァイス様のグッズの実物が、そこにある。画像で見るのと、実物を見るのとではやっぱり違う。アクリルブロックは思ったよりも透き通っていて綺麗だし、アクリルスタンドも細かいところまでハッキリと見えて最高だ。
そっと手を伸ばし、白いフロックコートを着て王子様みたいに胸に手を当てて微笑んでいるヴァイス様のアクリルスタンドに少し触れてみる。
わああ、わあああ! わあああああ〜!(語彙力)
何とも形容しがたい感動が、そこにはあった。なんか、こう、なんか嬉しくなる。テンションが我らが天の川銀河を超えて別の銀河まで行ってしまいそうなくらい上がった。
少し摘んでうかしてみると、アクリルスタンド特有の硬さと重みが指先に伝わってきた。ああ〜〜〜! 触れられるなんて・・・・・・三次元ってなんて素晴らしい。
「ふふ。それ、買うの?」
背後から声をかけられ、ビクッと肩が上がった。・・・・・・あっ、三好さんのこと忘れてた!
「か、」
買います、と言いかけたところで口を止めた。違う。ダメだ。浮かれて買ったりしては、ダメだ。
「買いません・・・・・・」
そっとアクリルスタンドから手を離す。別の銀河まで上がりかけてたテンションが、やっと地上まで戻ってきた。目の前の素晴らしい光景に少し浮かれすぎて、はしゃぎすぎたようだ。
「え、買わないの?」
「はい」
「お金ないとか? 買ってあげようか?」
「いえ! 滅相もないです! お金ならあります。バイト、してますし。ただ、その・・・・・・買う気に、なれないだけで・・・・・・なので、三好さんはお気になさらず、お好きなもの買ってくださいね」
どうぞ! と占拠してしまっていた棚の前を開ける。それに、三好さんが私の方を気にしながら棚の前に行った。アクリルスタンドに触れて、アクリルブロックを手に取り、ランダム形式のグッズに眉をひそめている。
三次元は素晴らしい。触れて、推しを身近に感じられて、幸せな気持ちになれる。
だけど、私はやっぱり来るべきじゃなかったかもしれない。今まで望まなかったことを、望んでしまうようになるから。
「・・・・・・げはらさん、影原さん、大丈夫?」
「・・・・・・あっ、はい!」
少し、ぼんやりとしてしまったいたようだ。気がつけば、三好さんはどこかから持ってきたカゴにゴルトさんのグッズをいれて、私の前に立っていた。心配そうな顔をしている。・・・・・・いけない、いけない。三好さんが気にしてしまう。
「すみません、少しヴァイス様に、見惚れてしまっていました」
「あー、格好いいもんね〜。本当に買わなくていいの?」
本当は欲しい。欲しいけど、買ったところでクローゼットの中で眠らせてしまうことになることは、よくわかっていた。推しにそんなことをするのも、グッズがあるのに出せないことも、嫌だ。
「はい。私はこの空間を見に来たんです。凄いですよね」
「・・・・・・」
「どうかされましたか?」
「影原さん」
三好さんの手が伸びてくる。・・・・・・え、何?! なんですか!? ちょ、
「大丈夫?」
三好さんの伸ばした手の先は、私のお腹──の、ところにある手だった。
手の甲に三好さんの手が優しく触れる感覚にビックリして、視線を下に向けて、やっとその理由がわかった。
「影原さん、大丈夫?」
知らぬ間に、服の裾を握りしめていたようだ。力が入って固くなった拳を解すように、三好さんが優しく手を撫でてくれる。
少し前に三好さんが言っていた。よくエプロンを握っているのを見かける、と。・・・・・・私って、こんなにわかりやすい奴だったのか。情けない。
「だ、大丈夫、です」
慌てて服を握りしめる手を離す。ついでに三好さんの手からも逃れるために手を後ろに回す。三好さんに触れられた場所だけが、少しだけ温かくなっている気がした。
「でも」
「本当に、大丈夫です。あの、今手を握っていたのは、あれです。私、手汗が酷くて。なのでそれを何とかしようと思って」
「影原さん、どっちかっていうとサラサラじゃない?」
「え、なんで」
「・・・・・・1年以上、一緒に仕事してるんだからわかるよ」
嘘つかなくたっていいのに、と三好さんが笑う。その笑顔はどこか少し、寂しそうに見えた。・・・・・・その笑顔は、あんまり好きじゃないかもしれない。
「あ、他のお客さん来た。ナイライのグッズ持ってるけど、話しかける?」
「うぇっ!? か、かけないですっ! 私は退散しますっ! 三好さんはどうぞ!」
話しかけるなんて高難易度なことは私には出来ない。できるわけがない。早足で退散!
