12.店長さんのことは、少しだけ苦手です。
「はい、それでは本日の講義はここまで」
教授のその挨拶に合わせて、他の生徒たちが思い思いに席を立つ。みんな友人と何かを喋りながら、或いはスマホで何かを熱心に打ち込みながら教室を出ていく。
そんな中、私はいつも一人で教材をカバンに入れ、席を立ち、教室を出ていく。この流れには慣れている。昔から、こうだから。
本当ならここで一旦スマホの画面を開いてナイライをつけて癒されたいところだけれど、高校の時の失敗から学校ではオタクだと分かるような言動は控えるようにしていた。
となるとやることも無いので、本日の講義を全て終えた大学に留まる理由なんてない。早くこの光溢れる場所から立ち去ろうと、足早に構内から出た。
「ふぅ・・・・・・」
大学から信号機ふたつ分遠ざかったところで、漸く息を吐く。趣味も出来ずに講義だけ受けて、皆のキラキラの邪魔にならないように、なるべく気配を消して隅っこの方を一人でコソコソと動くのには少しだけ疲れる。
だが、この後また疲れることが待っていると思うと鉛が乗ったように肩が重たくなる。
駅に着き、電車に乗って駅三つ分離れた家の最寄り駅に辿り着くまでの間もそれは取れずに、寧ろ重たくなっていくばかりだ。
改札を出て、ふらふらと慣れた道を歩く。少し都会っぽいところから普通の街並みになったところに、それはある。
見慣れたコンビニエンスストア。何を隠そう、今日はコンビニバイトの日だった。
そんなにバイトが嫌だったのか、と思われるかもしれないけれど、そうじゃない。決してそうじゃない。荷が重いとは思っているけれど。
だけど、今日は──週に休みの二日を除いての二日程は、憂鬱になる。
なぜなら、相方が三好さんじゃないからだ。
***
「お、おはよう、ございます・・・・・・」
「ん? あ、おーっす」
ガラリと事務所の扉を開けると、何ともガラの悪い返事が聞こえてきた。その低い声に、思わずビクッと肩が上がる。いっそこのまま扉を閉めてしまいたい衝動をなんとか堪え、事務所に足を踏み入れた。
オールバックにまとめられた髪の毛。こちらを睨みつけるような鋭い目。不機嫌そうに口角は下がり、その口の中に入っている棒付きキャンディがガリっと噛み砕かれた。
うわああああ!!!
と、叫びたくなる声をギリギリで心の中で留める。怖い。怖すぎる。助けてヴァイス様! 助けてルイさん!! 助けて昼勤の方!!!
そんな、私が悲鳴を上げてガタガタと震え、心の中でありとあらゆる人に助けを求めてしまう、そんな恐ろしい人の正体は、なんとこのコンビニの店長である。嘘であって欲しいと、バイトに入ってから何度思っただろう。
そんな訳で、私はこの店長さんが少し苦手だった。怖い。威圧感が怖い。
一時期、三好さんが「店長、強面だけど怖くないよ」と言っていたのと、左手薬指の指輪を見つけて、もしかして怖くない人なのかもとか思った時があったが、やっぱり怖い。だって本当に、威圧感が凄いんだもん! 今も黒いオーラが見えるもん! なんか!!
「んぁ、また噛んじまった。クソ」
ああ〜機嫌悪そう〜〜! 大丈夫かな今日!?
なるべく静かに椅子を引き、静かに腰掛けて、静かに荷物を置く。多分この人に怒られたら私は失神する。だから細心の注意を払うようにしていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しん、と沈黙が降りる。この二人の空間でスマホを弄るのも気が引けて、結局何も出来ずに机の上の時計を眺めた。気まずい時の時間ってなんでこんなに過ぎるのが遅いんだろう。仕事までまだ十分もあるなんて信じられない・・・・・・。
ていうか、なんか店長さんこっち見てない!? えっ、やっぱり見てる! 何で!? 私なんかした!? 気に触ることしました!?
「・・・・・・なあ」
「ひゃいっ!?」
店長さんに声をかけられ、素っ頓狂な声が上がった。ビックリしすぎて、椅子がガタガタッと鳴る。
それに、店長さんが不機嫌そうに「・・・・・・あー」と言う。ああ、これ気分を害させてしまったやつだ。どうしよう。
「あ、えっと、す、すみま、」
「俺、先に出てっから」
店長さんはそう言ってキャスター付きの椅子から腰を上げ、椅子を戻しもせずに私の後ろを通って事務所のドアを開けて出ていった。
「・・・・・・はぁ」
わかっている。ここで働く以上、店長さんを怖がったりしてはいけないことは。でも、どうしても強面タイプの方は苦手なのだ。
昔から恐れる対象は、いつも強面の人だったから。・・・・・・もう、怒鳴られるのも、怖い目で見られるのも嫌だ。だからといってビクビクしていては、怒らせたくない相手の人を怒らせるだけだと分かっていても、条件反射でビクついてしまう。
「もう疲れた・・・・・・」
相反する感情に振り回され、バイト前なのに既にライフは赤点滅を始めている。おにぎりを食べてライフ回復したいところだけれど、生憎お腹は空いていない。
そもそも、精神的なことで削られたライフはおにぎりで回復できるのか。
「・・・・・・はぁぁ」
結局、十七時になるまで何度目かになる深いため息を事務所に落とすことしか、私には出来なかった。




