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25.これが恋というものでしょうか?


 次の日、私は大学の講堂の席に座り、肩肘をついてぼんやりとしていた。いつもそそくさと出ていくのに出ていかない生徒に不審に思う人──がいる訳もなく、そこにはいつもと少し違う、いつもの日常があるだけだった。


 昨日はあの後、ルイさんと少しやり取りをしてからベッドに入ったが、眠れなかった。ナイライ関係以外での徹夜は久しぶり、しかも考え事をしていたのが原因だからか、少し疲れていた。


『恋だろ』


 送られてきたルイさんの文面が思い出される。恋・・・・・・私が、三好さんに恋!?


 いやいやいやいや! 私が誰かを好きになるなんて、そんなリア充っぽいことになるわけが・・・・・・!


「もしかして、好きな人できたー?」

「はぅっ!」


 不意に聞こえてきた声に、机についていた肘がすべる。支えを失った頭は重力に従って落下し、ゴンッ! という鈍い音を立てた。痛い。


「あ、わかる!? 1駅離れたコンビニの店員さんなんだけどさー」


 斜め前の席に座ってお喋りをするキラキラ女子はこちらを気にも止めずに話を続ける。


「もーほんと格好よくて! しかも優しいし、いつも笑顔だし、あんな完璧な人がいるんだって思ってー! ああ、今すぐに会いたい・・・・・・」

「ゾッコンじゃん」

「ここからもうちからも離れてるけど、いつでも会いに行きたいくらい好きー!」


 ──世の中の女性たちはあんな風に恋バナをするんだなあ。


 きっとああして話すことで、人を好きになる気持ちや感覚を知っていくんだろう。


 ──今すぐ会いたい、かあ。


 女子たちの恋バナに耳を傾けながら、机に突っ伏す。いつでも会いたい人。私なら、三好さ・・・・・・。


「あ"ああっ!」


 思い切り机に頭をぶつけた。今度は自主的に。

 それにキラキラ女子たちがビックリしてこちらを見た気配がしたが、気にならなかった。それよりも今思ったことの方が問題だ。


 ──待って、待って待って!


 何が「待って」なのかわからないけれど、心の中でそう叫びながら席を立ち、何かから逃げるように足早に講堂を出た。

 そのまま施設も出て、構内を突っ切り、大学の外まで出たところで赤信号に引っかかって足を止めた。


 早足で歩きすぎて息が切れ、心臓がバクンバクンと物凄い音をたてているが、もう私にはこの心臓の音が何に対する、どういう種類の音なのかわからなくなっていた。


「もう無理・・・・・・」


 信号機の前でしゃがみこむ。完全にキャパオーバーだ。

 信号が青になり、横断可能の音楽が流れ出したけれど、私はしばらく足を踏み出せなかった。


***


「おはよう、ございます」


 途中、何度も立ち止まりながらもたどり着いたコンビニの事務所のドアをガラリと開けると、パソコンデスクの前に座って何かを食べている店長がいた。


「おう」


 やっぱり目付きと雰囲気が怖い。ムシャムシャというお菓子を食べる音ですら、なんか怖い。

 怖いが、今日の相方が三好さんでないことが嬉しかった。店長の顔を見てこんなに安心したのは初めてだ。怖いけど。


 黙って定位置に座り、スマホを見る。出勤まであと十分。店長だからナイライは開けないし、さて何をしようか──・・・・・・。


「影原」

「にゃいっ!?」


 不意に名を呼ばれ、咄嗟に返事をしたが変な声が出た。にゃいって。私は猫か。・・・・・・猫に失礼だ、猫の方が数万倍も可愛い。


「これ」


 そんなことは全く気にしていないのか、店長さんは私の噛みに反応することなく、ん、何かを差し出した。


「え、私に、です、か?」

「いや、三好に」

「では、何故、私に・・・・・・」

「三好がこれ食ったらお前に預けろって言ってたんだ。何でだかは知らねえが」


 三好さんが? 何を? と不思議に思いながらも、わかりました、と店長に差し出されたものを震える手で受け取った。カードだ。イケメンが描かれたカード。・・・・・・って、これ。


「何で・・・・・・」


 思わず声に出て、慌てて続きの言葉を飲み込んだ。これ──ナイライのウエハースのオマケカードじゃん!!

 店長さんの方をちらりと見ると、手元にはナイライウエハースの袋があった。つまり、店長さんが食べてこのカードを出したのは間違いないらしい。

 え、何で店長さんがナイライのウエハース食べてるの?! そして何で三好さんは私にナイライカードの橋渡し役を?? ちょ、色々と謎すぎるんだけど!?


「三好に腹が減ったらこれ食ってカードを出しておいてくれって言われたんだよ。自分は甘いもん苦手だからって。・・・・・・ったく、俺も得意じゃねーっつーの」

「そ、そうなん、ですね・・・・・・」

「甘いもん苦手なのに、なんでこれ頼んでくれって言ってきたのか謎すぎるぜ」


 ポツリと呟いた店長さんのその言葉に、私は耳を疑った。頼んでくれって言った?


「・・・・・・え?」

「ん?」

「三好、さんが、頼んだん、ですか?」

「おー。好きだから、これがあれば元気に出るかもってよ。自分のことなのに“かも”って面白いよな」


 それなら自分で食えよって話だよな、と店長さんは新しいウエハースの袋を開けながら言った。甘いもの苦手って今さっき言ってたのに食べてあげるんだ。


 ・・・・・・というか、今の話。三好さんが元気が出ると言っていたのは、たぶん、三好さん自身の話ではない。そうだとしたら店長さんの言う通り「かも」はおかしい。

 それにナイライのウエハースが届いて元気が出たのは私だ。そして、三好さんははしゃぐ私に「良かった、元気出たみたいだね」と言っていた。

 つまり、多分だけど、元気が出るかもと三好さんが言ったのは、私のことだ。


 ──私のために。


 手に握ったカードを見る。カードの中にはイケメンがいる。でも、誰なのか判断できなかった。心臓の体を貫くほどのとてつもない音が、頭の働きを邪魔している。


 好き、と言う言葉が空っぽになった頭の中に自然と現れる。

 特に何も考えるまでもなく、考え込むまでもなく出てきたそれは、意外にもスっと心に馴染んだ。


 好き。好きなんだ。私は、三好さんが──。


 ・・・・・・って、うわああああ!!! 無理!!!!!


 らしくもない乙女チックな感情に、私の中の私が私に対する解釈違いを起こして悲鳴を上げて、その衝動に任せて近くにあった柱に頭をぶつけた。ゴリンって音した。ゴリンって。


「おい、何してんだ!? 大丈夫か!?」と尋ねる店長の声に、自分の感情への驚きを忘れさせるほどの激しい痛みが勝りすぎて、「ぁい・・・・・・」としか答えられなかった。

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