15.こんな事があっていいのでしょうか。
しぱしぱする目を瞬かせながら、慣れた道を歩く。
昨日は結局、徹夜でイベント楽曲を叩きまくり、ついさっきまで追い込みをしていた。ルイさんも同じだったようで、なんなら家を出る前に確認した時もログイン中だったから今も尚、叩いていることだろう。
オタクにとってイベントはそれくらい、本当に大事なもの。
だから、今日も店長さんとのシフトなのにも関わらずに眠気100%で出勤することになってしまった──なんて言い訳にならないのは知っている。日曜日で大学がなかったのだけが唯一の救いだけど、これは非常にマズイ。一時間でもいいから寝ておくべきだったかもしれないと後悔する。
でもその代わりといってはなんだけれど、同盟別ポイントランキングは十位以内にいる。・・・・・・うーん、寝不足でもいっか!
ぼんやりとする頭でそんな事を思っているうちに、気がつけばバイト先であるコンビニに着いていた。ああ、完全に脳内がぼやけている。しっかりしなきゃ。
「お、おはようございます・・・・・・」
「おはよー」
自動ドアをくぐり、昼勤の方々に挨拶をしながら、カウンターを抜ける。
事務所の前で一度立ち止まり、息を深く吸って気持ちを整えてから、ガラリと事務所の扉を開けた。
まずは店長さんにしっかり挨拶を──・・・・・・。
「お、おはよう、ございま・・・・・・」
「あ、来た来た、影原さん!」
しかし、そこにいたのは店長だけではなかった。
「!? !?!?」
「ちょ、何で後ずさっていくの」
そう笑うのは、今日休みのはずである三好さんだった。私服姿で手前のパイプ椅子に座っていて、奥にはパソコンの前に座っている店長さんの姿もある。シフトが変わったわけではなさそうだ。
「え、な、ど、どうして・・・・・・」
「いやー実は影原さんに聞きたいことがあって。でも影原さんの連絡先知らないし、どうしようかなって思ったんだけど、そういえば今日出勤じゃん! と思って、来ちゃった☆」
いぇい! とピースする三好さんに、私は唖然とした。それでわざわざ日曜日の、大学もバイトもない日にバイト先のコンビニに来たのか。陽キャのアクティブさ、ほんと半端ない・・・・・・。
店長さんが「・・・・・・あー、俺、先に出るから」と立ち上がり、のそのそと事務所から出て行く。それを「あっ、はい」と見送った。
「店長って優しいよねえ」
それを同じように見送った三好さんが、笑いながら言う。
「そ、そうで、すか・・・・・・?」
「ガラ悪いから怖く見えるかもしれないけどね。忙しいはずなのに、さっきまで俺の話し相手になってくれてたんだ」
「あ、お、お邪魔して、すみませんでした!」
慌てて頭を下げると「いやいや、元々用があるのは影原さんだから」と三好さんが笑った。そういえば、そんな事を言っていたような。
「えっと、わ、私に聞きたいこと、って・・・・・・」
「あ、そうそう。あのさー、ナイライの事なんだけどさ〜」
「はい」
「あのイベントどういうこと!? ポイント集めるの無理ゲーじゃない!? ってか同盟って何!?!?」
三好さんが一気に、早口でそうまくし立てる。・・・・・・え、ええ?
「い、イベントに参加、されるんです、か・・・・・・?」
「報酬を見たらヴァイスさんのカードがあったから、やろうと思ったんだけど、俺にはまだ早い感じかな?」
はあ、とため息を吐きながら三好さんはスマホを取り出し、私の方へと画面を向けた。
そこに映し出されていたのは、見慣れたイベント画面。そして『10,000pt/ランキング圏外』という数字だった。
三好さんはナイライを始めて間もない。故にカードの種類は少なく、強いカードも持っていないだろう。私もこのくらいの時にイベントに参加したことがあるが、一回のライブにつき貰えたポイントは100ptとかそんなくらいだった気がする。
つまり、三好さんは昨日から百回、ライブをしていたということになる──え、そんなガチでやってるの!?
「は、早い、ということは、ないです」
「そうなの?」
「同盟、に入れば、初心者でも出来ます」
「同盟って何?」
「えっと、チーム、のようなもので・・・・・・えと、この画面を開くと、沢山、同盟の募集、が出てくるので──」
「これね?」
指さしたところを三好さんがタップすると、沢山の同盟の名前がズラリ出てきた。ああ、懐かしい。昔この画面を見て、どれに入るか悩みすぎて頭パンクしそうになったんだっけ・・・・・・。
「気になる同盟に、加入申請すると、入れます・・・・・・」
「ええ、これ、どれがいいの?」
「どれでも・・・・・・フレンドさん、が居るところ、とか・・・・・・」
「んんん〜フレンドいないんだよねえ」
「ええっ」
少し意外だった。三好さんのことだから、持ち前のフットワークの軽さとコミュ力でさくっとフレンド申請したり、みんなと仲良くなりそうなのに。同盟に悩むのだって意外だ。
「意外?」
心の中を読まれたようで、少しドキリとする。考えたあと、素直に「少し、」と答えると三好さんは笑った。
「俺みたいな初心者が入ったら迷惑になるかも〜とか思っちゃってさ。フレンド申請も全く出来てないの」
「ああ、それ・・・・・・わかります」
私も同盟選びの時に、同じ思いをした質だ。だからその気持ちは痛いほどに分かった。
──・・・・・・。
「あ、あの・・・・・・」
「ん?」
心臓がドキドキする。指先が冷えて、胃がギュッと縮こまる。断られたら、とか、嫌な反応されたら、とか、先々の事を考えすぎて喉に言葉がつっかえて出てこない。
怖い。だけど・・・・・・。
──焦らなくていいよ。ゆっくり、影原さんのペースで話してくれれば。拙くたっていいよ。俺は怒ったりしないから
三好さんは、いつだって私が嫌がるようなことは言わない。それどころか優しい言葉をかけてくれる。
だから、きっと大丈夫、だ。多分。
「っ、私、の同盟、入ります、か・・・・・・?」
──言えた!
