18.コラボカフェ当日です。
ついにこの日が来てしまった。
電車の中、黒いショルダーバッグの紐をギュッと握る。その手は無意識に震え、ひどく汗もかいている。
結局、昨夜は一睡も出来なかった。寝不足で眠たくなってもおかしくないのに、全く眠たくない。それどころか目がギンギンだ。
早い話、緊張度がMAXになっていた。帰りたい気持ちを抑え、頑張って電車に乗った私を褒めてあげたいくらいだ。
ふぅ、と息を吐きながら電車の地面を見る。地面と一緒に目に入るのは、私のオシャレとは程遠い服装だ。
結局、一晩悩んだ結果、推しコーデを出来るような服は持っていないし、かと言ってヴァイス様が好きそうな清楚なワンピースなんて持ってない。ていうか絶望的に似合わない。
そんな訳で、黒いTシャツに黒いカーディガン、黒いスキニーパンツ、黒いスニーカー、黒いカバンという出で立ちになった。見事なまでに全身真っ黒だ。
だけどまあ、変に気合い入れてオシャレして似合わないよりはマシだと思う。目立たないし、私はこれくらいで丁度いい。
電車のアナウンスが間もなく目的の駅に到着することを告げる。三好さんとは、その駅で待ち合わせということになっていた。
電車が止まったのを確認してからそろりと立ち上がり、降りていく人達の最後尾について電車を降りる。
慣れない改札に電子マネーを強く押し当てて通り抜け、電車というミッションを完遂した安堵の息を吐いたところで「あ、影原さーん!」という声が聞こえた。
顔を上げると、そこには白いシャツに、不揃いの青やグレーや黒の四角がセンス良く配置された白い上着に、細めの黒いダメージジーンズを履き、ハイカットのスニーカーを履いた三好さんがいた。
こちらに向かってブンブンと手を振る、どこかの雑誌の表紙を飾っていてもおかしくなさそうな出で立ちのその人に、私は思った。
わあ・・・・・・住む世界が違うなあ・・・・・・。
***
駅から少し歩いたところで、三好さんの足が止まった。
「あ、ここだ」
「こ、ここが・・・・・・!」
ビルの一階、中が見えないように隙間なく『オタカフェ』という文字が書かれたウォールステッカーと、今やっているコラボのチラシが貼られたその場所を目の当たりにして、私は固まった。
道中、緊張しすぎてどの道をどういう風に歩いてここまで来たのか全く覚えていないが、チラシがナイライになっており、間違いなくここがナイライのコラボカフェの会場であることを示している。
ついに来ちゃったよ、コラボカフェ・・・・・・!
ドアを開ければナイライの世界。そう思うと緊張がMAXを超えてカンストし、頭の中が混乱した。
私なんかが、本当にここに来ちゃって良かったのだろうか? ヴァイス様の恥になってしまったりしないだろうか!? ヴァイス様に蔑みの目を向けられたらどうしよう!? ・・・・・・いや、それはそれでいい!(?)
「影原さん、もしかしてコラボカフェ初めて?」
そんな様子の私に気がついたのか、三好さんが顔を覗き込みながら尋ねてきた。その顔は余裕そうに見える。やっぱり三好さんは初めての場所でも緊張しないんだろうか。・・・・・・はっ! もしかして来たことがあったりとか!? だとしたら先輩!?
「えぁっ、はい・・・・・・実は」
「そうなんだ。緊張してる?」
「少し・・・・・・」
「実は俺も!」
「えっ、そ、うなんですか?」
思わずパッと顔を見あげると、三好さんはアハハと頬を掻きながら笑った。
「コラボカフェって初めてだしね」
「そう、なんですか」
「ナイライって男でも楽しめる話だけど、基本的に女性人気が多いからさー俺みたいなのが来ていいのかなとか思っちゃって」
その言葉に、ハッとした。確かに三好さんがそう思うのも当然だ。この中は、ほとんどが女性で埋め尽くされているだろう。
そんな中に入るのは、もしかしたら私よりも緊張することなのかもしれない。それなのに私に付き合って来てくれている。
嫌じゃないんだろうか、無理させてしまっているんじゃないだろうか。そもそも、ポイントイベントのお礼なんて良かったのに。
「あの、三好さ──」
「でも、気にしてたら楽しめない。それって勿体ないなって思うんだよね」
「え・・・・・・」
「コラボカフェは初めてだから緊張する。でも初めてだからこそ、いい記念になるように楽しもうと思ってるよ。折角の、一回しかない“初めて”なんだから」
「・・・・・・」
「まあ、影原さんの方がナイライ好きなんだから緊張するだろうし、同列にすんなって話かもしれないんだけどね! だけど、俺は影原さんと沢山楽しみたいなって思ってるよ」
そう言って、三好さんはニコッと笑った。その笑顔は明るくて真っ直ぐで、今の言葉に嘘がないことを伝えてくれている。
「緊張しちゃうかもだけど、今日は目いっぱい楽しもう! 影原さん!」
ね! と三好さんがドアの取っ手を握って手招きをしてくれる。
初めてだからこそ。確かにそうだ。コラボカフェは初めてで、コラボカフェは推しだらけの空間。だから緊張するけど、緊張しすぎて何も覚えていないのでは話にならない。
特にファルベンはアイドルのような人達の集まりなのだ。
全力で楽しまないと、いつも皆を楽しませようとしてくれるファルベンの皆に失礼だ。
「は、はい! 目いっぱい、楽しみます!」
「はは、いい返事」
そう笑いながら、三好さんはコラボカフェに繋がるドアを押し開けた。




