3.語りたい気持ちは充分にあるのです。
私はオタクの傍ら、大学生とコンビニアルバイトをしている。あくまで、オタクが主だ。
コンビニでアルバイトをしている理由のひとつにも、オタクは関わってきている。時間がちょうどいい。
これは店舗にもよるのだろうけれど、このお店では1週間単位でシフトが出るから、ある程度シフトに自由が効く。あとごく稀に店内放送でナイライの曲が流れる。その時は職場が天国になる。毎日出勤させて欲しい。労働基準法的に無理だけど。
そんな、コンビニでアルバイトをしている理由は、もうひとつある。
「お、おはようございます・・・・・・」
17時前。いつものように店の自動ドアを潜り、昼勤の人達に挨拶をする。
「おはよう、影原さん」
「おはようございますー今日も暑いですね」
職場の皆さんはとても感じがよく、にっこりと笑って挨拶をしてくれる。それにペコペコ頭を下げながら、カウンターを通って事務所に入る。
「あ、影原さん。おっはよ〜」
事務所には既に、同じ夕勤で先輩の三好さんがいた。三好さんは私の1つ年上の大学生で、ここの1年先輩でもある。
明るい茶髪でピアスを付けていて、いつだって明るく笑っていて、よく喋る。あと、いつもスマホが鳴っている印象が強い。
所謂、陽キャってこういう人のことを言うんだろうなと、三好さんを見ていると思う。
私とは真逆の人種の人。
「おは、よう、ございます」
「ねーねー。これ食べた?」
そう言いながら三好さんが新商品のチョコレートを掲げた。
ここで返すべき答えは簡単だ。食べたか、食べていないか。多分人はすぐに答えられる問題だ。
だけど私は、その返答に数秒かかってしまう。
まだ食べてないですって答えて大丈夫かな。答え方もそれで間違ってないかな。まだってつけない方がいいかな。ええと。
「あっ、い、いえ。食べてない、です」
「これめっちゃ美味いよ。1個あげる」
簡単な返答に数秒かかってしまったのにも関わらず、嫌そうな顔をするどころかニコニコと笑顔を浮かべた三好さんがチョコレートを差し出してくれる。
それを受け取るべきかも数秒考えて、やっと「あ、りがとうございます」と受け取った。
多分私のような人を、コミュ障というのだろう。
昔からこうで、会話のテンポが少し遅くなってしまう。たどたどしくて、人からすれば面倒くさい奴だと思う。
そんな自分を直したくて、敢えて接客業を選んだその成果は、残念ながらあまり出ていない。だけど少しでも自分を変えられたら──。
ピロン。
スマホの通知音が鳴り、思考を止める。まだ出勤まで数分あることを確認してから、カバンからスマホを取り出して通知を見る。
・・・・・・って、ええ!?
通知はツブヤイターの、ナイライ公式からだった。
『ダウンロード数300万突破を記念して壁紙をプレゼント致します』
・・・・・・っ、・・・・・・っ!?
ナイライは、ナイトライブのナイトに掛けているのか、いつも情報解禁や告知は夜に行われている。基本的に22時。アルバイトが終わる時間だから、ちょうどご褒美だなーなんて思いながら、帰り道に通知を見ているのに。
こんな夕方に不意打ちしてくるなんて聞いてないっす公式様! ヴァイス様イケメンすぎる! ど、動悸! 動悸が!! 過呼吸寸前です、こんなの仕事になりません助けてください!!
オタクは突然の供給に弱い。頭の中は大混乱を極め、結果IQが下がる。
だから、いきなり動きを止めた私を心配した三好さんが、隣に立ったことになんて気が付かなかった。
「何それ、格好いいね」
斜め上からいきなりそんな声が降ってきて、私は固まった。しばらく活動停止した後、ゆっくりと見上げると、三好さんがにっこりと笑っていた。
・・・・・・ッ、あ"ぁぁぁぁああ!!
心の中で悲鳴が上がる。口に出さなかっただけ褒めて欲しい。私にとってそれは、それくらいの出来事だった。
オタクがバレた。
いや、別にいい。それは別にいい。今やオタクは日本のカルチャーと化している。オタクはその辺にゴロンゴロンいるし、隠すべきもの、から当たり前のもの、になってきている。とてもとても有難いことに。
問題はその後だ。
「なんて言うやつ?」
ヒュッ。
と、喉の奥で変な音が鳴った。先程まで脳内早口感想を言っていたのが嘘みたいに頭の回転速度が一気に落ちて、何も浮かばなくなる。
ええと、なんて言うやつって聞かれたんだっけ。なんて言うやつ・・・・・・ええと。
「こ、これの名前ですか・・・・・・?」
早い話、テンパっていた。だからそんな当たり前なことを聞いてしまい、聞いてから、しまったと思った。何を聞いているんだろう私は。
「うん、そう。作品名っていうのかな」
そんな私にも笑顔で聞き直してくれる三好さん。優しい。優しいんだけど、興味持ち出してる気がする。これは嫌な予感。
「えっと、ナイトライブ、って、いいます」
「へえ。初めて聞いたな。好きなの?」
「・・・・・・えと、」
好きですって答えていいのかな。大丈夫かな。どうしよう。なんて答えたら・・・・・・。
『お前は変なもんが好きだな』
頭の中でそんな声が聞こえる。・・・・・・ダメだ。
動悸がする。公式からの供給を受けた時の動悸とは違う。ドキドキして目眩がする。
「影原さん?」
「あ、えと、いえっ」
スマホの電源を落とし、机の上に伏せる。スマホの裏に何も入れていなくて良かった。本当はカードを入れるのとか憧れるけど、私には到底出来そうにもない。
「・・・・・・すみません」
三好さんに小さく頭を下げる。こうして謝って会話を断ち切れば、相手は興味を無くすことは経験上、分かっていた。
ちらりと時計を見ると運良く時刻は17時になろうとしていた。
「影原さ、」
「えっと、時間、ですね。行きましょう」
呼ばれた声は聞こえない振りをして、事務所を出る。
事務所を出れば──反省タイムの始まりだ。
あーーしまった。突然のヴァイス様の供給でうっかりしてしまった。ここではもうこんな事はないようにって気をつけていたのに、やらかした。
何を隠そう、私は推しの話を聞かれるのが苦手だった。
推しを語りたくない訳では無い。大好きな大好きなヴァイス様を、ナイライを語りたい気持ちはあるし、布教だってしたい。もっとナイライを色んな人に知ってもらいたい。仲間だって欲しい。
ツブヤイターとかで布教成功したとかいう呟きを見かけると、羨ましくてたまらない気持ちになることだってある。
身近に同じ物が好きな人がいて、それを語れるなんて、なんて素晴らしいことだろうと思う。
だけど、私にはそれが出来なかった。
今までも何度かあった。好きな物は? って聞かれたり、ナイライ好きなの? って聞かれたりすることが。
その度に、ナイライを語ったり、好きですって答えたかった。なのに、その度に、声が震えて出なくなってしまう。
『しょうもな』
頭の中で声が聞こえる。あんな風に推しを傷つけられるのはもう嫌だ。
でも語りたい気持ちがあるのは確かで、だからそのやり取りの後はいつもこうして一人反省会を繰り広げるのが恒例となっていた。
やっぱり好きだって言えばよかったかな、とか。感じが悪かったかな、とか。少し話してみて、反応が悪かったらやめれば良かったのに。とか。
なんで私は語れないんだろう。語りたいのに。とか。
「はあ・・・・・・」
無意識にため息がこぼれる。なんで私はこんなふうなんだろう。
不肖、オタク。
語りたいのに、語れません。