恐る恐る、三好さんを見る。三好さんは、驚いたような顔をしていた。
「え・・・・・・いいの?」
その言葉にこくりと頷くと、三好さんは嬉しそうに笑った。え、そんなに嬉しい?
「マジで? 影原さんと一緒とか、めっちゃ心強いんだけど!」
「・・・・・・あ、でも、友達と一緒なので・・・・・・念の為、友達にも、聞いてからに、なりますが・・・・・・」
「全然いいよ!」
まだ入れると決まったわけじゃないのに喜ぶ三好さんに、なんだかこちらまで嬉しくなってくる。「聞いてみますね」と言ってツブヤイターを開き、きっとイベント爆走中であろうルイさんにメッセージを送る。
『・・・・・・というわけで、職場の先輩を同盟に誘っちゃったんだけど、良かったかな』
意外にもすぐに既読がつき、すぐに返信が来る。
『それって、前に言ってた先輩か!?』
『うん、そう』
『そうか! 仲良くなれたみたいで良かったな。同盟の話、ぼくは構わないよ』
『ありがとう! イベント中にお邪魔しちゃってごめんね』
『いや、いい話を聞けたから良い。先輩によろしく』
ルイさん・・・・・・マジ紳士〜!!
「大丈夫、だそうです」
「やった!」
「非公開の同盟なので、えと、招待、をしたいので、まずは私と、フレンド、になって頂いても、大丈夫ですか?」
「勿論」
これが私のフレンドIDです、とナイライの画面を見せる。三好さんがその画面を見ながらフレンド検索画面にIDを入力し、申請ボタンを押すと私の方に『アキラ』という名のアカウントが出てきた。
「影原さんは『ユウ』っていう名前でやってるんだね」
「あ、はい・・・・・・名前の一文字を、取って・・・・・・」
「なるほど〜!」
そのまま同盟の画面から三好さんを招待すると、すぐに同盟一覧にアキラさんがやって来た。同盟を作って以来、初めて人数が増えた。うわあ。凄い!
「え、2人なのにイベントめっちゃ上位にいるんだけど・・・・・・」
「はい」
「これ、俺邪魔じゃない!? 足手まといだよ、完全に」
「全然大丈夫、です。寧ろ、全くやらなくても、ランキング、入れますよ。なので、三好さんは、無理にやらなくても、大丈夫ですので・・・・・・」
「やば! でも俺も少しくらい貢献するよ。超〜微々たるものだけどw」
にしても凄すぎるでしょ、と三好さんが笑う。それに少しだけ頑張ってて良かった、と思った。
「あ、では私、もうそろそろ、仕事・・・・・・」
「あっ、待って!」
制服を手に取りながら立ち上がったところで、三好さんに呼び止められた。
「影原さん、メッセージアプリやってる?」
「えと、MINEでしたら・・・・・・」
「じゃあ、影原さんが良ければ交換しない?」
「えっ」
予想外の申し出に、体が固まる。交換──MINEを交換!? そんなの・・・・・・陽キャのイベントでは!?!?
「ナイライのことで聞きたいこととか沢山あるし、今日みたいなことがあったらまた助けて欲しいんだ」
「あ、なる、なるほど・・・・・・」
「駄目かな?」
三好さんが私の顔を覗き込みながら聞いてくる。やめて、そんな子犬みたいな顔しないで!!
「い、いえ、大丈夫っ! ですっ!」
少し後退りをし、子犬・・・・・・じゃなかった、三好さんから離れながら返事をする。どう考えてもイエスの返事をする奴の行動では無いが、三次元に慣れていないオタクなのだ。許して欲しい。
「ほんと? 良かった」
QRコードでいい? と画面を差し出される。それを震える手で読み取ろ──うとしたけれど、なんせ友達登録など、インストールした時に両親としただけである。
やり方が分からなくて戸惑っていると、三好さんがそっと「これだよ」と教えてくれた。ついでに、読みとる側を三好さんがやってくれた。有難い。
「よし、出来た。俺、メッセージ送っておくから、友達登録よろしくね」
ポン、とスマホが鳴る。見ると『明良』さんからスタンプが届いていた。
『よろしく』と言っているわんこのスタンプに、少しだけ笑いそうになる。このわんこ、ちょっとだけ三好さんに似ている──なんて思ったら、失礼かもしれないけど。
『不束者ですが、宜しくお願いいたします』
そう返信をすると、三好さんが吹き出した。何が面白かったのか、クックッと笑っている。
何でだろうと思いながらも、聞くのはやめた。
友達一覧に初めて並ぶ両親以外の名前をちらりと見てから、スマホの画面を閉じ、三好さんに向き直る。
「そ、それでは、」
「あ、ごめんね。邪魔しちゃって。頑張って」
「はい・・・・・・!」
今日は店長さんとのシフトで、少しだけ気が重たい。
だけど、いつもより少しだけ、店内に向かう足取りが軽く感じられた。




