28.オタメイト当日です。①
電車が止まり、出ていく人々の最後尾について駅に降り立つ。うっかり足が点字ブロックに引っかかって転びそうになるのをかろうじて堪え、歩く。しかし足が上手く上がっていないようで、またすぐに躓いた。
それもなんとか耐えて歩き出すが、その後も何回も躓いた。まったくもって足元がおぼついていない。だけど引き返すことも立ち止まることも出来ずに、歩いていく。
「影原さん!」
改札を出たところで、声が聞こえた。前回、オタカフェに行った時と全く同じだ──いや、あの時とまた違うことがある。主に、私側に。
「み、三好さん・・・・・・」
「電車、大丈夫だった?」
「は、はい・・・・・・お待たせしてしまい、すみません」
「いや、今来たところだし、ていうか俺が早く着きすぎちゃっただけだから。普通に10分前だし気にしないで」
うう、私が気を使わないように全方位からカバーしてくれている。気を使わせて申し訳ない。けどその優しさが身に染みる。
「じゃあ、行こうか」
「はい・・・・・・」
三好さんの後に続いて歩き出す。その背中をちらりと見ると、前回とは全く違う雰囲気の服を着ていることに気がついた。
黒くてシンプルな襟付きの上着に、黒っぽい細身のジーンズ。背中しか見えていないのでハッキリとはしないが、多分上着の下に着ているのはダークグレーのシャツ。前回のモダンでオシャレです!! みたいな服とは真逆だ。・・・・・・こういう服も着るんだな。
少し意外だけれど、似合っている。というか顔が整っているからどんな服でも似合うだろう。なんて、浮かれすぎているだろうか──って、何考えてるんだ、私!
頬をペチリと叩き、自分を正す。しっかりしなきゃ。
「影原さん、今日はマスクしてるんだね?」
三好さんが私を振り返りながら言った。そう、私は今日はマスクをしていた。その理由は単純明快。三好さんに顔をあまり見られないようにするため。表情がバレてしまわないようにするため。
「ほんの少しの、心ばかりの、白色です」
「あ、確かに推しカラーだね」
ほんとだーと三好さんが笑う。もしマスクに触れられた場合の解答として考えていたけれど、笑って貰えたなら良かった。
・・・・・・にしても。
前回は初のオタカフェ前で、緊張していて気が付かなかったし、帰りもおなかいっぱい過ぎて全く気になっていなかったけれど。
三好さん、めっちゃ注目集めてる・・・・・・!!
すれ違う女性がチラチラと三好さんを見ているのがわかる。二人組の女性が「あの人かっこいー」とコソコソ言っているのが聞こえる。
「声掛けていいかなー?」
「でも女の子連れてない?」
「えー彼女? 地味だけど・・・・・・」
「・・・・・・」
スッとわからないように速度を落として、三好さんから数歩離れる。目立つのは苦手だし、勘違いとはいえ三好さんの彼女なんて烏滸がましいにも程があるし、何より三好さんに申し訳なさすぎる。離れていた方が無難だ。
もしもこれで三好さんが逆ナンされるようなことがあれば、私はそそくさと退散してしまおう。
「影原さん?」
三好さんが振り返り、私を呼ぶ。離れ方が不自然だっただろうか。
「あ・・・・・・すみません・・・・・・私・・・・・・」
下を向き、弁明しようと言い訳を考える。少し足が痛くて? ──これは気を使わせてしまうだろう。素直に隣を歩くのが申し訳なくなって──ダメだ、面倒くさすぎる。じゃあ、今日の占いで隣を歩かない方がいいと言ってました! ──無理がありすぎる。他に何か・・・・・・。
「影原さん、ごめんね」
「えっ」
気がつけば、三好さんが目の前にいて驚いた。音もなく、いつの間に・・・・・・まさか、三好さんは忍者!? ・・・・・・なわけないか。私が思考に没頭しすぎて気が付かなかっただけだろう。
ていうか三好さん、今ごめんねって言った? なんで三好さんが謝るんだろう。