「あはは、影原さんの早足、はっや」
「え、三好さん、着いてきてしまって良かったんですか?」
「いーよ。欲しいものは全部カゴに入れたし、俺は影原さんと来てるんだから。てかさっきの『三好さんはどうぞ!』って何? めっちゃウケたんだけど」
あははは、と三好さんが笑う。・・・・・・この笑顔は好きだな、と思う。うう、心臓がうるさい。少し黙って欲しい。実際に黙ったりしたらもれなく救急車だけど。
「あの女の子たち、可愛かったので」
「ちょ、影原さんもしかして、俺の事チャラ男だと思ってる??」
「チャラ・・・・・・だとは思っていませんが」
「待って、俺そんな遊び人じゃないから! 誤解しないでね?!」
「そういえば、ナンパし慣れてましたよね・・・・・・」
「慣れてない! 慣れてないから!」
三好さんが少し焦ったように手をブンブン振りながら「あの、その」と弁明している。その様子がおかしくて、笑った。
「すみません、冗談です」
「じょうだ・・・・・・え、冗談?」
「はい。・・・・・・あ、すみません。気を悪くさせて、しまったでしょうか・・・・・・」
「いや、全然! 影原さんが冗談言うなんて意外だなって思って、ビックリしただけ」
冗談かー、良かったー! と笑う三好さんに、口元が緩む。私は、こういう空気が好きだ。
「・・・・・・私」
アニメグッズの森の中を歩きながら、口を開く。本当は、こんな話するべきじゃないのかもしれない。だけど、嘘をついて三好さんにさっきみたいな、寂しそうな笑顔をさせるのも嫌だった。
なんて、個人的すぎる理由だとはわかっているけれど。私は、三好さんに明るく笑っていて欲しい。
「家族に、特に父に、オタクのことは、隠しているんです」
「そうなの?」
「はい」
「家族なのに?」
普通、そう思うだろう。家族なのに。家族なら。でも、私はそれは、とうの昔に諦めた。
「家族でも、分かり合えないことって、あるんです。合わないことだって、あります」
「・・・・・・」
「私は、父に好きな物の話は、出来ないです」
手に力が入るのがわかる。また服の裾を握っているんだ、と認識する。これ、私の癖なんだろうな。我慢したり、苦しい時の。家ではやらないように気をつけなくては。
「バレたくないとも思って、います」
「なんでか、聞いてもいい?」
「昔、言われたことがあるんです。『そんなもの』『ロクでもない』『変なの』と。父は、自分の好きな物以外のものを、そういう風に言うくせがあるんです。それはわかっているんです。・・・・・・でも、」
今でも、頭の奥で声がする。私の好きなものを否定する声。もっと酷いことだって言われた。集めたものを勝手に売られたことだって、あった。
それは、私を否定するもので。だから、そうじゃないとはわかっていた。けど。
「私は、それを、私の好きな物に対する侮辱だと、思ったんです」
「影原さんに対する、じゃなくて?」
「私を侮辱したり、傷つけるのは別にいいんです。私は、私が大したやつじゃないことも、ロクでもない奴であることも、わかっているので。何を言われようがそれを否定する気は、ありません」
「それは違う。影原さんはそんな人じゃ」
「だけど」
三好さんが私の言葉を否定してくれる。優しい否定だ、なんて嬉しく思いながらも話を続ける。
「好きなものを傷つけられたり、侮辱されるのは嫌でした。こんなに素敵なものなのに、私のせいで酷いことを言われていると思うと、耐えられませんでした」
「影原さん・・・・・・」
「私が昔好きだったものも、ナイライも、私を救ってくれた存在です。その全てがなければ、私はここまで生きることすら出来なかったと・・・・・・本気で思います」




