23.何かがおかしいです。
「影原さん、おはよー!」
事務所の中に入ると、いつもの笑顔が私を出迎えてくれる。
それに「おはよ、うございます」と挨拶を返し、椅子に座ってカバンからスマホを取り出した。
そのまま流れるようにナイライのアプリをタップすると、『ナイトライブ!!』というロッドさんの声が大音量で事務所に響き渡った。
「うぇ!?」「わっ!?」
2人同時に肩を上げる。慌てて音量を下げ、三好さんに頭を下げた。
「す、すみません・・・・・・!」
「あはは! いいよいいよ。音量上がってるのに気づかずに〜ってあるあるだから」
「本当に、すみません・・・・・・」
うっかりとはいえ、やはり失敗してしまったなと思う。そもそも今までナイライを外で開いたことがなかったのに、調子に乗って開こうとしたのが間違いだった。
「影原さん、なんか元気ない?」
「え?」
「大丈夫? なんかあった?」
パソコンデスクの前に座っていた三好さんが、心配そうに立ち上がって私の側までやってくる。・・・・・・今は、優しくしないで欲しいのに。
優しくしないで欲しいと思っているのに、それを突っぱねることも無下にすることも出来なくて、咄嗟に思いついた嘘が口をついて出た。
「大丈夫です、その・・・・・・」
「ん?」
「が、ガチャで、ヴァイス様が出なくて、落ち込んでるだけ、なので、お気になさらず・・・・・・」
「・・・・・・あー、それは元気なくなるなあ。仕方ないね。よし、じゃあ今日は省エネモードでいこ!」
悲しかった出来事を吹き飛ばすように、三好さんが冗談めいてそう言って笑ってくれる。それに嘘をついた罪悪感がのしかかって来るけれど、本当のことなんて言えない。こんな面倒なこと、言えない。
──幻滅されなくないなんて、おかしいかな。
「頑張り、ます・・・・・・」
小さな声でそう言うと、三好さんが「無理はなしね!」と言ってニカッと笑った。
***
それから、五日ほど経った。
私は相変わらずテンションを上げてしまわぬよう、調子に乗ってしまわないよう、失敗をしてしまわないよう、細心の注意を払って三好さんと接していた。
「す、みません、ヴァイス様のこと、まだ引きずっていて・・・・・・」
事ある毎に「大丈夫?」と声を掛けてくれる三好さんにそう誤魔化してきたが、そろそろ限界かな、と思い始めた。ガチャ爆死を引きずること5日。少し引きずりすぎだ。
「あ、影原さん! ちょっとこれ見て!」
そんな事を考えながら配送されてきたお菓子のバーコードをスキャナー(納品するための機械)で通し、個数を入力していると、三好さんに呼ばれた。
「は、はい・・・・・・!」
慌てて棚の裏側にいる三好さんの元へ行くと、三好さんはキラキラした顔で箱を掲げていた。
その箱には、見覚えがあった。
「ナイライの、ウエハース・・・・・・ですか?!」
「そう! 納品されてきたんだよ、やばくない?」
ウエハースと一緒にナイライのカードイラストがプリントされているカードが一枚入っているそのお菓子は、ナイライ界で大盛り上がりしているものだ。
被ったとか、推しが出たとか出ないだとか、今日帰りに買って帰ろうとか、そういう呟きを私はいつも、ツブヤイターで見ていいなと思っていた。
いいなと思いながらも、買えなかった。ウエハースが近隣で売り出されているところなんて見たことがなかったし、通販で買うにはBOX買いしか手段がなかった。二十枚入BOXなんて私の部屋に置いて置ける場所がない。
だから、諦めていた。楽しそうなつぶやき達を羨望の目で追いながら、我慢をしていた。
そんなナイライのウエハースがうちの店に導入された。今までそんなこと一度もなかったのに。やばい。
「これは・・・・・・ナイライが世間に浸透してきているという事でしょうか・・・・・・!?」
あまりの驚きの出来事に、凄い凄いとはしゃいでしまう。ナイライ歴五年、遂にナイライが私の近所にやってくる日が来た。買う買わないは置いておいて、最高だと思っている推しコンテンツが世間に知れ渡り、近くまでやって来るのは嬉しいばかりだ。
「・・・・・・良かった、元気出たみたい」
「へ?」
「久しぶりに元気な影原さん見たなーって」
その瞬間『あまり調子に乗るなよ』という声が聞こえた。今の声はまさか、三好さん? ・・・・・・じゃない。絶対に違う。三好さんはそんなこと言わない。
わかってる。わかってるけれど、ほとんど反射的に頭を下げた。指先が、震える。
「あ、ご、ごめんなさい」
「なんで謝るの?」
「はしゃぎすぎてしまって・・・・・・テンション上がりすぎました。調子に乗ってすみません」
テンション上げないように気をつけていたのに。失敗しないように、気をつけていたのに。また注意されてしまわないように、気をつけていたのに。
調子に乗ってはいけないと、ずっとそう言われて育ってきたのに、私はまた。
「なんで? はしゃぐのも、テンションが上がるのもいいことじゃん」
三好さんの素っ頓狂な声が下を向いた頭に降ってくる。それに今度は私が素っ頓狂な声を上げた。
「・・・・・・え?」
「テンションが上がるのって、いい事があったから上がるんでしょ? はしゃぐのも、いい事があるからはしゃぐんだよね」
「そ、そうですね」
「じゃあ、それを良かったねって一緒に喜びこそすれ、俺は責めたりしないよ」
三好さんが、手を伸ばして私の手に触れた。気がつけば私は、エプロンをぎゅっと握りしめていた。それを解くように、三好さんが私の手を撫でた。
「調子に乗ったっていいよ。むしろ影原さんはもっと調子に乗っていいくらい。いつもバイトも大学も頑張ってるし、多分俺の知らないところで、心の中でもっと頑張ってるよね。こうやってエプロンを握りしめてるのを、よく見かける」
「・・・・・・」
「影原さん。俺の前では、好きなだけはしゃいでいいよ。喜んでいいし、テンションを宇宙レベルまで上げたっていい。俺は一緒にはしゃいで喜んで、テンション上げて楽しむよ」
ていうかきっと他のみんなもそうだと思うよ、と三好さんが優しく笑う。触れられた手が温かくなって、強ばっている手が解けていく。指先の震えが消えていく。
「あ、お客さん来た。いらっしゃいませー!」
三好さんは「これ納品よろしく」と言ってナイライのウエハースの箱を私に渡すと、レジの方に向かって歩いていった。
いつもなら、それを「私が行きます」と言って三好さんを止めるところだ。だけど、動けなかった。
震えが止まり、エプロンから離された手を見つめる。緊張感はなくなっている。でも、心臓は変わらずに凄い音を立てている。
なんか、なんかわからないけど、これやばいのでは・・・・・・? びょ、病気、とか・・・・・・!? まだヴァイス様の幸せそうなお姿を拝見していないのに!?
一向に収まらない動悸に私は一人、恐れをなしていた。




