19.コラボカフェと書いて天国と読みます。①
三好さんがドアを押し開けたその先は。
まさに、極楽浄土だった。
「いらっしゃいませ。予約の画面をお願いします」
「はい」
壁一面に貼られた10人のファルベンの特大イラストに囲まれた空間には、ナイライの曲が流れている。・・・・・・あ! 今、正面右端にいるヴァイス様と目が合った!! 絶対に合った!!!
「・・・・・・さん? 影原さーん?」
「っ、うひゃい!?」
突然肩を突つかれ、驚いて変な声が出た。横を見ると、三好さんがクックッと肩を揺らして笑っていた。
え、あ、やばい。今。
「極楽浄土すぎて本当に昇天してました・・・・・・お花畑が今そこに」
そう言ってから、しまったと思った。昇天しすぎて思ったことがうっかり口に出てしまった。やばい、これは三好さんも引──。
「ぶはっ!」
しかし三好さんは、もう堪えきれないと言わんばかりに吹き出した。そのままお腹を抱えて、だけど皆の邪魔にならないように「ふふ、ははは」と口を抑えて笑っている。
「わ、笑いすぎ、です」
「ごめんごめん。影原さんが面白すぎるから」
「そ、そうですか・・・・・・?」
「うん。お花畑の中に入らずに戻ってきてくれて良かった」
そういえば前にルイさんにも面白いって言われたことがあったな、と思い出しながら漸く笑い終えた三好さんを見る。まだ口に笑みが残っているし、目尻に涙も残っている。
私の発言で引くどころか、こんなに笑ってくれるなんて。三好さんはいい人なんだな・・・・・・。
「店員さんが席まで案内してくれるって。行こう」
「あ、はいっ! すみませんっ!」
お待たせしてしまったニコニコ笑顔の店員さんに謝罪をしてから、席に案内をして頂く。
その席はヴァイス様がド正面に見える席だった。
「影原さん、ヴァイスさんが見えるこっちに座りなよ」
「・・・・・・逆で結構です・・・・・・」
「えっ、なんで!? ヴァイスさん見えなくなるよ!?」
「こんな至近距離で直視したら目が致死量を超えてしまいますので」
また三好さんが笑う。案内してくれた店員さんはメニューで口元を隠し、三好さんが笑い終わるまで待ってくれた。
「はー、空に浮かぶ城の中にいたサングラスの人思い出した」
「感覚としては、あんな感じです」
「あんな感じなんだ。でも、きっとヴァイスさんは推してくれる人が見てくれるのが一番嬉しいよ。だからそっちに座って」
「・・・・・・はい・・・・・・」
三好さんに説得され、ヴァイス様の正面に座らせていただく。
うぅっ、目が・・・・・・! こんなことならサングラスを持ってこれば良かった・・・・・・!! と激しく後悔をした。
「こちら、メニューでございます。そちらのタブレットからご注文をお願いいたします」
「ありがとうございます」
「あ、りがとう、ございます」
店員さんが去ると、三好さんが「何頼む?」とメニューを私の方に向けてくれた。優しい。
「ええと、これは、頼もうかなと思っていて・・・・・・」
ヴァイス様のイラストの横にあるケーキを指さすと「おっけー」と言って注文用タブレットを操作し始めた。
申し訳ないからと端末を貰おうとすると「俺のもついでに頼むから。影原さんはメニューとヴァイスさん見てて」と離してくれなかった。
仕方が無いので言われた通りにメニューを見る。ヴァイス様のことはまだ直視できなさそうだった。
「ドリンクは? ヴァイスさんのやつ?」
「・・・・・・そう、ですね」
「あ、違った? ごめんね」
「いえ、違うことは、ないので、全然大丈夫、です」
「・・・・・・?」
三好さんが不思議そうに私を見る。まあそうだよなと思いながらも「それで、大丈夫なので」と言うと三好さんがタブレットを机の上に置いた。
「影原さん」
「は、はい・・・・・・」
「ごめんね、先にヴァイスさんのやつって言っちゃって。影原さんがこういう時、本当のことを言い出せないってわかってるのに」
「いえ、三好さんは、何も・・・・・・」
「影原さん。俺には遠慮とか我慢とかしなくていいから」
三好さんが私をじっと見つめる。その目は優しさに溢れていて、少しだけ、安心できる気がした。
「思うことがあるなら、言って欲しい。他のものを頼みたいなら、ちゃんとそれを言って欲しい。我慢しないで」
「・・・・・・」
「影原さん」
「・・・・・・本当は、」
