14.イベントはオタクの生き甲斐です!
重たいまぶたをゆっくりと開けると、見慣れた白い天井と、視界の隅にオフホワイトのカーテンが揺れているのが見えた。
枕元のスマホを手に取り、画面を点灯させるとデフォルトの青背景に綺麗なカラフルな球が浮かんでいるロック画面に五月二十七日八時五十五分という白い文字が浮かんでいる。
画面をタップして暗証番号であるヴァイス様の誕生日を入力すると、画面一面にヴァイス様のご尊顔が表示された。ああ、今日も眠気も宇宙の彼方まで吹っ飛ぶほどのイケメン・・・・・・!
「おはようございます、ヴァイス様・・・・・・」
これが私の一日の始まりである。
***
といっても、今日は土曜日で大学は休み、コンビニバイトも休みを入れてある。
いつもならもう少し早く起きてバタバタと大学に向かうけれど、そんな必要もない休日の朝はゆったりとしたものだ。
ナイライを一度開いてヴァイス様の朝のボイスも浴び、一通り満足するまで推しを摂取してから体を起こす。
カーテンを開けて初秋の心地よい風を少し浴びてからベッドを降りてスリッパを履く。
机と椅子と大学の教材以外何も置かれていない質素な部屋を突っ切り、ドアを開けて短い廊下を歩いて階段を降りてすぐのところにあるドアの前で立ち止まって耳をすませた。
物音からして中にいるのは、多分母だけであることを確認してからドアを開ける。
「おはよう」
「あ、おはよう。朝ごはんキッチンに置いてあるから、温めて食べて」
そこに居たのはやはり母だけで、テレビを観ていた母がチラリとこちらを見てそう言ったのに「うん、わかった」と返事をしてもう一度廊下に戻ってトイレに行き、顔を洗ってリビングに戻る。
言われた通りキッチンに置いてあったお米と卵焼きとウインナーをレンジで温めて、テーブルに1人座って小さな声で「いただきます」と手を合わせた。
昔は、朝ごはんも家族揃って食べていた。だけど、その空間が私は息苦しくて、いつからか少しずらして起きて食べるようになった。人からしたら寂しく思われるかもしれないけれど、私はこの方が気が楽だ。
「ご馳走様でした」
「今日はバイトあるの?」
「ないよ」
「そう」
母と短い会話を交わしながら食器をキッチンに運び、そのままスポンジで洗っていく。
洗い物が終わると冷蔵庫を開けて500㎖のお茶を一本取り出してそれを持って部屋に戻った。
こうなると私はトイレとご飯以外部屋から出なくなる。外に出かける用もないし、出る理由も特にないからだ。
何も置いていない部屋に一人で篭もりっきり。
一見、楽しそうに見えないかもしれないけれど、これが私にとっては楽しい時間なのだ。誰にも邪魔されない部屋で、好きにスマホを弄り、何も気にせずにナイライを開いて推しを浴びられる。
──そうだ、今日は動チューブのナイライの映像を片っ端から観よう。
少し前に配信されたドゥンケルの新曲を鼻歌で歌いながら、私はイヤフォンを耳に装着した。
***
それから、本当にお昼ご飯と晩ご飯とトイレ以外に部屋から出ずに過ごした。一歩も出なかった。
「はぁーやっぱ一人って最高!」
それでも満喫できるのがオタクのいい所でもある。コスパ最高。良すぎて課金したくなっちゃう。いやこれはお金を払うべきだ。だって人生の楽しみを頂戴している訳だから、これは課金案件だ。明日一万円のプリペイドカード買お。
「さて、と」
時刻は十八時時五十五分。早めの晩ご飯を終え、お風呂も「今日はシャワーだけでいいから」とサッと済ませた。本来、あとは寝るだけである。
だけど、今日は違う。今日の本番はここからだ。
少し早いけど、とナイライのアプリを開き、ホームのヴァイス様を眺めること四分半。
画面をホームから所持カード画面に切り替え、スマホの秒単位に表示される時計をじいっと見つめ、十九時になった瞬間にホームに戻す!
『イベントが始まったみたいだよ』とホームのヴァイス様が教えてくれた。
「はい!」とそれに返事をしてから、右下に表示されたイベントのマークを押した。
そう、今日からナイライのイベントの日である。
ナイライのイベントには色んな形式のものがあるけれど、今回は同盟と呼ばれるチームの皆で協力してライブをプレイし、難易度とスコアとイベント限定の特効カードの編成枚数に応じて貰えるポイントを沢山ライブをして集め、他の同盟と合計ポイント数でランキングを競うイベントだ。
こういう合計ポイントでのランキング形式のイベントはスタートダッシュが大事になる。しかも私が入っている同盟はルイさんと二人だけだから割と不利だ。その分酌量ポイント加算がされるけれど全力でやらないと他の同盟達に勝てない。
更に、今回のランキング報酬にはヴァイス様のカードがある。こんなの、全力でやるっきゃないでしょ!
ということで、今日はコンビニのバイトの休みを取った。休みの理由を聞かれたら「戦のため」と答えるだろう。でも冗談じゃない。これは、オタクのオタクによるオタク同士の戦いなのだ。
でも推しのため。だから全然辛くも苦しくもない。寧ろ──。
「いざ、尋常にぃ!!」
ああ、イベントって・・・・・・楽しい!




