24.これは一体なんの病気なんでしょうか。
『ルイさんー!』
『どうした?』
帰宅後。私はいつものようにルイさんに縋り付いていた。困った時のルイさん頼み。と私の中ではいうが、今回はそういうのではない。
『私、死ぬかも』
『は?』
『なので、ルイさんには今のうちに感謝を伝えたくて今回連絡をした次第で』
『ちょいちょいちょい、待て! 何があった!?』
まずは何があったのか話せ! と諭され、スマホをフリックする手を止めた。何があったのか・・・・・・うーん、なんと言えばいいのか。
『動悸が止まらなくて』
『動悸? いつから?』
『バイトをしている時から。今はおさまってるけど・・・・・・』
そう、今は治まっている。というか、バイトの最中も基本的には大丈夫だったし、帰宅途中も問題がなかった。でも時々、動悸が止まらなくて死ぬのかと思った。
もしここで倒れたら三好さんに迷惑だよなあ、と思って倒れないことを祈りながらバイトをしていたくらいだ。もうこれはいつ何時なにがあってもおかしくない。
『バイト中に何かしたか?』
『いえ、特に』
『確かに心筋梗塞とか心不全とか、突発的に起きる心臓の病気は色々あるが』
『私、まだヴァイス様のタキシード姿も現代パロ姿もサンタ姿もトナカイ姿も袴姿も相撲のまわし姿も見てないのに・・・・・・』
『待て、早まるな。というか、相撲のまわし姿見たいか?』
『推しの姿なら何でもみたい!!』
『ヴァイス様も流石にまわしは似合わないだろ・・・・・・』
『似合うもん!!』
論点がズレた。しばし相撲のまわしが似合うかどうか問題を話し、ルイさんが『まあそれは今度しっかり話し合おう』と言ってくれたところでなんとか軌道修正された。危ない、このまま朝になるところだった。
『何にせよ、病気と決めつけるのは早い。せめて病院に行くべきだ』
『だよね・・・・・・』
『ちなみに、動悸が止まらない時って、何か特定の条件とかないか? 何らかのアレルギーとかあるかもしれない。ぼくもド素人だし、わからないけど』
『特定の条件・・・・・・』
頭を捻り、思い出してみる。特定の条件。アレルギー云々だとしたら何かの傍にいたとか、何かを嗅いだとかだろうか。うーん。
『あ』
『なんかあったか?』
『バイト先の先輩といた』
『それってうちの同盟にいる、ユウとオタカフェに行ったっていう例の先輩か?』
『そう。まさか、先輩アレルギー!?』
これにはいつもの鋭いツッコミがくるかと思ったが、しかし少しの間、ルイさんから返信がなかった。
どうしたんだろう、眠ってしまったんだろうかと思っていると、不意にルイさんが『聞きたいんだけど』と言った。
『その先輩って、男?』
『そうだよ』
『なるほど。ユウ』
『何?』
『安心しろ、病気じゃない』
きっぱりとそう言い切ったルイさんに、首を傾げる。ついさっきルイさん本人が『ど素人だから』と言っていたのに、なんでわかったんだろう。
『違うの?』
『確かに病っちゃあ病と言われてるそうだが』
『病気なの?』
『まあ、所謂、そうだな。多分お前のそれは』
その後やってきた返信の言葉に、私は目を疑った。
『恋だろうな』
恋? こい・・・・・・濃い? いや、鯉? 故意?
『・・・・・・こい?』
『なんかお前、よくわかってなさそうだからちゃんと言うけど、恋愛って意味の恋だからな。魚とか味の濃さとかじゃないからな?』
『エスパー!?』
『なんとなくユウが考えてることわかってきたんだよ』
とにかく、とルイさんが仕切り直す。
『お前はそのバイトの先輩のことが好きになったんじゃないのか?』
『え、私が? 好きに?』
『無自覚にもほどがあるだろ・・・・・・』
『だって、私、今まで誰かを好きになったことなんてないし』
わからない。そもそも、私は誰かを好きになることなんてないと思いながら生きてきた。誰かに好かれることもないだろうし、好きになったってどうしようもないことくらい分かっていた。だから縁なんて一生ないと思っていた。
高校に上がってオタクになってからは、それが顕著だった。誰にも興味がなく、恋バナにも興味を持てなかった。まずそんなことを話す友達などいなかったのだが。
『でも私、先輩の相撲の・・・・・・まわし姿を見たいとか思わないよ!?』
『流石にそれはそうだろ』
だから、誰かを好きになる感覚なんてこれっぽっちもわからない。でも、だけど何となくだけど、その言葉に違うと言いきれない何かを感じた。
『ユウ』
気がつけば、返信を打つ手が止まっていた。慌ててスマホの画面に指をすべらせようとしてけれど、次にやってきた言葉にまた指が止まった。
『今、その先輩のことを思い出してみろ』
「三好さんのことを・・・・・・」
言われるがままに、先輩──三好さんのことを、頭の中で思い出す。いつも笑っている三好さんの顔が、ふんわりと私の中に現れる。大丈夫だよと勇気づけてくれる声が、今まさに言われているかのように鮮明に聞こえる。私の手を撫でた温かい手の感触が思い起こされる。
『今、調子はどうだ?』
そのメッセージに、返信しようとスマホの画面に指を置く。その指は少しだけ震えていて、中々上手く打てなかった。
『動悸が止まらない・・・・・・』
時間をかけてそう入力して送信すると、ルイさんは『やっぱりな』と得意げに言った。