もしかして、やっぱり一緒にオタメイト行くのやめようとか、ほかの女の子たちの遊びに行くことにした、とか? その「ごめんね」なら納得がいく。
むしろその場合、謝るのは私だろう。
「私の方こそごめんなさ」
「影原さん、目立つの苦手なのに、気が利かなかったね」
「・・・・・・へ?」
「影原さんが謝ることないよ。ほら、こっち側。おいで」
「あぇ?!」
三好さんは私の腕を掴んで引っ張ると、建物と三好さんの間に立たせてくれた。
その瞬間に背の高い三好さんが壁となり、他の子達の視線が見えなくなった。多分向こう側からも私の存在は殆ど見えないだろう。
「え、あ・・・・・・ありがとう、ございます」
「俺さ、大学の友達に明るい髪色とか見た目が目立つから俺の近くにいると目立つんだよってよく文句言われるんだよね。教授とかから逃げててもすぐ見つかるって」
「そ、そうなんです、ね」
「だから俺の隣にいると目立つの分かってたのに、気付かなくてごめんね。これなら目立たないと思うから」
たしかに、前を見てみてもみんな隣の三好さんにばかり視線を向けていて、私には目もくれていない。灯台もと暗し、というか、目立つ人の影になる場所にいれば逆にその人が注目の的になるから目立たないということを、初めて知った。
それにしてもまさか、三好さんが私が離れた理由に気がついてくれるなんて。バレないだろうと思っていたのに。
「凄いですね」
「ん? 何が?」
「いえ、気づいてくださって、ありがとうございます」
「俺、実はエスパーだから」
なーんてね、とカラカラと三好さんが笑う。それに「ええ」と笑いながら三好さんの横を歩き出した
***
「到着〜!」
「わあ・・・・・・」
目の前にそびえ立つビル。これが全て全オタクのための商業施設、オタメイトである。話には聞いていたし、写真で見た事はあったけど、目の前にするとやはりどこか感慨深い。
「影原さん、初めて?」
「は、はい」
「じゃあ、いっぱい見て回って楽しも!」
レッツラゴーとオタメイトに入っていくイケメンを、周りの女子たちは少し呆気に取られたような表情で見ていた。それに、意外ですよねわかります、と心の中で共感しながら三好さんの後に続いた。
「うわー! 凄いね!」
「壮観ですね・・・・・・」
中に入ると、所狭しとアニメグッズが並べられていた。凄い。本当にオタクのための場所だ。素晴らしすぎる。
「ネットで調べたんだけど、ナイライの関連グッズは3階にあるんだって」
「ということは、例の・・・・・・」
「そう、例の階段通れる!」
私は基本的にナイライのリアルイベント的な情報は入手しないようにしている。参加出来ないのに見ていても悲しくなるだけだし、いいことがないからだ。
だけど、三好さんにオタメイトに誘われてから調べたところ、今オタメイトの階段をナイライがジャックしていることが判明した。
ファルベン団ごとに持ち階数が決まっており、ドゥンケルのヴァイス様は1階と2階の間にあるつづら折り階段の下側の階段、エデルのゴルトさんは3階と4階の間にある上側の階段。しかも他のファルベン団は人数的に複数人で階段の上下に別れているのに対して、エデルはメンバーが2人だけだからゴルトさんは単体で掲示されているらしい。
三好さんがこのタイミングで誘ってくれたのはこれの為か、と納得した。こんなの見たいに決まっている。
「では、階段で、行きましょう」
「おー!」
店の奥側にある階段へ向かって歩き出す。その最中、かなり道が複雑になっていて店内で迷子になりそうになりながら、何とか階段前に到着した。
「軽い迷路だったね・・・・・・」
「三好さんが棚の上から通路を見て下さらなかったら、迷子になっていたかもです・・・・・・」
「初めてこの身長で良かったと思ったよ」
オタメイト、恐るべし。
「にしても──」
「ヴァイス様・・・・・・っ」
ヴァイス様の持ち階段は1階と2階の間の下の階段。つまり、ここである。