もう一度、三好さんの目を見る。大丈夫だよ、と言うように目が細められる。その優しい動きに釣られるように、口を動かした。
「本当は、ヴァイス様のがいいんです・・・・・・」
「うん」
「でも、あの、私・・・・・・」
「うん」
「炭酸が苦手で・・・・・・」
そう言うと、三好さんは少しだけ目を大きくしたあと、メニューを見た。
「あーなるほど。炭酸なんだね、ヴァイスさんのドリンク」
「子供、みたいな理由ですみません・・・・・・」
「そんなことないよ。誰にだって苦手なものはあるでしょ」
バカにすることもなく、三好さんはメニューに視線を戻してウーンと唸った。でもヴァイスさんの特典は欲しいよね、と小さな声で言っている。
確かに特典は欲しいし、それに──。
私はグッと覚悟を決めた。
「そうだなあ、それなら・・・・・・」
「あの・・・・・・」
「ん?」
「・・・・・・ヴァイス様のでお願いします・・・・・・っ!」
「ええっ!?」
「ヴァイス様ので、お願いします!!」
三好さんが大きく驚く。それでも力強くそう言うと、三好さんが手をブンブンと振った。
「いやいやいや、炭酸苦手ならやめた方がいいよ!? これ炭酸でも強炭酸だし! 特典ランダムだし、無理しない方がいいよ!?」
「確かに特典はランダムです。しかしそれよりも何よりも、オタクたるもの最推し、つまりヴァイス様の為にたった一杯のドリンクでもいいので貢献しなければという気持ちが強くてですね」
「いやあ、無理して飲んでもヴァイスさん、心配しちゃうと思うな」
「これくらい俺のために飲んでよ、と笑顔で言うと思います」
「言わ・・・・・・いや・・・・・・言いそう、かも・・・・・・!」
解釈が一致したらしく、反論を出来なくなった三好さんは「えーでもー」と言っている。もうここまで来たら引き下がれない。推しの推しによる推しドリンクを飲み干してみせる! そう、命に変えてでも!!
「なので、ヴァイス様のを、頼みます!」
「やめた方がいいって」
「しかし・・・・・・」
「大丈夫、影原さんの代わりに俺が飲むから!」
「それだと、三好さんの飲みたいもの、が飲めなくなってしまいます」
「その辺はご心配なく。実は俺が欲しい特典がついてるドリンク、俺飲めないんだよね」
そう言って、三好さんはメニューを私の方に寄せた。
「これなんだけど」
「これは・・・・・・ゴルトさんの、蜂蜜レモンジュースですか?」
「俺も推しの飲み物飲みたいところだけど、甘いの苦手で・・・・・・」
「推し、ですか?」
「・・・・・・ごめん。これ後で言おうと思ってたんだけど」
三好さんは背筋をピンと伸ばして、前置きをしてから言った。
「実は俺、ゴルトさん推しになっちゃったみたいで・・・・・・」
「そ、そうなんですか!?」
衝撃の事実だ。ずっとヴァイスさんが──と言っているので、三好さんもてっきりヴァイス様が好きになったんだなと思っていたのに。
まさかのゴルトさん推しだったとは。
「ごめん、なかなか言えなくて。影原さん、嫌かなって思ってさ」
「嫌、ですか?」
「だって、ゴルトさんってヴァイスさんからしたら敵でしょ? しかも、因縁の相手」
「そうですね」
ゴルトさんは、元々ヴァイス様の所属していたアインファービックの敵国であるブンテの騎士だ。
とても強く、ファーブロスの戦いで誰も止められないと言われていた騎士──真っ赤な悪魔を唯一止めた騎士で、そして唯一、ヴァイス様の正体が真っ赤な悪魔であると知っている人でもある。
つまりそれは、ヴァイス様にとって弱みを握られているも同然だ。
そのゴルトさんは今、エデルと呼ばれるファルベン団に所属している。騎士時代に比べたら人気争いをしているだけなので可愛いものだが、しかしそれでもエデルはヴァイス様の所属しているドゥンケルの敵にあたる。ヴァイス様からしたら、自分の騎士時代の正体を知っている人が敵にいるなど、気が気では無い話だ。
三好さんは、そんなヴァイス様からしたら敵以上でも敵以下でもない、ただひたすらに敵でしかないゴルトさんを好きになってしまったことを申し訳ないと思っているのだろう。
だが、オタクを舐めてもらっては困る。
「ですが、そんなの関係ありません」
「え?」
「確かに推しは違います。推しは違いますが、推しを思う気持ちはオタク共通で、何も違いません」
推しが違う。それが一体なんだ。




