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22.これが私の日常なんです。


 三好さんと駅で別れ、電車に乗って帰路に着く。時計を見ると十六時になるところだった。

 私の休みの日にお出かけを合わせてくれたため、三好さんはこの後出勤だ。無理をさせてしまったのでは、と思ったけれど三好さん自身が「楽しかった」と言ってくれたので良かったと思い直した。


 ・・・・・・また一緒に出かけよう、か。


 私の話を面白い、もっと聞きたいって言ってくれる人がルイさん以外に現れるとは思わなかった。

 私よりも私の推しに一生懸命になってくれる人がいるとは思いもしなかった。

 ナイライ関係で一緒に行こうと誘ってくれる人ができるとは思っていなかった。

 まさかこんな風にコラボカフェに行って、推しの話を思う存分して帰ることがあるなんて──全部夢なんじゃないかとすら思える。

 

 夢だとしたら残酷すぎる・・・・・・。なんて思っているうちに、あと一つ角を曲がれば自宅ということろまでやって来ていた。


 ・・・・・・。


 立ち止まり、手に持っていたヴァイス様のアクリルキーホルダーとコースターが入ったオタカフェの袋の中を見る。2つとも、私にとっては高価な宝石に値するほど、大切な宝物だ。

 そっと袋を閉じ、間違っても傷ついてしまわないようにカバンの中に慎重にしまう。

 すっと背筋を伸ばして思わず口元に浮かんでしまった笑みを引っ込め、どこにもオタカフェの痕跡がないかを確認。よし。


 もう一度足を前に進めながら、三好さんに申し訳ないことをしたなと思う。

 本当は、三好さんが持っていたナイライつめつめのオタカフェの袋を、三好さんは私に持たせようとしてくれていた。


「影原さんの方がファン歴長いんだし、貰って。俺はゴルトさんだけ貰えたらいいから」


 その申し出を、私は断った。それどころか、全部三好さんが持って帰ってくださいと三好さんに押し付けた。

 あれが欲しくなかった訳では無い。三好さんにコラボカフェで言ったようにヴァイス様に特化しているだけでみんな好きだし、頂けるなら願ってもない話だった。

 だけど、貰えなかった。そもそも、ヴァイス様すら受け取るつもりがなかった、くらいなのだ。


「もしもバレたら・・・・・・」


 そこまで呟いたところで、言葉を止めた。やめよう。これ以上考えると気分が落ち込む。せっかく楽しかったのだから、楽しいまま帰ろう。


「ただいま」


 玄関で靴を脱ぎ、中に入る。できる限り、そうっと。存在を消すように。


「どこに行ってたんだ?」


 その声に、少しビクリとする。心臓がドキドキして、指先が冷える。思考が上手く回らなくなる。

 それでも見なきゃ、と自分に言い聞かせ、ギギギと音を立てそうなくらい固くなった首を動かして顔を上げた先にいたのは、父だ。片手には湯気が立つカップを持っている。・・・・・・ああ、タイミングが悪い。


「えっと・・・・・・カフェ、に・・・・・・」

「ふうん」


 父の探りを入れるような視線が刺さる。嘘を言っていないか、何かを隠していないかを見定めているのだろう。


「やけに楽しそうだが、あまり調子に乗るなよ。お前、調子に乗ると失敗するんだから」


 父はしばらくそうした後、そう一言言って、玄関横の部屋に消えていった。


「・・・・・・はい・・・・・・」


 小さく返事をして、さっさと中に入る。足早で廊下を歩き、途中で洗面所に寄って手洗いうがいを簡単に済ませ、二階に上がって逃げ込むように自室に転がり込んだ。


「・・・・・・はー」


 ドアを閉めるなりその場に座り込む。無意識のうちに息を詰めていたようで、肺に一気に空気が送り込まれた反動で咳が出た。その咳に叩き起されるように頭が正常に回り出す。


 ・・・・・・ああ。


 膝の間に顔をうずめ、落ち込む。さっきまでの楽しかった気分など、一欠片も残らず砕け散っていた。


『あまり調子に乗るなよ。』


 わかっている。調子に乗るつもりなどなかった。でも、テンションが少し上がっていたのは事実だ。

 テンションが上がる、は調子に乗るのと紙一重で繋がっている。


 それは、三好さんに対してもそうだったかもしれない。

 話を聞きたいと言ってくれた。推しの話をしてくれた。私の推しに一生懸命になってくれた。また出かけようと言ってくれた。

 その三好さんの優しさに甘えて、私は少し気分が良くなっていた。テンションが上がって、調子に乗ってしまっていた。次にバイトに言ったら、三好さんに何の話しをしようかなんて、考えてしまうくらいには。


「ほんと、調子に乗るなよ・・・・・・」


 自分に言い聞かせるように、呟く。さっき父が言っていたように、調子に乗ると私は失敗する。その失敗は言葉選びだったり、夢中になりすぎて迷惑になっていることに気づけなかったりだとか様々だけど、間違いなく人に不快な気持ちをさせてしまうものばかりだ。


「・・・・・・私ってほんと・・・・・・」


 静かに立ち上がり、カバンの中からオタカフェの袋を取り出す。それをクローゼットの1番奥の、誰も見ないようなところにしまい込む。

 ヴァイス様は私の推し。推しは、オタクのテンションを上げる存在となる。その存在を部屋の中に置いておくのは危険だし、何よりバレたらなんて言われるか、私は痛いほどに知っている。


「これで、いい」


 そう呟いて、もう私の宝物が二度と私の視界に入らないように、クローゼットの扉を閉めた。

 

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