聖地と言っても過言では無い階段にテンションが上がる。スマホを取り出してカシャカシャといろんな角度から写真を撮りながら、うわあ、と感嘆を漏らした。
「階段になられても格好よくて美しいですね・・・・・・」
「階段になられても(笑)」
「将来家を建てたらこういう階段にしたいですね」
「お、それいいじゃん」
思わず溢れ出る心の声に、三好さんが笑いながら相槌を入れてくれる。階段にしたいという重めの件に対しても否定せずに笑ってくれるのは、きっと三好さんとルイさんだけだ。優しい。
「お待たせしました」
「もういいの? もっと撮っててもいいよ?」
「いえ、もう大丈夫、です!」
思う存分いっぱい写真撮りましたということをアピールするために、スマホの画面を三好さんに向ける。画面いっぱいに敷き詰められているギャラリーフォルダ内のヴァイス様が面白かったのか、三好さんが「そう」と口に手の甲を当てて目を逸らしながら笑った。・・・・・・え、何その笑い方!? 初めて見たけど、なんというか、ちょっと良い。爆笑したいのを堪えているのかなって感じが尚更。
そんな風に思ってしまっている自分をいけないいけないと律し、三好さんから視線を外してヴァイス様を見る。ああ、左も目の前もイケメンとかどうなってるんだろう、今日。マスクしてて良かった・・・・・・。
「じゃあ、行こうか」
「あ、は、はい」
そんなことをしているうちに、三好さんが階段を登り出した。それを慌てて追いかけるように私も階段を登る。ヴァイス様がいるのは階段の側面であって踏むような場所にいるわけではないけれど、何となく避けて通った。ほら、足とか当たったら不敬にあたるし。
他のドゥンケルメンバーや2階と3階の間にいるマットのメンバーも間違っても蹴らないように気をつけながら、慎重に3階まで登った。ついでに全階段写真を1枚ずつ撮った。ほくほく。
「よし」
2階と3階の間の階段の最後の1段を上がり終えた三好さんはスマホを手に小さな声でそう言った。気合い満タンのようだ。私はしばし、写真を撮る三好さんを見守るとしよう。
カシャシャシャシャシャシャシャシャシャ。
「連写!?」
「俺写真撮るの下手だし、少しの角度で可能性が変わってくるから連写です!」
思ったよりガチだった。私でも連写はしていない。いや、やりかけたし、三好さんの気持ちも痛いほどわかるけれど、連写とか私がしだしたら止まらないのは自分でわかっているし、1枚も消せないので色んな意味で危ない手段すぎてやめた。
にしても、まさか三好さんが連写しだすとは。
「いいな、この立ち姿。凛としてて、物静かで、でもオーラを感じる!」
「確かに格好いいですねえ」
「ね!!!!!」
オタメイトの静かな階段に、数分間連写の音が鳴り響いた。・・・・・・うん。三好さんがどっぷりハマってくれているようで嬉しいです!!!!(ニッコリ)
「ごめんね、お待たせ」
「いい感じに、撮れましたか?」
「影原さんに比べると1枚1枚の精度が低いけど、フォルダいっぱいに撮れたから満足です!」
「私も、下手ですよ」
「いやいや、さっきのヴァイスさんの写真いいのあったじゃん!」
三好さんが撮り終えたようなので、私も1枚ゴルトさんの写真を撮らせていただく。多分、ゴルトさんはこの辺りの角度が1番格好いい──カシャリ。
「見せてー」
「こんな感じ、です」
「え、やばかっこよ、それ欲しい」
「あ、送っておきましょう、か?」
「お願い!!」
すぐにMINEを開いて写真を送ると、三好さんは嬉しそうに画面を眺めていた。
「天才的に上手いじゃん」
「ありがとうござい、ます。実はいつも、頭の中で推しを見かけたらどう撮るか、みたいなのをシュミレーションしていて・・・・・・今日は実現できて、嬉しいです」
「そうなんだ。やっぱ誘ってよかった〜!!」
格好いいゴルトさんの写真も貰えたし〜と三好さんがピースをする。うう、ずるい。そんなこと言われたら嬉しくなってしまう。




